大波乱の主役となったスーパーペガサスだが、当時のファンはその強さを測りかねていた。
続く「帯広記念」は10頭立てで8番人気という低評価だったものの、「一発屋」の前評判を覆して3着入賞と好走。さらに次走の「チャンピオンカップ」で1着になると、もはやこの馬の実力を疑う者はなくなった。
2002年2月、いよいよ最高峰「ばんえい記念」に初挑戦。前回王者のサカノタイソンに次ぐ2番人気とファンの期待を集めた。レースは持ち前の登坂力で第2障害を先頭で下りるが、ゴール前でサカノタイソンに追いつかれ、抜きつ抜かれつの大接戦の末、わずか2秒差で敗れた。
最強馬の栄冠こそ手にすることができなかったスーパーペガサスだが、7歳になったこの年、重賞レースで4勝をあげ、一気にその能力を開花させた。
03年3月、満を持して「第35回ばんえい記念」に挑んだ。オッズは単勝130円の1番人気。レース展開も、ゴールした時点で、2着馬がまだ第2障害を下りたばかり、その差50メートル以上という独走ぶりだった。
「こんなに差がつくとは…」。悲願達成に導いた岩本利春騎手は、その強さに舌を巻き、全身から風格さえ漂わせはじめていた愛馬をしのんだ。
連覇のかかった翌年2月の「第36回ばんえい記念」は5頭立ての少頭数となった。朝から降り続ける雪で馬場水分が6%を超える中、逃げるミサキスーパーをゴール前で差しきり、実力と格の違いを見せつけた。
競馬場を埋めた大勢のファンは、重量や天候に左右されない王者の走りに酔いしれていた。
(須貝拓也) |