since 1999.12.26 本格ミステリ・SF・朝松健を主に語る

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「本格推理15」光文社文庫
          「空前絶後の本格推理を求む!」より
                  二階堂黎人氏のお言葉
 

●このHPは、ペインキラーとかいうのが、好きな作家、読んだ小説、その他もろもろについて何か言ってるページです。そして朝松健氏を無批判に応援するページでもあります。《judas priest》の話は全然ありません。好きだけど。間違って来た人、ごめんなさい。
冒頭の二階堂黎人さんの『本格推理の定義』にはあまりに感動したので引用させていただきました。許可済み。

●ところでこのHPはNN4.75で最適化されているはずですが何故かIE5くらいの方が見やすいような気もします。ついでにスタイルシートを中途半端に使用しています。他ブラウザで見てる方で、レイアウトが変、出ない文字がある、行が飛んでる、なんか意味不明な箇所がある、等の不具合が発生しているようであればご一報ください。その他、誤字脱字、固有名詞間違い、イデオロギーに偏向が見られる、俺のことを書くな、お前の人生に疑問な点がある、等、気づいたことがあればそれもまた。

●忘れてましたが言うまでもなくリンクフリーです。



無味(感想)日記 2001/07/02
何か言ってます

ミステリ金言集 2001/05/26
ミステリを読んでて「おお、これは!」と思った『名言』を抽出しております。ほとんどが「本格」作品から。

(感想)格納庫 2001/07/01
6月・『空気枕ぶく先生太平記』夢枕獏 『夜想曲』依井貴裕 『タウ・ゼロ』ポール・アンダースン 『時間的無限大』スティーヴン・バクスター 『マスグレイヴ館の島』 柄刀一『紫骸城事件』上遠野浩平 『エンディミオンの覚醒』ダン・シモンズ

朝松健を勝手に応援するコーナー 2001/05/17
ホラー作家、朝松健氏に言及した箇所へのリンクと朝松健作品紹介

読書プロフィール
一人のミステリファンの形成過程。オールタイムベスト3

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無味(感想)日記

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7月2日
 「何のことか解らないのに面白い」、という感想を抱く小説がたまにある。「何のことか解らないし面白さも解らない」なら「面白くなかった」理由ははっきりしている。「何のことか解らなかった」から面白くもなかったのだ。しかし何言ってんだかさっぱり理解できないにもかかわらず「こ、これ面白い!」と叫んでしまう作品の面白さを伝えるのは、自分でもその理屈が不明なだけに困難を極める。とにかく解らないのだから仕方がない。このような場合、「面白がれた理由」を示すものとして簡明かつ便利な言葉として使用されるが感性なる単語であろう。
 いやあ、何か感性に触れるものがありまして、非常によかったです。
 と、言ってしまえば終いだが、問題は十人いれば十種類の感性もまたそこにあるということで、中には大赤斑クラスの巨大な感性を持っている人もいれば、ゴルジ体並みの感性しか所有していない人もいるだろう。また己の感性と対峙するスタンスも人によって自ずと異なり、ある人は自分の感性を盲信するあまり他人にもそれがあるということを理解できず、ある人は自分の感性よりも不特定多数である他人の感性を評価基準とし、またある人は感性などと言うものは錯覚でしかなくそもそも存在しないのだと公言してはばからない。
 つまり僕が何を言わんとしているのかと言うと、『ぬかるんでから』佐藤哲也(文藝春秋)に収められている小説群の意味するものを何一つとして理解できなかったというのに、どれもこれもが奇跡のように面白いということだけは明快に認識し、しかしながらその面白さを言語化するすべを見失っている事実をまわりくどく表現しているのである。
 このような作品に対するコメントとして僕が言える言葉は一つしかない。つまりは、

