声優道

超ベテラン声優からあなたへ、声優になるための極意を伝授します。


maintujitani

辻谷耕史の声優道

『ガンダムF91』シーブック・アノーなど、声優として活躍するだけでなく、音響監督として数々の作品を手がけ、キラ エンタテインメントカレッジで後進の育成にも努めている辻谷さん。まったくタイプの違うキャラクターを演じ分ける秘訣は一体どこにあるのか。辻谷さんがその境地に至るまでの道のりを、全3回のトークでお届けします。

プロフィール

辻谷耕史 つじたにこうじ……4月26日生まれ。マックミック所属。
おもな出演作は『犬夜叉』(弥勒)、『うちの3姉妹』(お父さん)、『BLOOD+』(ソロモン・ゴールドスミス)、『まぶらほ』(紅尉晴明)、『無責任艦長タイラー』(ジャスティ・ウエキ・タイラー)、OVA『3×3EYES』(藤井八雲)、『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(バーナード・ワイズマン)、映画『機動戦士ガンダムF91』(シーブック・アノー)ほか。音響監督として『閃乱カグラ』『Fate/stay night』『ヤミと帽子と本の旅人』などの作品に携わる。声優養成所キラ エンタテインメントカレッジ主宰。

キラエンタテインメントカレッジ

②嘘をつくことなく自分とキャラをすりあわせる

よく考える時間もないまま声優の仕事を続けることに

 僕はアニメをよく知らなかったこともあって、近石真介さんにくっついてアフレコ現場に行っているうちに、いろいろと考える間もなく声優になっちゃったという感じなんです。アフレコ現場で何度か村人1とか兵士3みたいな役をさせていただいたところ、音響監督の斯波重治さんから『めぞん一刻』の収録に呼ばれて、渕崎ゆり子さんが演じていた八神いぶきにプロポーズする役をいただいたんです。そのときのセリフが「僕、貯金が趣味なんです」というもので、台本をよく読めば面白いセリフなことは分かるんですが、僕は気づかないまま普通に演じてしまいました。そうしたら、あまりに普通だったことが逆に面白かったんでしょうね。共演者のみなさんがどっと笑ったんです。斯波さんも、あまり色づけされてないナチュラルな演技が好きだということもあって、それから何度もスタジオに呼んでいただけるようになりました。

2-1tujitani

 ある日、「収録の後もスタジオに残ってくれ」といわれたので居残りをしていたら、いきなりセリフの書かれた紙を渡されて「読んでみて」といわれたんです。それが実はOVA『沙羅曼蛇』のオーティションだったらしくて、主人公のダーン役をいただきました。それからアニメのお仕事を継続していただけるようになったという感じですね。これがほんの1年あまりの間の出来事ですから、本当になにも考える時間がありませんでしたね。

 『ガンダム』を知らなかった僕ですが、OVA『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』のバーナード・ワイズマンと劇場版『機動戦士ガンダムF91』のシーブック・アノーの2役を演じさせていただきました。演じるにあたってレンタルビデオ店に行って、最初の劇場版と『逆襲のシャア』という作品を借りてきたんですが、よく分からなかったんです。後で聞いたら、『逆襲のシャア』は十数年後の設定で、話が繋がってなかったんですね。だから、台本から読み取れることをそのまま演じることしかできなくて、世界観などはまったく考えられませんでした。もうひとつゲーム『SDガンダム G-GENERATION F』でキンケドゥ・ナゥという役も演じているんですが、その収録でもちょっとした行き違いがありました。僕は台本から読み取れるキンケドゥ・ナウを演じていたつもりだったんですが、役のニュアンスについて何度もダメ出しがくるんです。「なにかおかしいな」と思いながらもいわれたとおりに演じていたんですが、「このキンケドゥ・ナウっていうのは、シーブック・アノーの10年後の姿で、名前を偽っているだけなんだよ」といわれて初めて、今までのダメ出しの意味がようやく分かりました。スタッフ側は当然僕が知っているものと思っていたみたいですが、僕はなにも知らなくて…。その設定を予め知っていれば、もっと違う読み込み方ができたんじゃないかと思っています。本当に不勉強ですみません。

