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ニアミス事故裁判:「現場萎縮」判決を懸念…初の有罪確定

 静岡県上空で日航機同士がニアミスし、乗客57人が負傷した01年の事故で、最高裁は2審同様に航空管制官2人の過失を認定した。国際線の発着枠が増えた羽田空港では管制官の業務量の増加にどう対応するかという課題が横たわる。管制官の職場からは「個人の責任ばかり追及されれば現場が萎縮(いしゅく)する」と最高裁の判断を疑問視する声が漏れた。

 北海道のある空港の管制官の職場。テレビのニュースで「有罪」を知った管制官たちは顔をしかめた。

 くしくも2日前、旭川空港へ向かっていた全日空便に対し、札幌航空交通管制部の管制官が、前方の大雪山系より低い高度へ降下するよう指示を出すという管制ミスを起こしたばかり。機械と管制官の指示が相反するというのは、有罪とされた管制ミスと全く同じ構図だ。

 ある管制官は「機長が機械の指示に従うことを即断し、事故を免れたのは、静岡の事故の教訓が生きたから」と前向きにとらえようとした。一方、関東地方の空港で働く中堅の管制官は「ミスを明日の仕事に生かすのが私たちの宿命」と気を引きしめた。

 日本最大の利用客を誇る羽田空港では、航空機のルートが交錯しやすい井桁(いげた)配置の滑走路運用が21日から始まったばかり。管制官からは「公務員削減の流れは管制官も例外ではない。仕事量の増加に間に合うのか」と懸念する声も漏れる。

 実際、管制官の数は4000人台前半で、97年をピークに漸減傾向にある。だが、発着回数は増加傾向にあるため、管制官1人あたりの発着回数は、最近10年間で約1.5倍になっているという。

 国土交通省は管制官の習熟にあわせ、羽田の離着陸機を3年かけて少しずつ増やす方針だが、若手の男性管制官は「個人の責任ばかりを追及すると、現場が動揺したり萎縮し、ささいなミスもしっかり反省する空気が後退する」と話した。

 航空安全の専門家の間では、高裁判決を疑問視する声が根強い。ヒューマンエラーを許さない安全対策では複雑な事故は防げないとする作家の柳田邦男さんらが、昨年1月、最高裁に対し、判決見直しを求める要請書を提出したこともあった。【本多健】

 ◇解説 刑事責任に異論も

 日航機のニアミス事故を巡る26日付の最高裁決定は「責任のすべてを被告らに負わせるのは相当でない」としつつ、管制官を有罪と認めた。一方で、個人の刑事責任追及より再発防止や原因究明を優先すべきだという被告側の主張に理解を示す意見も出され、同種事故の捜査や調査のあり方に一石を投じる形となった。

 管制官の指示と航空機衝突防止装置の回避指示が矛盾した場合、現在は装置の指示が優先されることになっているが、事故当時はどちらに従うべきか明確なルールがなかった。907便の機長が装置の回避指示よりも管制官の誤った指示に従った背景には、このシステムの不備があった。

 裁判長を務めた宮川光治裁判官は、補足意見の中で「被告らが緊張感を持って仕事をしていれば、ニアミスは起こり得なかった」と指摘。多数の乗客が負傷した結果を踏まえ、「今回のようなケースで刑事責任を問わないことが国民の常識にかなうとは考えがたい」と主張した。

 一方で、反対意見を述べた桜井龍子裁判官は「現代の高度システムでは、誰でも起こしがちな小さなミスが重大事故につながる可能性は常にある。二重、三重の安全装置が十全の機能を果たせるよう日々の努力が求められる」と付言。管制官の刑事責任追及は原因の隠ぺいにつながり、システム全体の安全性向上につながらないとした被告側の主張に対し「重要な問題提起だ」と理解を示した。

 26日には北海道上空で全日空便が管制官の誤った指示により地表520メートルまで接近するトラブルが起きたばかりだ。人的ミスを完全に防ぐことは不可能だろう。安全確保のために個人の刑事責任をどう考えるべきか、改めて議論する必要がある。【伊藤一郎】

毎日新聞 2010年10月28日 21時12分(最終更新 10月29日 1時18分)

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