チョウの成虫の多くは花の蜜を餌としており、花を訪れ、花粉を運ぶ役割も果たしています。しかし以前、”チョウはハチに比べて学習能力が低く、花粉媒介昆虫としてあまり重要ではない”と考えられていたため、彼らが餌源(花)を見つける方法はまだ十分に解明されていません。一般にチョウは、主に花の色を利用して訪花行動を行うとされています。その一方で、最近、チョウが高い学習能力を持ち、同じ色をした花から特定種類のものを見分け、様々な花の特徴を利用して訪花行動を行う事実が報告されています。わたし達の研究室では、花の香りがチョウの訪花行動に及ぼす影響や、様々な色や形、香りを組み合わせた時の訪花行動の変化、花蜜以外の餌を利用するチョウの採餌行動などについて研究を行っています。
モンシロチョウ(Pieris rapae)とネズミモチ(Ligustrum japonicum)の花
モンシロチョウ(Pieris rapae)と菜の花(Brassica rapa)
モンシロチョウ(Pieris rapae)が嫌うキンモクセイ(Osmanthus fragrans)の香り
ギフチョウ(Luehdorfia japonica)と桜(ソメイヨシノ Prunus yedoensis)の香り
ヒオドシチョウ(Nymphalis xanthomelas)の訪花行動
樹液や腐敗果実への採餌行動

アカタテハ(Vanessa indica)の訪花行動〜花色と花香の優先順位

モンシロチョウとネズミモチの香り

 6月頃に開花するネズミモチ(モクセイ科)の花は特徴的な香りを放っており、モンシロチョウがしばしば吸蜜に訪れるのが観察されます。ネズミモチの花にはモンシロチョウが好む匂い成分2-フェニルエタノール、ベンズアルデヒド、メチルヘプテノンなど5種類が含まれていることが分かりました。チョウは、無香の造花よりも匂いを付けた造花に好んで訪れることから、彼らはネズミモチの花を訪れる際に特定の花香成分を利用していることが分かりました。

ネズミモチの花で吸蜜するモンシロチョウ モンシロチョウが好むネズミモチの花香成分
(出典) J. Chem. Ecol. 24: 2167-2180 (1998)



モンシロチョウと菜の花

 モンシロチョウは好んで菜の花(アブラナ、アブラナ科)に訪れます。モンシロチョウはもともと黄色の花を特に好みますが、詳しく調べてみると菜の花の香りには2-フェニルエタノールやフェニルアセトニトリルなど5種類のモンシロチョウが好む匂いの含まれていることが分かりました。また、紫外線写真を撮って花弁の色彩を調べたところ、花の中心部に紫外線を吸収する円形の蜜標があるのが分かりました。これらの匂いや色彩が加味されて、アブラナはモンシロチョウが大変好む花になっていると考えられます。

モンシロチョウが好む菜の花の花香成分
菜の花で吸蜜するモンシロチョウ 菜の花のカラー写真 菜の花のUV写真
(出典) J. Chem. Ecol. 25: 1895-1906 (1999)


モンシロチョウが嫌うキンモクセイの香り

 秋に咲く橙黄色のキンモクセイ(モクセイ科)の花は大変芳しい香りを放っていますが、一部のハナアブしかこの花には訪れないようです。もちろんこの時期にまだ活動しているモンシロチョウもキンモクセイには訪れないことから、モンシロチョウはこの花の匂いを嫌がっていると思われました。そこで花香の成分を調べてみたところ、主要成分の一つのγ-デカラクトンがチョウに対して強い忌避作用を示し、キンモクセイはモンシロチョウが嫌う香りを放出していることがわかりました。一般に、花の香りは送紛者となる昆虫を誘引する目的で生産されると考えられていますが、キンモクセイは特殊な物質を使って来訪者を選択しているのかも知れません。

キンモクセイの花(ハナアブが訪花している) モンシロチョウが嫌う花香成分
(出典) J. Chem. Ecol. 26: 655-666 (2000)


ギフチョウと桜(ソメイヨシノ)の香り

 「春の妖精」として親しまれるギフチョウは年一化性のアゲハチョウで、カタクリ・スミレなど紫・青色の花を好んで訪れます。一方、桜の花は淡いピンク色ですが彼らの吸蜜植物として重要です。このような強く好む色ではない花に彼らが訪れるときには、花香が重要な役割を果たしていると考えられます。そこでソメイヨシノ(バラ科)の花香成分を調べたところ、ギフチョウは主成分のベンズアルデヒドやフェニルアセトアルデヒドなど、特定の成分を好むことが分かりました。

ギフチョウが好むソメイヨシノ花香成分
ソメイヨシノの花で吸蜜するギフチョウ 匂いを付けたろ紙に口吻伸展反射を示す
(出典) Appl. Entomol. Zool. 34: 309-313 (1999)

