“中の人”は何を考えている?国民的音楽番組『ミュージックステーション』は音楽界とどう関わっているのか

知らない人はいないであろう音楽番組『ミュージックステーション』を定点観測してきた当連載コラム。最終回を迎えるにあたって、「中の人に話を聞いてみたいですね?」とダメ元でオファーをしてみたら、(まさかの)快諾をいただきました。

日本の音楽界に影響をおよぼす存在であるこの番組はいかにして作られ、それを作る人たちは何を考えているのだろうか。テレビ朝日の『ミュージックステーション』プロデューサー・利根川広毅氏に、音楽ブロガー・レジーが話を聞いた。

利根川広毅/とねがわひろき
1977年生まれ。フリーランスとして数々の音楽番組の演出を務め、2013年に日本テレビ入社し、『LIVE MONSTER』『バズリズム』『THE MUSIC DAY』『ベストアーティスト』などを担当。2018年9月にテレビ朝日に入社。現在は『ミュージックステーション』『関ジャム 完全燃SHOW』のプロデューサーを務めている。


 

前編:“テレビマン”と“ミュージックマン”の狭間で何を正解とするか

 

「すごいアーティストがたくさん出てきてやばい!」ってなったほうが楽しい

──最近のMステだと、2月19日放送回のmillennium paradeのステージが良かったです。こういうのをMステでたくさん観たいと思いました。

利根川 あれは素晴らしかったですし、Mステとしてああいうものをやるべきだという認識は僕も同じです。自分たちから言うのも変な話ではありますが、「たった一回のテレビ出演のためにここまでやるんだ!」という驚きを感じてもらえたのではと思っています。出演が決まった時からアーティスト・番組ともに温度の高い状態で臨めたので、millennium paradeのことを知らなかった人も彼らがどういうことを目指している人たちなのか一発で伝わるステージを作れました。

──millennium paradeは近いタイミングで『CDTVライブ!ライブ!』にも出演していましたが、音楽番組間のポジショニングみたいなものは考えたりしますか?

利根川 そこは考えますね。やっぱりそれぞれの番組のカラーが求められると思うので、他の番組の動向には注意を払っていますし、こちらとしても参考にさせてもらっている部分もあります。たまにVTRの作り方が似てしまって、「気をつけよう」なんて言いながらやっていますけど(笑)。

“番組のカラー”ということについては日テレで音楽番組を作っていた時から大事にしていて、たとえば『バズリズム』をやっていた時は深夜帯の番組だったからこそコアなところを攻める、それこそMステにはまだ出られないかもしれないけど素晴らしいアーティストを早めに紹介する、というようなことを考えていました。

そのアーティストが後にMステに出演した時には少し貢献できた気持ちになってうれしかったりもしました。今はそのMステを担当するようになって、 “目標としてもらえる番組”をどう作るかという視点を大事にしています。

──『バズリズム』のキャスティングの話がありましたが、やはり音楽番組は“誰が出るか”というのが非常に重要だと思います。Mステは今年に入ってから「サブスクシフト」と言いますか、ストリーミングで人気を博しているアーティストを積極的にラインナップに加えている印象があります。1月22日の放送ではSpotifyのバイラルチャートの推移で2020年を振り返りつつ、YOASOBI、瑛人、川崎鷹也が出演しました。それ以降もyama、りりあ。、ひらめ、もさを。などが名を連ねています。

利根川 今言っていただいた1月の放送があったことでよりそちら側にシフトしているように見えたと思うんですけど、実際にはあそこから急に変わったのではなくて、自分がキャスティングに本格的に関わり始めた1年以上前からストリーミングでの動向はずっと注視しています。

当たり前の話ですがキャスティングをするうえでは“視聴者が何を観たいか・聴きたいか”と“視聴者に何を観てもらいたいか・聴いてもらいたいか”を大事にしているんですけど、今の時代に“何が聴かれているか”の指標としてストリーミングのチャートはとてもわかりやすいです。最近は顔を見せないアーティストが多数ヒット曲を出していますけど、「そういう人たちの歌っている姿を見たい」という声に応えたいと思った結果が今年のラインナップに繋がっています。

──2019年の秋の放送で「ヒゲダンをサブスクで聴く」というような紹介VTRがあったと記憶していますが、ストリーミングサービスが一般化してきたなかでの音楽番組のあり方を模索しているようにも感じます。