 読んでください。

 各小説ジャンル別メタファーの解釈的相違に関しても何か書こうかと思いましたが、現在頭ウニ状態なのでまたいつか。

7月1日
 カツノリのサヨナラヒットで阪神劇勝。役に立ったところを初めて観たような気がするが、チームメイトにタコ殴りされながら男泣きに泣き、おそらく感動からくるものであろうヒーローインタビューでの支離滅裂な受け答えをする姿にはカツノリの善良な人柄がしのばれて思わずもらい泣きしそうになったものの、これで野村監督の方が調子にのりそうな感じで一抹の不安あり。いきなり先発マスクをかぶってたりして。

 『ぬかるんでから』佐藤哲也(文藝春秋)読了。購入から読み終えるまでに一ヶ月以上かかった。それだけの時間をかけて読む価値のある作品。感想は後日。

 うっかり変な時間に眠り込んでしまったせいでF−1フランスGPを観そびれる。あいた。おまけに『サイキック青年団』も聴きそびれる。イタタタ。

6月30日
『首の信長』小林恭二(集英社)
 久しぶりに小林恭二の小説を読みましたが、やっぱり面白い。伝記時代ものばかりを集めた短編集で、どれもが抱腹絶倒のウソ話で非常に楽しい。特に表題作の『首の信長』は歴史改変SFとしても読める傑作。最高。いやここはむしろカタカナ表記でサイコーと言うべきか。
 誰が言い出したか知らないが宇宙の初めから終わりまでのすべての出来事が記されているというアカシックレコード。時空の果てのどこかでそのアカシックレコードが不注意による事故によって一部損傷してしまうところから物語の幕は開ける。その欠けた部分こそ、織田信長の『人物係数』の一角であり、解りやすく言うと『運』であり、ぶっちゃけた話が織田信長は桶狭間の戦いから本能寺の変に至るまでのすべての天運をなくしてしまったのだった。
 このままでは歴史が変わってしまう。責任問題に発展するのを怖れたアカシックレコードの運行係官二人は、かくもとりあえず永禄三年の日本へと飛ぶ。案の定、織田の軍勢は強大な今川軍にボロ負け、切腹して果てる信長。
 仕方なく二人はなんとか織田勢に勝たすべく時を止めたり戻したりして暗躍するのだが、これがどうしても勝てない。今川に不利になるよう気象コントロールを行ない豪雨、強風、雷、竜巻、雹、山火事、出水などを発生させるも、ことごとくムダに終わり、最後に必ず信長の首が飛ぶ。やけになった二人、今川陣に忍び込んで飲み水に痺れ薬を混入、総員戦闘不能になったところでようやく織田軍は勝利をおさめるのである。しかし問題はそこで終わらない。続く美濃攻めでも信長は戦死する。朝倉氏にも負ける。姉川の合戦でも討ち死にする。長篠の合戦なんかにはもう勝てるわけがない。
 二人の運行係官による歴史への介入は、その度ごとに段々エスカレートの一途をたどり、窮地に陥った信長をヘリで脱出させたり、軍勢を敵の側面にワープさせたり、武田の騎馬軍団を機関銃で蜂の巣にしたりと、もうムチャクチャ。あまりにデタラメなことを仕放題にしたせいか、歴史は何か妙な具合に歪み始め、ついには誰も彼もが信長の首を狙い始めるようになるのだ。
 松永久秀や荒木村重が謀反を起こすのは史実通りだが、まずは重臣羽柴秀吉が叛く。柴田勝家も叛く。前田利家だって叛く。丹羽長秀と池田恒興も負けじと叛く。森蘭丸すら叛く。みんな叛く。その都度宙を舞う信長の首。
 そんな史実にない事件をなかったことにしながら、アカシックレコード運行係官はなんとか天正十年六月二日まで辿り着く。ところは本能寺。今まさに明智軍による包囲が完成しようとしていた……。
 笑えて、ブラックで、壮大なる嘘っぱちで、ついでに文学的な香りまでするという伝記時代小説短編集。小林恭二では『ゼウスガーデン衰亡史』に比肩するくらい楽しめました。久々に笑うた。極端っていいなあ。

