凱風館日乗

第20回 凱風館日乗(2013年を振り返って)

2014.01.21更新

 あけまして、おめでとうございます。
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 2013年は大瀧詠一師匠の訃報で呆然としたうちに暮れてしまい、ブログに恒例の「今年の重大ニュース」を書くのを忘れてしまいました。一年の節目を刻んでおかないと忘れてしまうので、年が明けてしまったけれど、思い出してみることにします。


1)たくさん本を出しました(毎年のことなのでぜんぜん「重大」じゃないけど)。
 2013年に出版したのは単著:『内田樹による内田樹』(140B)、『修業論』(光文社新書)、『街場の憂国論』(晶文社)。

 共著:『能はこんなに面白い!』(観世ご宗家、松岡心平先生との対談本、小学館)、『評価と贈与の経済学』(岡田斗司夫さんとの対談、徳間書店)、『脱グローバル論 日本の未来の作り方』(平松邦夫、平川克美、小田嶋隆、中島岳志、イケダハヤト、高木新平とのシンポジウム論集、講談社)、『聖地巡礼ビギニング』(釈徹宗&巡礼部との旅本、東京書籍)『正しいオヤジになる方法』(木村政雄との対談、宝島社)
文庫化:『邪悪なものの鎮め方』(文春文庫)、『大人のいない国』(鷲田清一との共著、文春文庫)、『若者よマルクスを読もう』(石川康宏との共著、角川ソフィア文庫)、『現代霊性論』(釈徹宗との共著、講談社文庫)。

 解説:『ジブリの教科書』の『風の谷のナウシカ』と『魔女の宅急便』(文春ジブリ文庫)、江藤淳『近代以前』(文春学藝ライブラリー)、鎌田東二『聖地感覚』(角川ソフィア文庫)、など。

 外国語翻訳:『下流志向』、『先生はえらい』韓国語版、『日本辺境論』中国語版、『Onepiece Strong Words』台湾版。

2)韓国再訪。去年に引き続き出版社のお招きで、今回は釜山へ。
 『先生はえらい』の訳者である新羅大学の朴東燮先生がフルアテンダンスしてくださいました。直前に(四股の稽古で)膝を痛めて松葉杖状態だったのをなんとか這いずるようにして渡韓。現地では「弱り目に祟り目」で今度は痛風の発作が出て、身体的にはまことにきつい旅でした。でも、現地からはたいへんに暖かい歓迎を受けました。現地の学校の先生たちと「グローバリズムがどのように学校教育を破壊したか」について貴重な意見交換を行うことができたのは貴重な経験でした。
 日韓の教育現場が同じ危機感を共有しているということを知って「ほっとする」と共に、それだけ問題が普遍的だということに恐怖感も覚えました。
 また今年も行きたいです。

3)ス道会での高橋佳三さんの「武術スキー」合宿に続いて、白馬での「スパルタンスキー」に初参加、丸山名人のコーチングを受けてシニアにしてスキーにちょっと開眼しました。
 その気になって、サロモンの板と靴を発作的に購入。

4)結婚式が相次ぎました。1月ゼミの卒業生の小林綾子さん、2月が同じく佐々木麻衣さん、3月すーりんとさきちゃん、4月慎平(甥です)、イッシー(合気道部17代主将)、8月文春のやまちゃん、9月光嶋くんとはるちゃん、11月東沢くんとあーりん。そのうち3組で仲人をしました。
 前年の大迫くん・黒やん、かんきちくん・えぐっち以来凱風館まわりでは結婚が続いています。
 懐妊出産の報も次々と届き、世間の未婚晩婚化・少子化趨勢とは逆行。
 やってみてわかりましたけれど、仲人というのは「親代わり」なんですね。カトリックにおける「ゴッドファーザー」みたいなもので、仲人には新郎新婦の社会生活を支援する義務が発生する。その代わり、「子どもたち」はいろいろと「親子孝行」をしてくれます(お掃除とか貢ぎ物とか海の家の幹事とか)。
 こういう擬制的な親子関係って、面白いですね。この間もス道会の部屋割りのときに「じゃあ、僕の部屋は僕と『息子たち』」と勝手に決めちゃいましたけど、みんなふつうに納得しておりました。

5)そういえば、その「海の家」プロジェクトが始動。
 突然「社員旅行で海の家をやりたい」という天啓を受け、かんきちくん・えぐっち夫妻と大川君を一方的に幹事に指名して、淡路島と和歌山の加太で社員旅行海水浴を敢行しました。
 加太の海岸バーベキューでものすごく日焼けしたのとクラゲと戦った記憶が鮮烈すぎて、淡路島で食べた美味しい鱧の記憶がやや希薄となってしまいました。鱧を食べると、つい「これは何ですかな?」「鱧でしょう」「ハム?」「いや、鱧です」「ああ、鱧ね。魚へんに豊か」という東野英治郎の台詞を諳んじてしまいますが、いつも誰にもわかってもらえません。
 2014年は日本海に行くことに決定。
 うちの奥さんは「海の家がやりたい」という言葉を聞き違えて、僕たちがあのよしず張りの「海の家」をやって、氷イチゴとかラーメンとか作って売ると思っていたようです。

