「随風01」に森見登美彦・円居挽・あをにまる・草香去来による座談会が収録されています。高松の文芸フリマ参加の様子と、『城崎にて四篇』の執筆裏話。
取り扱い書店は下記リンク先でどうぞ。
thebooks.jp引き続き、『城崎にて四篇』もよろしくお願いします。
森見登美彦氏はスターバックスの「桜シフォンケーキ」が好きである。
ふわふわして、良い香りである。
チョコンと上にのっている桜の花びらの塩漬けもいい。
満開の桜の咲く土手にすわって食べたら素敵だろうなあと登美彦氏は思う。しかし、肝心の桜の咲く季節になると、もうスターバックスでは桜シフォンケーキの販売を終了しているため、「お花見をしながら桜シフォンケーキを食べる」という理想的境地は実現できないのである。登美彦氏は毎年、桜シフォンケーキを食べながら満開の桜を想い、満開の桜を眺めながら桜シフォンケーキのことを想うのだ、運命的なすれ違いを続ける恋人たちのように……。
という、どうでもいいおはなしはともかくとして。
登美彦氏が現代語訳を担当した『竹取物語』(河出文庫古典新訳コレクション)が、3月6日発売である。
登美彦氏は竹林が好きであり、『美女と竹林』(光文社)という本を一冊書いているぐらいだが、よく考えてみれば、『有頂天家族』に登場する「弁天」も、『ペンギン・ハイウェイ』に登場する「お姉さん」も、かぐや姫の子孫のようなものである。それだけ登美彦氏は『竹取物語』に大きな影響を受けている。
おおまかなストーリーは誰もが知っていると思うが、あらためて本篇を読んでみるのはどうだろう。現代の読者にも楽しく読んでもらえるように工夫したつもりである。『竹取物語』本篇の現代語訳のほか、日本文学全集版のあとがき、登美彦氏の「講義」(というのもおこがましいが)、文庫版のあとがき、さらに大井田晴彦氏による解題も収録され、「物語の出で来はじめのおや」の小さな入門書に仕上がった。デザインも可愛く、お手頃価格の文庫本なので、手に取っていただければ幸いである。
謹賀新年
明けましておめでとうございます。
2024年は森見登美彦氏にとって暗中模索の一年であった。『シャーロック・ホームズの凱旋』から解放されて、やれやれ長いトンネルを抜けたかと思いきや、もっと暗いところへ迷いこんでしまった感じである。おやや?
しかし、そんな2024年もサヨウナラ!
2025年は、きっと、なんとかなるであろう。
『恋文の技術』十五周年、新版の刊行に伴って、
オンラインイベントが開催されます。
詳細は下記から。
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お買い上げいただけたら、みんなで喜びます。
昨年おこなわれた「有頂天家族」の舞台も配信中です!
いよいよ本格的な夏が始まったようですが、読者のみなさまはいかがおすごしでしょうか。森見登美彦氏は、あいかわらず奈良の片隅で「あーでもない」「こーでもない」と文章をいじって暮らしております。
さて、志学社さまから、
「もっと宣伝してください、お願い!」
という要請があったので、宣伝いたします。
『城崎にて 四編』、重版しました!
全国どちらの書店さまからでも取り寄せることができます!お取り寄せの場合、下記の画面を見せていただけるとスムーズ!
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タイトル 『城崎にて 四篇』
版元 志学社
取次 八木書店扱い
ISBN 978-4-909868-14-5
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図書館へのリクエストも大歓迎!
ほどなくして、城崎文芸館でも販売が始まる予定です!