6月29日
『攻殻機動隊2』士郎正宗(講談社・KCDX)
 十年ぶりの第二巻。そりゃ歳を取るはずだわー、と思わずしみじみしてしまいますなあ。なんかえらい引きで終わってて、次も十年後なんてことになったらかなりツライです。それまでがんばって生きていよう。
 何年か前のヤンマガで短期集中連載されてたのが核になってますが、加筆修正でほとんど別物。そこだけ絵が浮いてるので書き下ろし部分が過半数以上を占めてるのがよく解ります。とにかく絵質の緻密さはマンガの域を軽く超越して、もはやアートのレベルにまで達しており、ここ数年の技術革新の加速度の凄まじさを改めて実感しつつ、さらに文字情報の多さもここまで来たら小説並みと言っても過言ではなく、しかも意図的に説明的なセリフが多用されているおかげで、いつも『少年ジャンプ』を読んでいるようにダラダラとページをめくっていたら何一つ内容を理解できないまま気がついたら終わっていまして、こらいかんと再度冒頭に戻って読み直し、二回目でようやく理解できたかと言うとそういうわけでもなく、あと二週間くらいは毎日読み返す必要がありそうで、誰かアホにも解るように噛み砕いて解説してくれませんか。
 それにしてもスゴイね、やっぱり。世界のSFベスト級でしょう。ウォシャウスキー兄弟が読んだらモロ影響を受けそう。『マトリックス2』での電脳空間の描写がどうなるのか今から楽しみです。
 で、『アップルシード』は、いつ?

6月28日
 昨日に引き続き、ウルトラマン話です。
 僕が小学生低学年くらいの時代、怪獣消しゴム人形が大々的にブームを巻き起こしていました。ひょっとしたらローカルに流行っていただけかもしれませんが、ここは全国区だったという前提で話を進めさせていただきます。
 いかに多くの怪獣を収集したか、レアな怪獣を入手したか、お互いのコレクションの優劣がそのままステータスに反映される安直さにはガキの考えることは今も昔も大差ないようで、学校が引けると各自コレクションを持ち寄り交換会を行なうなどしておった記憶がかすかながらに残っていますが、それにも増して熱中したのが怪獣消しゴム相撲でした。
 難しく言いようがないので簡単に言いますと、つまりは紙相撲の怪獣消しゴム版でして、適当な台の上に二匹の怪獣を向かい合わせに組み合わせ、どちらかが倒れるまで指で台を叩くというシンプルなゲームです。やりましたよね? そして経験者なら、この怪ケシ相撲で最強の怪獣がケムラーだったこともご存じのはずでしょう。他の怪獣がほぼ地面と直角に立っているにもかかわらず、ケムラー選手だけは適度な前傾姿勢をとっており、なおかつあのハサミの手がちょうど双差しにもってこいの角度で広げられ、しかもハの字に開かれた両足は横の体重移動にも動じない下半身の安定を生み出して、まさに横綱といった無敵ぶりを発揮していた姿が懐かしく思い出されます。
 ちなみにバルタン星人などの宇宙人系は、あまりの重心の悪さに立つことも四苦八苦するので参加を許されていませんでした。クール星人なんかそもそも土俵にすら上がれませんし。怪獣の中での最弱はベムスターだったでしょうか。奴には尻尾がありませんから。
 ところでバルタン星が爆発してしまったから地球を侵略に来たという初期設定だったはずなのに、初代ウルトラマンのみならず以降のウルトラシリーズにもちょくちょく登場して、今度の「コスモス」にも出てくるらしいバルタン星人ですが、このへん制作サイドは世界観にどのような折り合いをつけているのでしょうか。
 関係ありませんが僕が一番好きだった怪獣は『帰ってきたウルトラマン』でバルタン星人ジュニアに操られていたビルガモです。

