カレー以上に好き!? 小宮山雄飛が偏愛する“参道としての”表参道

著名人に「偏愛」について聞いていくインタビュー連載「偏愛人語」。今回のお相手は、音楽業界きっての食通として知られるホフディランの小宮山雄飛さん。
雑誌やウェブマガジンで食に関する連載を数多く手がけ、カレーのレシピ本も2冊出版。昨年には渋谷にレモンライス専門店「Lemon Rice TOKYO」(もちろんカレーソース付き)をオープンさせたグルメ番長は、何を偏愛しているのか。
答えが分かりきっているような質問と思いつつ聞いてみると……「表参道です」(小宮山さん)。
と言っても、小宮山さんが愛しているのは「参道」としての表参道。詳しい理由はインタビューをご覧ください。カレーの話も出てきますよ~。
一番思い入れがあるのは「表参道の地面」
――小宮山さんの「偏愛」は「表参道」。生まれも育ちもこの辺りなんですよね?
小宮山 ええ。ちょうど僕が生まれる頃に、表参道沿いのマンションに引っ越してきました。それ以来実家は同じ場所です。自立して実家を出てから住んだのも、いちばん遠くてもこの辺りまで自転車で行き来できる場所ですね。“表参道”は駅名としても使われて、地名のように扱われているけれど、元をただせば明治神宮へ向かう参道です。表参道駅から原宿の交差点を抜けて明治神宮に至るまっすぐな一本道が、僕にとっては文字通り、人生と一緒にある場所です。

左手には表参道ヒルズ、通りの先には青山通り。「表参道」を象徴するエリア
通っていた小学校が青南小学校という表参道を抜けてまっすぐ行った場所にあるし、ミュージシャンになって所属した事務所も表参道沿い。近すぎて、家を出たら着いていた(笑)。僕の人生は、参道を歩いて通い、参道を通って家に帰るという繰り返しで、知らないうちに、毎日毎日お詣(まい)りをしているようなもの。僕が大きな病気をすることもなく元気にやってこられたのは、そのおかげなんじゃないかって思うこともあります(笑)。
――子どもの頃の通学路であり、大人になってからも縁の深い場所。どういうところが好きですか?
小宮山 日本指折りの神社の参道だけあって、道自体が気の流れのようなものをとてもよく考えて設計されていると思います。スピリチュアルなことに興味があるわけではないけれど、そういう風に感じることは、特に大人になってから多いですね。冬至の頃には、表参道駅の方から日が昇り、太陽が通過して明治神宮側に日が沈む。その景色は神々しさを感じる美しさです。
かといって、地元がここなので、雑誌などの企画で「表参道のおすすめを10軒教えてください」といった質問を受けることがよくあるのですけど、そうなるとけっこう困る。いちばん思い出深いスポットといえば、学校の行き帰りに友達と遊んだ小さな公園だとか、ワタナベイビーとホフディランのことをちょっと話したくてなんとなく立ち止まった道端だとか……。僕がいちばん思い入れのあるのってここの“地面”そのものなんです(笑)。

明治神宮前駅から原宿駅へと続く表参道の坂道を歩く小宮山さん。この道そのものにさまざまな思い出が詰まっている
僕が生まれた頃にはラフォーレ原宿すらありませんでしたから、通りの様子は本当に、まるきり変わった。それでもここに来る人の顔は、ショッピングにやってきた人、デートの人、友達とぶらぶらしている人……と、みんな基本的にハッピーなのは変わらないですね。通りにあるお店や事務所も、ここで成功してより広く全国的に展開したり、大きなお店を持ったりというところが少なくないと思います。そういう意味では、常に気の通りがいい、幸福な場所なんでしょうね。
――まさしく我々も今回、表参道で好きな場所をお聞きしたわけですが(笑)。『コロンバン 原宿本店サロン』の「ハーブ三元豚のカツカレー」をお薦めくださいました。この店には昔から通われているんですか?

