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竹中平蔵のポリシー・スクール

2012年8月16日 “国土強靭化政策”をどう受け止める?

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日本経済研究センター研究顧問 竹中平蔵

 自民党が「国土強靭化」という名の政策を打ち出し、話題を呼んでいる。一見して、公共事業の拡大を再びやるのかという印象を受けるし、実際そうした批判が強いようだ。しかし自民党は、次の選挙のマニフェストにこれを含める方針であり、現実の政策に影響を与える可能性は高い。以下では、国土強靭化政策の位置づけについて、プラス・マイナス両面から評価してみたい。

10年で200兆円の公共事業?

 自民党が3日発表した次期衆院選マニフェスト(政権公約)の最終案によれば、まず目指すべき3つの基本理念が掲げられている。(1)国民の安全・安心と活力(2)自助を基本に共助・公助が補う「絆社会」(3)将来への投資で次世代につなげる、というものだ。さらにこれを実現するための政策の7つの柱が示されているが、そのうちの一つとして、「国土強靭化の取り組みを地域経済の中長期的発展の呼び水に」することが示されている。そのために日本再生債という新たな国債の発行も論じられている。また、茂木政調会長の発言として、10年で200兆円の公共事業を行うことも伝えられている。自民党の小泉政権では公共事業の縮小を図り、民主党もコンクリートから人へという掛け声の下、さらに公共事業を削減した。これに比べると、確かに大きな方針転換である。

 こうした政策への批判には様々なレベルのものがあるが、典型的には6月16日付日本経済新聞の「大機小機」のなかで次のような3点が指摘されている。

 @かつて「全国総合開発計画(全総)」という仕組みの下、国主導の開発が進められたが、現在は廃止されている。「地域のあり方は地域自ら考える」時代になったのではないのか。歴史的使命を終えた国主導型の全総をよみがえらせるのは不適切だ。

 A強靭化政策は、効率性の追求が過度の集中と国土の脆弱性をもたらしたという認識のもと「国土の均衡ある発展」を目指している。しかし必要なのは、各地が個性的な地域づくりを競い合うことであり、むしろ「積極的に集中を図る」ことも必要な時代ではないか。全国で同じような地域づくりをしてはいけない。

 B公共投資依存型の成長を目指しているが、1990年代の経験に基づけば、こうした政策は持続可能ではなく、財政赤字という負の財産を残す。

 こうした批判は、どれも確かに適切な指摘であろう。同時に、いくつかの新しい視点をこれにとり入れて、強靭化政策に対するやや異なった評価を提供することも可能である。

ストック活用による強靭化

 バブル崩壊後の90年代、日本政府は当面の需要拡大のために公共投資を急激に増加させた。バブル期にはせいぜい8兆円水準だった公共事業関係費は、98年のピーク時には14.9兆円(補正後)に達した。GDP比で見ても日本の公的固定資本形成は90年代のピーク時に6.4%となり、欧米主要国の約2倍の水準となった。これを受けて2000年以降は自民・民主両党の政権下で公共事業の削減が行われた。その結果近時(2010年)には、公的固定資本形成の対GDP比は3.2%と、ほぼ半分になった。これは、ドイツ1.6%、イギリス2.5%、米国2.5%よりはやや高いものの、フランス3.1%と大差ない水準となっている。したがって需要項目としての日本の公共投資は、もはや高すぎる水準ではないと言える。その意味で、90年以降の高すぎる公共投資が是正された現時点で、今後の公共投資のビジョンを問い直すことには意味があると考えられる。

 この時点で改めて公共投資のあり方を根本的に問う理由として、投資額削減の中で今後の更新投資が十分行われうるか、懸念が出てきたことがあげられる。日本はすでに大きな公的資本ストックを有しており、それを維持するためだけでも今後多額の投資が必要になる。国土交通省によると、2029年の時点で建設後50年以上経過する社会資本の割合は道路・橋で51%、港湾岸壁で48%になるという。従来通りの維持管理・更新をする場合、2037年には必要な更新投資額が投資総額を上回る計算になるという。その意味で、長期的な公共投資戦略が求められている次期を迎えている。

 残念ながら現状の国土強靭化政策には、上記のような意味での厳格な長期ビジョンが伴っているとは言えない。ただ、問題提起的な意味合いを受け入れたうえで、一つの可能性を示唆することができる。それは、既存の資本ストックを活用するという視点だ。具体的に、キャッシュフローのある施設に関し、「コンセッション」といわれる手法を活用することだ。コンセッションとは、資本の所有は公的部門が引き続き担当するが、料金をとってその施設を運営する権利を民間に売却することを意味する。道路や空港、さらには水道事業などこうした手法に馴染む分野はたくさんあり、法制度の整備によって既存ストックの積極活用が可能になる。いうまでもなくこれは、ストックの効率性を高めるのみならず、新たな資本投資のための資金調達を可能にする。PFI(民間資金を活用した社会資本整備)やPPP(官民連携)は日本では新規のインフラ投資について語られることが多いが、より重要なのは既存資本についてである。こうした資金調達とパッケージで提案することによってはじめて、真に必要な公的資本形成が進むのではないだろうか。

 現実問題としてこの強靭化政策には、地方の実質的な主力産業である建設業を助けるために、減少してきた公共事業を再拡大させたいと考える政治的意図が存在していよう。しかしいまこうした次元の議論を超えて、戦略的な資本形成を進めねばならない。大きな絵の下でのコンセッション方式の積極活用は、財政健全化のためにも必要である。

(2012年8月16日)


(日本経済研究センター 研究顧問)

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