森見登美彦氏は城崎温泉を舞台にした小説のアンソロジーに参加した。
奈良にゆかりのある小説家たちが城崎温泉へ出かけ、みんなで小説を書こうという企画である。『満月と近鉄』で知られる前野ひろみち氏が欠席のため、登美彦氏にお鉢がまわってきた。
あをにまる氏が「城崎にて」を書き、円居挽氏が「城崎にて」を書き、草香去来氏が「城崎にて」を書き、登美彦氏も「城崎にて」を書いた。かくして目次に「城崎にて」が四篇ならぶ、ふしぎな本ができあがった。
登美彦氏の「城崎にて」は次のようなお話。
未曾有の温泉小説ブームが日本全国を席巻してから早二〇年。猫も杓子も温泉小説を書いたという狂乱の時代は遠く去り、温泉小説というジャンルは衰退の一途を辿っていた。伝説的編集者・神林叛骨は温泉小説の復興を志して、三人の温泉小説家を城崎温泉へ呼び寄せる。名湯につかり、カニ料理のフルコースに舌鼓を打って、すっかり色艶のよくなったおっさん四人衆は、有益な文学的助言を得るため、「こっくりさん」で文豪・志賀直哉の霊を呼びだすのだが――。
取り扱い書店など詳細は、書肆imasuの公式サイトをご参照ください。
森見登美彦氏の最新作『シャーロック・ホームズの凱旋』が一月二十二日に発売された。幸いなことに「発売日重版」ということになったが、これもひとえにシャーロック・ホームズという不滅のキャラクターのおかげであろう。
「森見登美彦のシャーロック・ホームズ?」
「ミステリなんて書けるの?」
そのような心配は無用である。作中のホームズは深刻なスランプに陥っており、まともな推理は何ひとつできないからだ。そもそも本作は「絶対にミステリを書かない」という固い決意のもとに書かれたのである。少年時代の憧れであったシャーロック・ホームズを「スランプ中のダメダメ探偵」へと引きずり下ろしたのは申し訳ないことだが、そうやって徹底的におとしめられてもホームズは依然としてホームズだった。
本作を読むにあたって、とくに予備知識は必要ない。
・シャーロック・ホームズは名探偵である。
・ワトソンはその相棒・記録係である。
・モリアーティ教授はホームズの宿敵である。
・作者はコナン・ドイルである。
そんな感じのおおざっぱな知識があればじゅうぶんだろう。どうせ「ヴィクトリア朝京都」などというヘンテコな世界が舞台なのだから……。
しかし、シャーロック・ホームズについての知識があればいっそう楽しめるのも事実である。『シャーロック・ホームズの凱旋』は、以下に掲げる四冊のコナン・ドイル作品を踏まえて書かれた。機会があれば、ぜひ原典も手にとっていただきたい。
ちなみに登美彦氏のお気に入りは『四人の署名』である。インドの財宝、密室殺人、テムズ川の追跡劇、ワトソンとメアリの嬉し恥ずかしのロマンスなど、オモシロ要素を「これでもか!」と詰めこんだ、作者コナン・ドイルの若々しい情熱が感じられる一冊である。ジェレミー・ブレット主演のドラマ版も傑作。
昨年、十二月二十一日のことである。
森見登美彦氏は、万城目学氏と、ヨーロッパ企画の上田誠氏との忘年会に参加した。年末の京都に清らかなおっさんたちが集う忘年会も、すでに六回目を数える。
「六回目といえば」
ということで、万城目氏が新作『八月の御所グラウンド』で六回目の直木賞候補になっているという話になった。
しかし万城目氏の顔つきは暗かった。
「どうせあかんねん」
「待ち会はしないんですか?」
「そんなもんせえへんわ。いつもどおりにしてる」
それはいかん、と登美彦氏は思った。度重なる落選にウンザリする気持ちはよく分かるが、直木賞はようするに「お祭り」なのであって、盛りあがらなければ損である。「待ち会」は落ちてからが本番なのだ。落選したってええじゃないか!