6月27日
 読んだ人も多いかと思いますが今日の読売新聞夕刊に新しいウルトラマンが紹介されていました。怪獣消しゴムブーム以来ウルトラマンとは無縁の僕ですら、今度のは何となく観たいような気にさせるツカミはオッケーなことが書いてありましたので、おもむろに紹介したいと思います。
 まず『青少年の事件の多発に配慮し、怪獣保護を第一に考える優しい新ウルトラマンに生まれ変わる』というのがコンセプトのようで、何やら大人の思惑が渦巻いてそうなところがまことに笑止千万でいい感じです。ボディの配色も『慈悲の心を象徴する青模様のスタイル』とか。
 僕の知る限り今までのウルトラマンは散々怪獣に殴る蹴る投げ飛ばす等の暴行を加えた上に必殺光線でトドメをさす解りやすいヒーローでしたが、今度の「コスモス」さんは『「興奮抑制光線」や敵を脱力させる太極拳風の術を繰り出し、おとなしくなった怪獣は、怪獣保護センターに送るか自然に戻す』んだそうでして、要するに病院送りにするにしろ社会復帰させるにしろ興奮を抑制させる何かを使って無害化する必要があるということでしょうか。しかしカタルシスウェーブを彷彿とさせる「興奮抑制光線」はともかく、「敵を脱力させる太極拳風の術」なる太極拳に対する婉曲な罵倒としか思えない技とはどのようなものなのでしょう。「ふしぎな踊り」でも踊るんですか。
 記事には怪獣に空手チョップをかます青ウルトラマンの写真とともに『怪獣を傷つけないように戦う21世紀型のウルトラマンコスモス』というキャプションが付いていて、するとこのチョップもきっと「寸止め」なのでしょう。フルコンタクトで戦うことは、もはや時代遅れのようです。
 しかしそんな温厚なコスモスさんもキレるときはキレるらしく、『怪獣を操る邪悪な異星人らに対するときだけ、憤怒を表わす赤のボディーに変身して戦う』との設定は、根本的に悪い奴は矯正しようとしてもムダなのでさっさと倒すべし、という意志がみなぎっていてなかなか爽快です。子供に二種類のオモチャを買わすためのギミックなんてことではまさかないでしょう。
 最後にプロデューサー氏がこのような世界背景を説明して言っておられます。いわく、『幼い子供たちが観る番組だから』
 どちらかと言えば「子供たちの親」対策のような気がするんですけど。

6月25日
 目蓋のウラのデキモノがいっこうに治らないので手術することに。身体にメスが入るのは生まれてこのかた初めてなのでビビりもかなり入ってましたが、「これがシリツというものか」と実感する間もなくアッサリ終了し、安堵。ほ。
 切られてる最中に、
医師「見てみなさい。こんなところがこんなことに」
看護婦「うわぁ」
医師「ここなんかもう、ほら」
看護婦「うひー」
 などと言う会話が聞こえてきたのはマジで気持ち悪し。ぞ。

 出る杭は打たれるとばかりに田中真紀子外相も叩かれてっぽいですが、泣く子も黙りそうな怒り顔で反論する氏の姿は頼もしいというか恐ろしいというか、いかなる妨害をも独力で弾き飛ばして突っ走ってしまいそうな勢いを感じることは確かで、何にせよ国民の大多数が首相共々支持しているのもうなずける話です。自分が支持するかどうかは別にして。どうでしょう、完璧をめざすためにも外務委員会の質疑応答中に厳しいツッコミが飛んできたら、よよ、と泣き崩れる伝家の宝刀的演出を加えてみては。ある種の人々の心をフリッツ・フォン・エリックによるアイアンクロー並みのパワーでキャッチするのではないかと。
 見たくもありませんが。

 『三人のゴーストハンター』我孫子武丸・牧野修・田中啓文(集英社)読了。理系、幻想、ワイドスクリーンバロックの三位一体。

6月24日
 F−1ドイツグランプリは、やはり両シューマッハによる兄弟対決以外に見どころのないレース展開。この二人を止める者は誰か他にいないのか。僕がドイツ人だったらこの上なく楽しめるんだろうが。

