飛行機のエンジンに向けて小銭を投げた中国人男性に対し、約186万円という重い罰金が課される事件が起きたのは2019年のこと。香港で発行されている新聞「サウスチャイナ・モーニング・ポスト(South China Morning Post)」紙によると、それはルー・チャオさん(当時28歳)にとって人生初の空の旅となる記念すべき日でもありました…。

 出発するにあたり、チャオ氏はささやかな願掛けをしようと思いつき、実際に行動に移してしまったのです。それは、ペニー硬貨を泉に投げ入れる代わりに、ポケットの中にあった1元硬貨を数枚、エアバスA320 neoに向けて放り投げたのです…。

 チャオ氏にとっては、その行為はちょっとした神頼みに過ぎなかったのかもしれません。しかし、空港職員が飛行機のエンジン付近に落ちていたコインを発見したことで、事態は思わぬ方向に…。すでに乗客の搭乗を終えていたフライトはキャンセルされることとなり、チャオさんは公共の秩序を乱したという罪で、10日間の拘留に処せられることとなってしまったのです。

 そしてついには、搭乗したラッキー・エア(雲南祥鵬航空)がチャオ氏を告訴するという展開になりました。予定の狂った乗客のための代替便の手配や宿泊先の確保など、大変な対応が求められることとなったからです。

 それに対し、航空会社による損害賠償請求があまりにも高額だったこと、そしてコインを飛行機に投げないよう事前に警告がなされていなかったことに対し、チャオ氏のほうも不当提訴を試みたと言います。なにしろ「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」紙によれば、願掛けのコインを飛行機に投げるのは、中国では日常的に行われていることのようなので…(ならば、雲南祥鵬航空は中国の格安航空会社、この中国の慣習に関しては十分理解できるでは? なにも告訴までは? とも思うのですが…)。

駐機場の飛行機
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 ここで、1つの疑問が浮かび上がってきます。数枚の小さなコインが巨大な飛行機に対して深刻なダメージを及ぼすことなど、果たして本当にあり得るのでしょうか?

 その真相を確かめるべく、ニューヨーク州立大学バッファロー校を訪ね、航空工学科のCRASH(Crashworthiness for Aerospace Structures and Hybrids = 航空宇宙構造物とハイブリッドのための耐衝撃性)ラボの創立者であり、ディレクターを務めるジャヴィッド・バヤンドール准教授に見解をお聞きしました。

 バヤンドール准教授によりますと、飛行機は空中で接触する可能性のある障害物(代表的なものは鳥などが挙げられます)を前提として設計されているそうです。しかし、例えばコインなどがエンジンの内部に取り込まれることなどは、想定されていないと言います。

 調理用のミキサーに、コインを放り込んだところを想像してみてください。「ミキサーは一般的に、バターや砂糖を他の食材と混ぜ合わせるために設計されていますよね。まさか、ミキサーに銅や鉛、ニッケルなどが投じられることなど想定されていません。エンジンの設計もまた同じということです」と、バヤンドール准教授は指摘します。

 「ある種の侵入物に対しては、想定がなされた上でエンジンは設計されています。例えばヒョウや雨の侵入も、当然のことながら想定内です。しかし、コインのような金属は想定外と言えるでしょう」とも語ってくれました。

海に向かってコインを投げる様子
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 1枚のコインなど、確かに小さな物かもしれません。しかし、それがエンジン内部に紛れ込んでしまえば、危険をもたらす“弾丸”となって弾き飛ばされてしまうかもしれないのです。

 「運動量(衝撃力)=質量 × 速度」という公式を思い描いてみてください。つまり、衝撃力はコインの勢いによって変化するということです。飛行機のエンジンの回転速度は極めて高いので、その勢いで弾き飛ばされたコインは破壊兵器さながらの威力を持ち得るということなのです。

 「例え小さなものであったとしても、高速で稼働中のエンジンに侵入してしまえば、大参事をもたらす可能性があるでしょう」と、バヤンドール准教授は言います。

 例えば、エンジン内部に侵入したコインが何事もなく外部に放出されてしまえば、被害は小さく収まるかもしれません。ですが、「その可能性は極めて小さい」と准教授は見ています。

 つまり、内部に留まったコインがエンジンに損傷を与え続け、被害を拡大させていくのです…。損傷の程度によってはエンジンを分解し、修理するための作業に多くを要することとなり、ともすれば数週間、数カ月間という時間が費やされることとなってしまいます。

 ということで、フライトの無事を祈るためにラッキーコインを取り出そうとしているあなたへのアドバイスはただ1つ …「お止めください!」ということになります。

 もちろん、飛行機のエンジンは頑丈に設計されています。それでもなお、「特にコインのような異物を投げ入れるような真似は、極めて馬鹿げている上に、大きな危険をもたらす行為でしかありません」と、バヤンドール准教授も念を押します。

 とにかく、釣銭のコインは大切にしまっておくのが吉、ということなのです。

Source / POPULAR MECHANICS
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です。