「何をいじけてるんです。待ち会やりましょう!」
「なんでやねん!」
「やるなら東京まで行きますって」
「あ、それなら僕も行きます」と上田氏。
「マジですか。どうせ落ちまっせ」
「落ちたら朝までみんなでゲームしましょうよ」
三人の中で一番忙しいはずの上田誠氏がそそくさとスケージュル帳を広げたので、さすがの万城目氏も心を動かされたようであった。「そんなら京極さんも誘うか」と呟いてから、「あかん。京極さんは選考委員や」と言った。
それでも万城目氏は登美彦氏たちが本気なのかどうか、今ひとつ確信がもてなかったらしく、別れ際、「本当にくるんですね?」と、念を押した。
絶対に行きます、と登美彦氏は言った。
「どうせなら東京會舘に部屋を取ってください」
後日、万城目氏から、「東京會舘の部屋を調べたら途方もない値段だったので、新橋駅前の『ルノアール』の会議室を予約しました」と連絡があった。
「あと、綿矢りささんもくるということです」
年が明けて、一月十七日。
登美彦氏は奈良からわざわざ東京へ出かけていった。万城目氏から固く口止めされていたので、出版関係者は誰ひとり知らない。なぜか綿矢さんが「脱出ゲームしないんですか?」と言ったので、集合場所は築地の「パズルルーム東京」であった。
登美彦氏が築地の一角へいくと、万城目氏が店の前のベンチに腰かけて、やる気なさそうにボーッとしていた。登美彦氏は向かいのベンチに座った。
「緊張してないんですか」
「ぜんぜん緊張せえへん。いつもどおり」
そう言いながら、万城目氏はきちんと記者会見用の小綺麗な服を用意しているのだ。どこまでが本気で、どこまでが韜晦なのか分からない。
やがて綿矢さんがやってきて、登美彦氏たち三人は「脱出ゲーム」に挑んだ。ゲームの性質上、我々の健闘ぶりを描写できないのが残念である。密室を調べまわり、ああでもないこうでもないと暗号を解き、一時間半のゲームを終えると、すっかり全員がヘトヘトになっていた。その疲労を回復するためには「待ち会」よりも前に、「資生堂パーラー」でいちごパフェを食べる必要がある。
銀座へ向かって歩いていると、ふいに万城目氏が前方を指さし、思わせぶりな声で、「奇遇やなあ」と言った。その指先に目をやると、交差点の角にちょっと古風な建物がある。しかし登美彦氏はピンとこなかった。綿矢さんにいたっては、その向こうにある「すしざんまい」の看板を眺めていたのである。万城目氏に教えられて、ようやくその建物こそが芥川賞・直木賞の選考が行われる料亭「新喜楽」だと分かった。
「ははあ!あれが『新喜楽』ですか」
「へー!」
登美彦氏と綿矢さんが感心していると、
「自分ら、さすがにそれはどうかと思うで」
と、万城目氏は呆れた。
そうして登美彦氏たちは、今まさに選考委員が激論を交わしている「新喜楽」のとなりをノコノコ通りすぎて、銀座の資生堂パーラーへいった。
肝心の「待ち会」は始まってもいないのに、三人ともすっかり口数が少なくなっていた。資生堂パーラーで合流した上田誠氏は他の三人の憔悴ぶりに、「ゲーム中にケンカでもしたのか?」と思ったらしいが、単純に疲れていたのである。
午後五時半、ようやく新橋駅前の「ルノアール」へ入った。
現地でひとり待っていた担当編集者の柘植氏は、登美彦氏・綿矢氏・上田氏がぞろぞろやってきたのを見て、「え!なんで?」と驚いていた。
てっきり万城目氏と二人で待つものと思っていたらしい。
「どうして前もって教えてくれないんですか!」
柘植氏が言っても、万城目氏はへらへらしている。
新橋駅前の古いビルの一角にある会議室は殺風景だった。長いテーブルのまわりに椅子が置いてあり、部屋の端にホワイトボードが置いてある。
それから選考結果が分かるまで、登美彦氏たちは「ルノアール」の会議室ですごした。UNOで激闘を繰り広げ、綿矢さんが買ってきてくれたおにぎりとからあげを食べた。しかし選考が長引いているのか、なかなか電話はかかってこない。これまでに何度か「待ち会」をした経験がよみがえってきて、登美彦氏は手のひらにイヤな汗をかいてきた。
そして七時すぎ、綿矢さんがちょっと席をはずして、万城目氏が次のゲームを用意していたとき、電話が鳴った。登美彦氏たちは息を呑んだ。
すかさず上田誠氏が動画の撮影を始め、万城目氏は電話を取った。