 いつの日からか日記の日付が一日ズレており、なあに日に二回更新したらすぐ追い付くさと軽く考えていたらそのままズルズルと二週間ばかり引っ張ることになってしまい、だいたいそんなバイタリティは僕にはありませぬ。
 本を何日も読まなかったりとか、言及する気にならないほど面白くない本を読んでしまったことが続くと、(感想)日記とか騙っているだけになかなか辛くて困り果て。実はもうイッパイイッパイです。どうしたものか。自宅の猫が最近元気をなくしていて心配なんですが、これもどうしたものか。

6月23日
『超・殺人事件 推理作家の苦悩』東野圭吾(新潮社)
 『名探偵の掟』では「本格ミステリにおける決まり事」を徹底的におちょくっていたが、今回は「ミステリ小説、ひいては本に関係するすべての人々」を揶揄する超短編集。副題に「推理作家の苦悩」とあるように第一話『超税金対策殺人事件』では文字通り税金対策のために自作を変容しまくるあまり書き綴る物語がドンドン暴走していく作家の姿が笑いと同時に涙をも誘う。続く『超理系殺人事件』では苦悩するのは読者であり、よく理解できない内容でもとりあえずは読もうとする人間である僕などの胸にも何かこう刺さるものが。文転組ですし。『超犯人当て小説殺人事件』は、要するに「犯人当て」。しいて言えば編集者が苦悩しているが、『超高齢化殺人事件』には苦悩する人は誰も出てこない。むしろ恍惚としている。やがて悲しきミステリ読者。『超予告小説殺人事件』、唯一のシリアス長編になりそうなネタをアッサリと処理するキップのよさが気持ちいい。『超長編小説殺人事件』には「すいません、僕、長いの好きです」と謝っておこう。謝ってどうなるわけでもないし、厚いからいいというわけでもないが。『魔風館殺人事件(超最終回・ラスト五枚)』、そろそろこんな終わり方をする本格ミステリが出版されそうで恐い。と言うか、嫌だ。『超読書機械殺人事件』に至って、作者の皮肉の刃は本にまつらうあらゆる人間に向けられる。「本物の本好きなど殆どいないのだ」という言葉に、自称本好きとして何と答えるべきだろうと考えつつ、明日も僕は本を読む。
 帯の惹句はいくらなんでも大げさ過ぎ。
 「ショヒョックス」ふつうモード。

6月22日
 ここ数日かけてゆるゆると短編集『ぬかるんでから』佐藤哲也(文藝春秋)を読んでいて実はまだ読み終えていないのは、だいたい一日一編ペースで進めているからで何故ならば一編ごとに登場するメタファーあるいは象徴について「これは果たして何を意味しておるのか」と考えてしまうので、まとめて読むと頭がオーバーフローしそうになるためである。ううむ。
 なかなかにイマジネーションとリタラリィマインドを喚起してくれる良作揃いでけっこうな刺激になります。うーん、文学。そのうち何か変な感想でも書いてみたい。
 ところで昔のSFマガジンに掲載されたクトゥルー落語みたいなのと言うか、「春の訪れ」以外のSFM掲載作品が収録されていないんだけど、いつか再び読める日がくるのでしょうか。それよりも何よりも、饒舌なホラ話的長編をまた書いて欲しいものですが。

6月21日
 どうあっても弁当箱サイズにしないと気がすまないのだろかという気のする『ルー=ガルー』京極夏彦(徳間書店)読了。帯に「近未来少女武侠小説」とあるので一体それはなんだと思っていたが読み終えても「近未来」と「少女」はともかく「武侠」がどの辺だったのかはよく解らず。そもそも武侠の意味知らんしな。
 しかしまあ少女だらけの小説であることよ。一人くらい少年も出してくれればいいのに。嫌いなんですか、少年。メインの三人のイメージが、関口・榎木津・京極堂とほのかにかぶっているような気がするのは僕だけか。
 「口から火の玉出すでっかいカメ」は何かのサービスか思いきや(徳間だし)、ちゃんとした伏線になっていて感心。悪い奴の役回りはやや紋切り型。
 映画化されそうな気配を感じるが、実写はやめておいたほうがいいような。