 

声だけで演じることの楽しさを初めて知った役

 今までさまざまな役を演じてきましたが、とくに意識して演じ分けをしているわけではありません。なかには声を変えられる人もいますが、無理に声を作って演じようとすると、必ずひずみがくるんです。最初にそのキャラが登場するときって、まだ物語の中でどんな役割を負っているのか明確じゃないことが多いじゃないですか。それが、話が展開するにつれて、次第に立ち位置が分かってキャラが煮詰まってくる。そのときに声だけで演じていると、自分のなかから言葉が自然に出てこなくなっちゃうんです。だから僕は、台本を読んだりキャラの絵を見たりしてイメージを作って、そのキャラと自分の中にある共通点を探して演じています。例えば悪役を演じるなら、嫉妬心や他人を憎いと思う心、怒りなどですね。人間のなかにはたくさんの感情がありますよね。そのなかから、役に通じた部分を持ち出して演じるんです。

 でも、どうしても共通点が見つからないときもあります。『無責任艦長タイラー』のジャスティ・ウエキ・タイラーは本当に困りました。僕はタイラーのようなおちゃらけたことが得意なタイプではないので、自分のなかに共通点が見つからなかったんです。そこで、タイラーは植木等さんをモデルに作られたキャラなので、植木さんの笑いかたや間の取りかたを自分に取り入れていったんです。植木さんの笑いかたといっても、あくまで自分のイメージなんですが、台本を見て「植木さんだったらどうしゃべるだろう」と想像して作っていきました。といっても、ガチガチに演技を作り込んでいくのではなくて、タイラーのセリフが自分のなかから自然に出てくるようにしなくちゃならない。そうならないと、セリフをしゃべっていても気持ち悪いんです。

2-2tujitani

 『犬夜叉』で弥勒を演じたときも、自分のなかから自然にセリフが出てくるまでは、いろいろと試行錯誤しました。弥勒はよくエロ法師といわれてますが、「この人はふだんはどういう風に過ごしているんだろう」と考えて、アフレコ現場ではとにかく女性を褒めようと思ったんです。「今日の服はかわいいね」「髪の毛切ったんだ、似合うね」という感じで、細かいポイントを探しては声をかけまくっていました。ふだんの僕はそういうことはしないんだけど、常にしていたら弥勒のセリフが自然に出てくるんじゃないかと思ったんです。

 『無責任艦長タイラー』は僕にとって分岐点ですね。本人は少しもタイラーらしくないのに、演技はタイラーになっているというか、自分に嘘をつかずに役とすりあわせができているという一番いいバランスが保てたのではないかと思っています。共演のみなさんからも「これは辻谷っぽくないよね」といわれました。そう考えると、もしかしたら僕はタイラーで初めて声優になったのかもしれないな。声で芝居をするということがなんなのか、声で演じる楽しさみたいなものを感じたのがタイラーです。

 その時期、僕にとってもうひとつの分岐がありました。当時、僕が所属していた劇団が、解散することになったんです。僕としては、舞台演劇をやりつつ声の仕事もしていくというスタンスがよかったんですが、この先どうするのかを考えなくちゃいけなくなった。結婚もして子供も生まれていたから、生活を安定させるために舞台も声優も辞めて、どこかの会社に就職しようかとも考えていたんです。そんなとき、タイラーがアニメキャラのファン投票人気ランキングで1位になったのを見て、これは辞めちゃいけないなと感じました。僕がここで声優を辞めてしまったら、応援してくれた人達を裏切ることになってしまうと思ったんです。

 それで僕は、これから10年間は舞台をやめて声の仕事に専念しよう、声の仕事で食べていけるようになろうと決意したんです。そしてシグマ・セブンという声優事務所に所属することにしました。

 

先輩から学ぼう!

声優相談室、柴田がカツ
最強声優データベース、声優名鑑

ページの先頭へ戻る