ヒオドシチョウの訪花行動

 ヒオドシチョウの成虫は普通,発酵した樹液などを餌にしており,特別な場合(越冬後など)を除いては花を訪れて吸蜜することは殆どありません.従って,さまざまな色で造花を作っても彼らが関心を示すことはありません.しかし彼らにも好きな香りがあり(2-フェニルエタノール,アニスアルデヒドなど,花香にもしばしば含まれる成分),これらを造花に塗布すると好んでこれらを訪れるようになります.樹液に訪れる場合は,一旦近傍に降り立ってから歩行しつつ蜜源を探索する行動をとりますが(ルリタテハなど他の訪樹液性チョウ類でも同様),造花の場合には直接花に飛来・着陸し,しかも訪れる花の色には明瞭な選好性が認められます(青や黄を特に好む).
 以上の事実は,普通花を訪れないチョウも色覚と色選好性を有し,しかも花の香りの中には彼らの採餌行動を強く刺激する物質が有ることを示しています.またこの事は同時に,彼らも訪花行動を行う可能性を強く示唆しています.実際彼らをインセクタリウム内で飼育していると,さまざまな花への訪花がしばしば観察され,ルリタテハにも類似の傾向が見られます.野外で彼らの訪花を観察することが無いのは,樹液への選好性が強いことと,草原など日差しの強い場所には生息しないという性質があるためだろうと推察されます.

匂いを付けた造花に訪花するヒオドシチョウ ムシトリナデシコで吸蜜するヒオドシチョウ
(出典) 蝶と蛾 27: 52-58 (1976)

樹液や腐敗果実への採餌行動

 チョウの中には、広葉樹の樹液や腐敗した果実など、花の蜜以外の食物を利用する種が少なくありません。これらの食物は、花の蜜に比べて糖濃度が低く(ショ糖は含まれず、果糖とブドウ糖の総濃度は平均3%以下)、微生物の作用により様々な発酵産物を含んでいます(主要成分は、エタノール約1%、酢酸約0.3%)。このような”腐った”食物を利用するチョウは、花蜜のみを利用するチョウとは匂いや味に対する好みが異なる可能性が考えられます。
 そこでタテハチョウ科のルリタテハとアカタテハ(タテハチョウ科)を用いて、樹液の匂いが採餌行動に与える影響を調べました。樹液の匂いは、エタノールや酢酸などさまざまなアルコール、ケトール、有機酸を含んでおり、このうち13種の成分についてチョウの反応を調べました。ルリタテハはエタノール、酢酸など11種類の化合物に対して、アカタテハは7種類の化合物の匂いに対して高い選好性を示し、さらに、これらを混合した匂いだけの人工樹液にチョウは誘引されることがわかりました。樹液や腐敗果実は視覚的に花ほど目立たないことから、チョウは主に匂いを使って腐敗食物を探索し採餌行動を行っていると考えられます。
 樹液や腐敗果実の味覚成分に対するルリタテハやアカタテハ、ヒオドシチョウの応答を、口吻を刺激した際に生じる摂食行動から調べました。糖に対する応答性を調べたところ、腐敗食物には含まれないショ糖への感度が最も高く、以下、果糖、ブドウ糖の順でした。主要な発酵生産物(エタノールや酢酸)は単独で摂食行動を刺激することはありませんでしたが、濃度が低く糖だけではチョウが応答しない溶液に腐敗食物中の濃度で混合すると、協力的に摂食行動を引き起こすことがわかりました。このことから、腐敗食物を利用するチョウは、低い糖濃度や発酵生産物に適応した味覚感覚を備えていると考えられます。

人工樹液を吸うルリタテハ 腐敗したカキを吸うアカタテハ
(出典)  Physiol. Entomol. 25: 281-287 (2000)
J. Insect Physiol. 49: 1031-1038 (2003)
化学と生物 42: 10-12 (2004)

アカタテハの訪花行動〜花色と花香の優先順位

 これまでの研究から、チョウは花の色や香りを訪花行動の手がかりに利用していることが分かりました。しかし、彼らの訪花行動で花の色と香りはどちらがより重要なのでしょうか?わたしたちはアカタテハ(タテハチョウ科)を材料にして、花色と花香の優先順位を調べました。
 まず、有彩色6色(赤、橙、黄、緑、紫、青)と白→黒へ段階的に明度を変えた無彩色6色の造花を使って色覚選好性を調べたところ、アカタテハは青と黄色の造花を好んで訪れることがわかりました。
 次に、彼らの主要な吸蜜植物となっているセイヨウタンポポとノアザミの花香から同定した16成分について嗅覚選好性を調べたところ、ベンズアルデヒド、アセトフェノン、ネロリドールなど7成分について高い選好性を示すことがわかりました。
 最後に、アカタテハの色覚選好性が異なる2色(黄:選好性高、紫:選好性低)の造花を用いて、匂いをつけた時の訪花行動の変化を観察しました。造花にアカタテハが好む匂いをつけると、同じ色の無香造花よりもチョウは数多く訪れました。この匂い付けの効果は黄色よりも紫の造花でより強く見られました。また、匂い付けした紫造花と無香の黄色造花を選択させると、アカタテハは黄色の造花に多く訪れました。以上の結果から、本種はまず花の色を頼りに訪花行動を行い好みの色に強く引きつけられること、花の色がさほど好みではない場合には花の香りを頼りにすることが考えられます。

ノアザミで吸蜜するアカタテハ 匂い付けした紫造花を訪れるアカタテハ

(出典) Oecologia 142: 588-596 (2005)