洋菓子業界屈指の老舗である「コロンバン」
小宮山 いや、実はそうでもないんです。お店自体は1924年に大森で創業した老舗で、表参道店も僕の記憶のある限りずっとこの場所にありますから、もちろん存在は知っていました。でも洋菓子店というイメージが強いし、きちんとしたごはんが食べられる場所としてはとらえていなくて。そもそも、あまりに実家に近いので、ここで食べるなら家に帰った方が早いというのもあります(笑)。
最近になって打ち合わせなどでよく立ち寄るなかで、ある時に隣のテーブルのご夫婦がカツカレーを召し上がっているのがおいしそうで僕も頼んでみたら「これはうまい!」と。そこから、家族や友人にもずいぶん紹介しました。実はこのカツカレー、以前は週替わりカレーランチのメニューのひとつで、毎月限られた期間しか食べられなかったんです。それでTwitterなどで、「すごくおいしい」「定番化してほしい」ってつぶやき続けていたら、なんとめでたくレギュラーメニューに(笑)!

カレーマニアの小宮山さんをうならせたコロンバンの「ハーブ三元豚のカツカレー」(1080円)
デミグラスの風味が生きたルーと、“トンカツ”ではなく洋食屋の“カツレツ”に近い、薄めのカツの調和がとてもいいんですよ。特にカツは薄めの衣でサクッとした食感。重すぎない絶妙な感じなので、あっという間に食べ切ってしまいます。原宿の交差点というロケーションを考えても、サラダやドリンクがついたセットで1080円はかなりお値頃ですしね。

小宮山さんはコロンバンでも有名人。インタビュー中にシェフがあいさつにやってきた
――今日はもう一品、ロールケーキの「原宿はちみつロール」もお薦めいただきました。

コロンバンの看板商品「原宿ロール」にハチミツを染みこませた「原宿ハチミツロール」(ホール1,620円)。店内ではカットしてもらって食べることもできる
小宮山 コロンバンといえば、創業者が90年以上前にフランスで菓子製造を学んで、日本人に向けたケーキとして、日本で初めてショートケーキをつくったことが知られています。このロールケーキは比較的新しいメニューだと思うのですが、生地にハチミツをしみ込ませているところに、実はちょっと縁を感じていて。
お店の屋上で養蜂をしていて、ロールケーキには明治神宮や代々木公園の花々から採ってくる原宿産のハチミツが使われているそうなんですが、僕の実家のベランダにも蜂がやってくるんですよ(笑)。だから、このハチミツの何滴分かは我が家の花の蜜なんだろうなって思って食べています。
打ち合わせなどでしばしば寄っていますが、ロケーションは抜群だし、ご高齢の方も多いし、ゆっくり過ごせるのもうれしい。貴重なお店だなあと思っています。
表参道は「大きな遊園地」に見える
――表参道で好きな時間帯や季節はありますか?
小宮山 春から初夏にかけての今の季節、そして秋。並木のきれいな季節はやっぱり特別に素晴らしいですね。表参道に住むのって、極論すると、大きな遊園地のなかに住んでいるみたいなんです。ここは普通、誰もが楽しみにやってくる場所で、みんなほかに帰るところがありますよね? でも僕にとっては逆。夜更けの表参道は、参道ならではの条例などもあって、遅くまで開いているお店もほとんどないので、人々が帰ってしまった後の遊園地のようです。そういう時間もきれいなんですよね。
――小宮山さんの音楽と表参道はどのように関わっていますか?
小宮山 実家にいる頃から、表参道を見下ろす一室を音楽を作る部屋にしています。それは今も一緒で、曲の基礎的な部分を作るのはその部屋なんです。どの曲のどの歌詞が、というわけではなく、そのちょっと寂しくて美しい夜更けの表参道を見ながら音楽を作っていますね。ホフディランを休止している間、BANK$で作ったアルバム『SUNSHINE LP』も、楽器などを持ち込んでその部屋ですべて作りました。
録音までするのは極端なケースだけれど、実家のその一室が、僕にとってはアイデアを整理する場所なんだと思います。インスピレーションを得るのは、旅先だったり、どこか違う場所だったりする。でもそれを自分のなかで整理して、育てていく作業は表参道が見下ろせる部屋でしかできなくて。僕にとっては、いろんな意味で、表参道なしでは生きていけない、というくらいに結びつきの強い場所です。
(文・阿久根佐和子 撮影・大和田良)
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