プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
重イオンビームで世界初のサクラの新品種の作成に成功
- わずか4年で淡い黄色のサクラの新品種「仁科蔵王」が誕生 -
平成19年10月31日
◇ポイント◇
  • 緑色の花を咲かせる「御衣黄」に炭素の重イオンビームを照射
  • 淡黄ピンクのふちに明黄緑色の筋入りの花弁を持つ
  • 花は大型化し、さらに生育も旺盛に
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、仁科加速器研究センターに設置している理研リングサイクロトロンから発生する重イオンビーム※1を用いて、わずか4年という短期間で淡い黄色のサクラの作出に成功しました。仁科加速器研究センター(矢野安重センター長)生物照射チームの阿部知子副チームリーダーとJFC石井農場 石井重久氏との共同研究による成果です。
 重イオンビームを使った突然変異誘発法は、ガンマ線照射やX線照射などの物理的変異処理や化学的な変異剤処理などの従来の突然変異誘発による品種改良手法に比べ、処理植物に障害を与えない処理(極低線量照射※2)条件でも遺伝子の変異率が高く、また傷つく遺伝子数が少ないため、変異の固定にかかる期間が短いという特性を持っています。生物照射チームは、この重イオンビームを使った園芸植物の品種改良を、すでにダリア、ペチュニア、バーベナ、トレニアで実用化し、市販新品種の育成に成功してきました。共同研究グループは、緑色の花が咲くサクラの品種「御衣黄(ぎょいこう)※3」の枝に、理研リングサイクロトロンで炭素の重イオンビームを照射するなどして、花色について、従来品種の緑色の部分が少なく、全体が淡い黄色になった変異系統を選抜しました。この変異系統の形質が安定していたため、“仁科蔵王”※4と命名し、新品種として農林水産省に石井氏と共同で理研初の品種登録出願を行い、10月16日に受理されました。開花時期は、御衣黄と同じなので、ソメイヨシノより少し遅れて開花しますが、つぼみは特に黄色いので、例えば、淡いピンクのソメイヨシノと混植することでその違いが引き立ちます。なお、花苗の販売は、発売元を検討中ですが、2008年9月を予定しています。


1. 背 景
 バラ穂木※5に重イオンビーム照射を施すと花色、花弁の枚数や大きさなどの花の形は変わりやすく、その変異率は10〜40%程度と大変高いことが知られています。サクラは、バラ科に属するため、高い変異率が期待されていました。そこで、サクラの品種改良を目的に、2004年3月から重イオンビーム照射実験を開始しました。


2. 研究手法と成果
(1) 変異処理および栽培
 緑色のサクラ品種として親しまれている「御衣黄(ぎょいこう)」の穂木に、仁科加速器研究センターに設置している理研リングサイクロトロン(RRC)で加速した炭素イオン(核子あたり135MeV LET 22.6KeV/um)を10〜15Gy(グレイ)程度照射しました。その照射穂木を「御衣黄」と相性がよく、病気に強い青葉桜の台木に接木し、栽培しました。
(2) 選抜および固定
 2006年5月初旬より、接ぎ木個体のうち4個体が生存し、開花しました。開花個体を観察し、その中より淡い黄色の花を着ける個体を選抜しました。この変異個体はすべての枝に同じ変異花が咲き、変異形質は安定していました。元品種である御衣黄の緑色の花は、明黄緑色の筋が入り、花弁は咲き始めの頃に緑白色で、終わり頃に明紫赤に色づきます。仁科蔵王の花の印象は、むしろ最も黄色いサクラといわれる鬱金桜(うこんざくら)※6に近くなっていました。すなわち、花弁は淡黄ピンクのふちに明黄緑色の筋が入り、咲き始めは淡黄緑色で、終わり頃に淡黄ピンクが広がります(図)。2007年5月初旬にも淡黄色の花が開花し、変異形質は安定していました。
(3) 仁科蔵王の特長
 開花時期は元品種の「御衣黄」と同じで、ソメイヨシノより2週間程度遅れたころでした。本種は生育が旺盛であり、花色が緑色から淡黄色に変異しただけではなく、元品種の御衣黄が3センチ程度であるのに対し、4〜5センチ弱と、大輪と言われる鬱金桜よりやや大きくなりました。また、花弁の枚数は、御衣黄では10〜12枚であるのに対し、7〜8枚と少し減って、花の形は八重から半八重に変化しました。
 仁科蔵王は、新品種として農林水産省に理研初の品種登録出願を行い、10月16日に受理されました。これは、理研初の品種登録出願となります。