「はい。ええ、そうです。はい」
万城目氏のやりとりは淡々としていた。
正直なところ、登美彦氏は「落選か」と思った。これからみんなでゲームをして、新橋の居酒屋で残念会を開き、明日には奈良へ帰ることになる。そしてしみじみとしたブログを書いて万城目氏を慰めてあげることにしよう……。
ところが万城目氏が、
「あ、受けます」
と言ったとたん、部屋の空気が一変した。
この瞬間、万城目学氏は直木賞作家となったのである。
登美彦氏は思わず「マジか!」と叫んだが、万城目氏が電話を続けているので声を押し殺さねばならなかった。担当編集者の柘植氏は、「よし!」「よし!」と小さく叫び、何度も床を踏みしめながらガッツポーズをする。それが心底嬉しそうであることに胸を打たれた。
「今、新橋なんで二十分ぐらいでうかがえると思います」
そう言って、万城目氏は電話を切った。
登美彦氏たちが口々に「おめでとうございます」と万城目氏に声をかけているところへ、ドアが開いて綿矢さんが戻ってきた。
その場にいる全員が叫んだのは言うまでもない。
「なんで一番肝心なときにいないんですか、綿矢さん!」
そこから先はずっと夢の中のできごとのようであった。
綿矢さんが「祝❤直木賞」と書いたホワイトボードの前で記念撮影をしてから、おそらく新橋界隈でもっとも高揚感に包まれた集団は喫茶室「ルノアール」をあとにすると、タクシーに分乗して丸の内の東京會舘へ向かった。
あまりの事態の急変ぶりに、
「脱出ゲームをしてたのが遠い昔みたいや」
と、綿矢さんは言ったが、登美彦氏も同感だった。
面白いのは、受賞の知らせを受ける前後で、万城目氏の雰囲気がはっきりと変わったことである。その変身はあまりにも鮮やかだったので、万城目氏は韜晦でもなんでもなく、本気で「受賞するわけない」と思っていたのだと分かった。
東京會舘で開かれた記者会見は、登美彦氏も後ろで見学していたが、万城目氏の話しぶりは堂々としていた。さすが幾多の講演をこなして鍛えてきただけのことはある。上田誠氏も「老獪!」と笑っていた。
会見をしめくくるにあたって万城目氏は、
「次は森見さんだとバトンを渡したい気持ちです」
と言った。
「そんな重いバトン、いらんわい」
というのが、登美彦氏の正直な気持ちである。
何はともあれ、万城目学さん、受賞おめでとうございます。
心よりお祝い申し上げます。
ちなみに、森見登美彦氏の新作『シャーロック・ホームズの凱旋』は、一月二十二日発売であります。
「2050 MAGAZINE」にて、森見登美彦氏がインタビューを受けております。創作について、京都について、鴨川について等々。この取材を鴨川で受けているとき、アニメ「明石さん」そっくりの人に出会ってビックリしたのである。
よろしくお願いいたします。
気がつけば、この日誌を更新することもなく、ほとんど丸一年がすぎた。
その間、森見登美彦氏はいつものように執筆に難渋し、巨大な暗礁に乗り上げていた。あまりに難渋するので、「もうずっとこの暗礁に住みついてやろうか!」と捨て鉢なことを思っていたが、なんとか『シャーロック・ホームズの凱旋』は完成し、来年一月二十二日に発売予定である。またしても怪作になったが、そんなことはもう心底どうでもいい。完成するならなんでもいい。完成こそ正義である。
あまりにも長く孤立した暗礁で暮らしていたので(なにしろコロナ禍の始まる前から書いていた)、森見登美彦氏の魂はまだ「ヴィクトリア朝京都」から現実世界へと完全には戻ってきていない。しばらくはリハビリの日々が続くだろう。とりあえずは温かな鍋料理をどっさり食べて、英気を養わねばならない。
そんなことはともかく、お知らせが二つある。
ポプラ文庫『わたしの名店』(12月5日発売予定)に、登美彦氏のエッセイ「夏の夜を味わう山上レストラン」が収録される。また、小学館文庫『超短編!大どんでん返しSpecial」』(12月6日発売予定)に、登美彦氏の超短編「新釈『蜘蛛の糸』」が収録される。どちらも短めの作品を集めた読みやすいアンソロジーであり、眠る前に布団の中でチョコッと読むとか、電車の待ち時間にチョコッと読むとか、じつにイイカンジの本ではないだろうか。
こういうものをノンビリ読みながら、年明け刊行の『シャーロック・ホームズの凱旋』をお待ちいただければ幸甚である。