「週刊新潮」の実名報道に対する会長声明


 株式会社新潮社は「週刊新潮」10月27日号に、10月14日に名古屋高等裁判所で死刑判決が言い渡された、いわゆる「木曽川・長良川事件」の被告人であるもと少年3人について、実名で、かつ、うち2人の子ども時代の顔写真を掲載しました。

 少年法61条は、少年時代にした犯罪については、その人の氏名、年齢、職業、容ぼう等、その本人であるとわかる(推知できる)ような記事または写真を報道することを禁止しています。それは、たとえ犯罪という過ちを犯したとしても、成長の途上にあって将来の可能性のある少年について、「健全な育成」(少年法1条)を援助することを通じて犯罪のくり返しを防ぐという少年法の基本理念によるものです。その考え方は、憲法13条が「すべて国民は、個人として尊重される。」と定め、ひとり一人の「人間の尊厳」を認めあうことを求める民主主義に由来するものです。未だ人格が未成熟な少年の犯罪について、その本人の実名、顔写真などが報道されると、社会の心ない非難や差別にさらされたり、本人自身が社会から排除されたと感じて自分らしく生き直し更生する意欲を失うなど、少年の社会との適切な関係を断ち切るような結果を招きます。それでは、かえって再非行の危険を高める悪循環となり、非行防止の目的を達成することもできなくなるのです。ひとり一人の少年の育ちを大切にすることを通じて非行を生み出さない心豊かな社会にしていくという大きな視点から実名報道など少年のプライバシーを侵害する報道を規制するというのが、少年法61条の基本的な考え方です。それは、少年の犯罪がどれほど重大であっても、また、その本人が成人した後であっても貫徹されなければならないものです。

 国際的にも、国連子どもの権利条約は、罪を問われる子どものプライバシーを尊重される権利を認めていますし(第40条第2項(b)(F))、国連少年司法運営に関する最低基準規則第8項も同様に「少年犯罪者の特定に結びつくいかなる情報も公表してはならない。」と定めており、少年法61条はこれらの国際ルールにも調和しています。

 今回死刑判決を下した名古屋高等裁判所も、判決言い渡しにあたって、各報道機関に対して少年法61条を守るよう強く要請しました。ところが、新潮社は、少年法61条という法律に違反して、また、裁判所の特別な注意も無視して、あえて今回の報道をしたのです。少年法は、61条違反に対して罰則を定めていませんが、それは民主主義にとって大切な報道の自由に配慮し、報道機関の良識に期待したからです。週刊新潮の本件記事には、死刑判決を受けるほど凶悪な犯罪だから実名報道すべきであると判断したと述べています。しかし、それは、たとえ大きな過ちを犯して極刑を言い渡されたとはいえ、被告人らの人間として守られるべき尊厳を否定しようとする記事であり、法に違反するうえ、個人を尊重する民主社会に貢献すべき報道機関の使命にも背いていて、報道機関として許されない行為です。そもそも、重大な少年非行の背景には複雑な事情、要因が存在しています。それを理解してこそ、犯罪のくり返しを防止する適切な解決策も生まれるのです。「木曽川・長良川事件」に関してもそのような視点から事件の本質を検証するすぐれた報道もあり、そこでは実名を報道することは必要とされていません。単に少年個人の責任を問うだけの実名・写真の公表によって何が得られるのでしょうか。本件記事に表現される「非寛容」は、私たちの社会の精神的豊かさが失われた側面を映すものであり、それこそが犯罪・非行の温床を作ることに手を貸すものであることにほかなりません。

 なお、新潮社は、実名報道を認めた平成12年の大阪高裁の判決をあげて本件記事を正当化していますが、その後の実名類似仮名報道に関する平成15年3月14日最高裁判決は大阪高裁判決の論理を認めてはいません。この最高裁判決のもとでも、本件実名報道が違法であることは明らかです。

 また、前記週刊新潮は、被告人のひとりの被害者遺族宛の手紙の写真を掲載しています。この手紙は公開を予定して書かれたものでないことは明らかで、差出人の承諾もないまま私信の写真を公開したのであり、これは差出人の人格権を侵害するものであると言わなければなりません。

 新潮社の本件報道は、まさしく報道の自由を濫用したものであり、少年法61条に違反し、国民の知る権利に応え民主主義社会の健全な発展に貢献すべき報道機関の使命に背くものです。当弁護士会は、ここに、新潮社に対して厳重に抗議するとともに、新潮社を含む報道機関に対し、少年法61条を遵守し今後同様の実名報道、写真掲載がなされることがないよう、強く要請します。
 
2005年11月10日                    
愛知県弁護士会 会長  青  山    學






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