6)テレビ出演。10年以上前、竹信悦夫君がキャスターだった朝日ニュースターに出たのを最後にテレビ出演はしていませんでしたが、武田鉄矢さんの『週刊鉄学』(これも朝日ニュースター)が終わるというので、これまでお世話になった恩返しに番組にちょっとだけゲスト出演しました。秋には観世のお家元とのNHKでの「スイッチインタビュー」企画があり、一時間番組に出てしまいました。
 そのせいか、放映からしばらくよく電車の中でじろじろ顔を見られました。
「あ、この顔、最近どこかで見たな・・・でも、誰だかわからない。誰だろう?」というジロ見の視線て、けっこう痛いです。
 というわけで、もうテレビには出ません。

7)凱風館に新進気鋭の若者たちが結集してきました。
 専門を異にする力のある若手たちが凱風館に結集して、お互いに横の連携を深めてネットワークを拡げてくれています。
 きっとこの「友だちの輪」から新しい学術や芸術の運動が生まれるのだろうなと思うと眺めていると、なんだか眩しいような気がします。
「もう、あとは彼らに任せて、楽隠居しちゃっていいんだ」という「重荷を下ろした気分」と「いやいや、彼らが思う存分働けるように、われわれの世代が『捨て石』にならねば」という「負託を引き受けた気分」間で揺れて気持ちが片づきません。
 子どもが生まれたときに「これで親から引き継いだ遺伝子の次世代への継承が終った。もういつ死んでもいいんだ」という安堵の気持ちと「この子が大人になるのを見届けるまで死ぬに死ねない」という使命感を同時に感じたのに似ています。

8)部活ますます盛んになる。
 最大イベントは江弘毅とワンドロップのビルボード大阪デビュー。ワンドロップは暮れも三宮のゴスペルでライブを敢行。ラテン歌謡にますます磨きがかかってきました。でも、ベースの「ドストエフ川上」は4月から前橋へ去ってしまいます。「牧師のぼやき」が聴けなくなると思うと、麻雀連盟も寂しくなります。
 老舗では「巡礼部」がてきぱきと仕事をして、『聖地巡礼ビギニング』の刊行にこぎ着けました。グッジョブ。
 老舗にまじって「つり部」、「登山部」、「あんこ部」など新顔の部活が登場。
 つり部はゆきとも青年が部長(らしい)、登山部は仲野先生が部長(らしい)。あんこ部は西さんが部長(これはたしかです)。
「おでん部」は部長のベルギー留学で活動の将来に不安含み。
 最大派閥「ジュリー部」も本家のジュリーがこのところ大活躍なので、コンサート応援たいへんでしょうね。

9)そして2013年の最大の痛恨事は大瀧詠一師匠の急逝です。
 1976年から約40年にわたって「師匠」と仰いで私淑してきて、2005年にはついに対談の機会を賜り、それから石川茂樹くん、平川克美くんと四人での定期的なラジオ対談で毎年師匠にお会いできました。最後の収録は2012年12月10日に福生の大瀧さんのスタジオで行ったものでした。そこで大瀧さんの膨大な(というのでは形容詞が足りません)音楽と映画の資料を拝見し、試写室で映画を見せて頂いて、傑作の数々を送り出したスタジオ機材を拝んで、最後に師匠に武蔵野の静かなレストランで美味しい夕食をごちそうになりました。
 そのときに師匠は「ラジオの仕事はこれが最後」と心に決められていたそうです。だから、スタジオでの収録をつよく望まれただということを後から知らされました。
 石川君はスタジオに入ったときに「僕の人生はここにたどりつくためにあったのです」と感極まっていました。「これで君たちの目的は達せられただろう」という師匠のおはからいだったのでしょう。
 2013年の収録日程について平川くんが相談したとき師匠は「去年で終わりのつもりだったんだよ」と諭してくれたそうです。「始まったものには終わりがある」と。
 その言葉を最後に残して師匠は逝かれてしまいました。
 葬儀の最後に親族を代表して女婿の坂口修さんがご挨拶をされ、最後に涙ながらに「いつまでもあると思うなナイアガラ、あとは各自で」という大瀧さんからのメッセージを伝えてくれました。

 みごとな人生だったと思います。これから大瀧さんがしてくれたはずの仕事を思うと、その損失の大きさに呆然とします。小津映画についてのあの精緻きわまりない研究はおそらくついに世に出ることがないでしょうし、「アメリカン・ポップス伝」は前回ようやく1960年に達し、キャロル・キング登場というところまで来たところでした(このあと「ブリティッシュ・ポップス伝」を企画しているということは前回お会いしたときに伺いました。ビートルズやストーンズがこの音楽史の中でどんなふうに意外なかたちで位置づけられるか、それを僕たちはほんとうに楽しみにしていたのです)。
 大瀧さんの伝説のDJ番組Go! Go! Niagara がキャロル・キング特集から始まったことを思うと、大瀧さんのDJキャリアはほんとうにキャロル・キングに始まって、キャロル・キングに終わったのでした。
 これからの僕たちナイアガラーの仕事は「師匠の墓前に供物を捧げる」という気持ちで行われることになるでしょう。合掌。

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内田樹(うちだ・たつる)

1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。 現在、神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。 神戸女学院大学名誉教授、多田塾甲南合気会師範、合気道七段。

著書に、『街場の現代思想』『街場のアメリカ論』(以上、文春文庫)、 『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書・第6回小林秀雄賞受賞)、 『日本辺境論』(新潮新書・2010年新書大賞受賞)、 『街場の教育論』『増補版 街場の中国論』『街場の文体論』(以上、ミシマ社)など多数

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