3. 今後の展開
 重イオンビームを使った品種改良技術は、生物照射チームが、観賞用に用いられる花卉(かき)園芸植物において、特に組織培養技術と組み合わせることで、花色や花型変異株の出現率が高く効率の良い手法として確立しており、すでに実用化が進んでいます。今回、これをサクラ穂木に処理することで、生存4個体のうち1個体という高い変異率で幸運なことに花色変異株選抜に成功しました。さらに、選抜した淡黄色花変異は、変異形質が安定していたため、変異株そのものをクローン増殖し、新品種とすることができました。従来の化学変異剤などの方法では、変異率は2%程度で、変異の固定期間には10年ほどもかかるため、仁科蔵王の品種改良が非常に効率的であることがわかります。現在の仁科蔵王の花は、1つの花でさまざまな色が楽しめますが、これを母本(ぼほん)として、今後さらに交配や重イオンビーム再照射などを行うことで、黄色単色の品種の育成を目指します。色々なサクラ品種を用いて、切り花として楽しむサクラ、1年中咲くサクラ、秋に咲くサクラの育種を目指すなど、夢は広がります。さらに、今回の手法を用いることで、サクランボ、リンゴなどバラ科に属する果樹の育種も可能となるかもしれません。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 仁科加速器研究センター 生物照射チーム
  副チームリーダー  阿部 知子(あべ ともこ)

Tel: 048-467-9527 / Fax: 048-462-4674
JFC 石井農場
  石井 重久(いしい しげひさ)

Tel: 023-629-2527 / URL: http://www.prunus.net

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 重イオンビーム
原子から電子をはぎ取って作られたイオンのなかで、ヘリウムイオンより重いイオンを重イオンと呼ぶ。これを、加速器を用いて高速に加速したものが重イオンビーム。
※2 極低線量照射
線量とは、物質が受けた放射線の量を表す。物質1kgあたり1J(ジュール)の放射線を吸収した際の吸収線量を1Gy(グレイ)とする。従来のX線やガンマ線照射では、半分の個体が枯死する半致死線量で変異を選抜していた。重イオンビームでは1粒子が持っているエネルギーが大きいため、ほとんどの個体が生存する数Gy程度の極低線量照射でも充分変異選抜ができる。
※3 御衣黄(ぎょいこう)
黄色と緑色が混じっている八重の花をつける。サクラ属サトザクラ種の栽培品種。開花時期はソメイヨシノより遅めの4月中旬から下旬。名前の由来は、衣服の萌黄色に近いためとされている。
※4 仁科蔵王
“仁科”は理研加速器の父である仁科芳雄に、“蔵王”は山形で育種したものであることに由来する。理研の野依良治理事長が命名した。
※5 穂木
穂木とは、接ぎ木のために採取した枝部分。養水分の供給能力のある台木に接ぐので、旺盛に生育し、挿し木苗に比べて開花が早められる。
※6 鬱金桜(うこんざくら)
花弁に葉緑体を持ち、淡黄色の花を咲かせる。花弁数が15〜20枚で大輪の八重。オオシマザクラ系サトザクラの栽培品種。開花時期はソメイヨシノより遅い。名前の由来は、ウコンの根の染料である鬱金色の花をつけることにある。


御衣黄と仁科蔵王の花の写真
御衣黄と仁科蔵王の花の写真
鬱金桜と仁科蔵王の花の写真
図 「仁科蔵王」と他品種との比較
(上)左が仁科蔵王で、右が御衣黄。
(中)左が御衣黄で、右が仁科蔵王。
御衣黄は、緑色の花弁に明黄緑色の筋が入り、咲き始めの頃に緑白色で、終わり頃に明紫赤に色づく。仁科蔵王は、咲き始めは淡緑黄で、花が開くにつれて、徐々に淡黄ピンクへと変化する。
(下)左が鬱金桜、右が仁科蔵王。
鬱金桜は、花弁が淡黄ピンクのふちに明黄緑色の筋が入り、咲き始めは淡黄緑色で、終わり頃に淡黄ピンクが広がる。最も黄色いサクラとして知られる。仁科蔵王の花の印象は、鬱金桜に近い。

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