利根川 これに関してはMステがどうと言うよりは、リスナーも音楽業界も変わってきているからMステもそうなっている、という側面のほうが強いと思います。事務所やレーベルも従来型のプロモーション、テレビに出てラジオのパワープレイをとって地方キャンペーンに行って、そこにタイアップを組み合わせて……みたいなやり方だけでは多くの人に聴いてもらえないというのをわかっていますし、リスナー側からもストリーミングサービスやSNSを通じてヒットが生まれているので、そういうなかで番組として紹介すべきものが自ずと決まってくるという感じです。

──バイラルチャートとの関係という意味では、利根川さんが同じく現在手がけられている『関ジャム 完全燃SHOW』も大きなパワーを持った番組になりましたね。

利根川 おかげさまで、特に年始にやっている「プロが選ぶ年間ベスト10」は多くの方に注目いただけるようになりました。あの番組は時間帯も含めて“まだ多くの人が魅力を知らないことを伝える”のにちょうど良いので、そこで耳の早い方々が選ぶ楽曲を通じて新しいアーティストが注目される状況を作れているのはうれしく思っています。

これは個人的な考えなんですけど、若手アーティストでもすでにキャリアのあるアーティストでも、まだMステに出ていただけていないけど素晴らしい才能を持った人たちってたくさんいるので、そういう方たちを『関ジャム』で取り上げさせていただいてMステに……みたいな流れを作りたいと思っています。

──なるほど。それは先ほどのお話のなかの“ミュージックマン”サイドからの発想ですね。

利根川 あんまり自分で自分のことを“ミュージックマン”と名乗るのも照れ臭いですが(笑)、そういうマインドで音楽番組に向き合っている立場からお話しさせてもらうと、理想としては“いろいろなアーティストのいろいろな曲が、いろいろな形で同時多発的にヒットしている”状態になるよう貢献したいと思っているんです。“誰かがいちばんヒットしている”ことが大事というわけではなくて、様々なタイプの曲がヒットしていて“すごいアーティストがたくさん出てきてやばい!”ってなっていったほうが単純に楽しいし、音楽業界全体としても意味があると思うんですよね。新しい才能やもっと評価されるべき才能の魅力をどう伝えていくか、というのは自分ができることのなかでいつも考えていきたいです。

──Mステとして今年から始めたYouTube企画「Spotlight」もそういったテーマに合致しますね。新しい才能の芽を育てることに主眼を置いたものになっていると思います。

利根川 まさにそうですね。あの企画に対しても“ただの趣味”と言ってくる人もいるんですけど、そんな話ではなくて(笑)。アーティストをちゃんとしたスタジオで良い音響と照明で撮って、それをMステの企画として世に出すことで、今までそのアーティストを知らなかった人が興味を持つきっかけにすることができるんじゃないかという気持ちが根っこにはありますし、それがいつかMステにも繋がっていければと思ってやっています。

 

いかに“通常のMステ”に戻していくか

──最後に今後のMステについてお話を伺いたいのですが、その前段として2020年のことについて質問させてください。コロナ禍の影響を受けて、春先から通常とは異なるオペレーションでの番組作りを強いられることとなりました。

利根川 そうですね。VTR特集を3回放送したのですが(4月17日、24日、5月1日)、できればその形は続けたくない。やっぱりスタジオでわいわいやるのがMステらしいあり方だと思うので、家からアーティストが出演するような形もMステらしくないので本当はやりたくない。

でも番組の方針として「ステイホームスペシャル」をやろうとしている……と自分にとっては難しい局面だったのですが、どこから作業していいか悩んで手が止まっていた時に、ふと思い立って、以前からお世話になっている、ある大御所アーティストの方に相談して、「こんなときどうやってアーティストと向き合えばいいですか?」と相談に乗っていただきました。目の覚めるような助言や励ましをいただいたことから動き始めて、「今の状況であなたは何を伝えたいですか」という形でリモート出演いただく方の自発的なメッセージを引き出す企画を作りました。

その流れでRADWIMPSにもオファーをしたのですが、ちょうどコロナの影響でドーム公演が延期になってしまったなかでやり場のない思いを抱えていたとのことで、その気持ちや今伝えたいことを新曲にしてMステで披露したいと野田(洋次郎)さん側から申し出があったんです。そこから数日後、デモ音源を聴かせて頂いた時には涙が出ました。ここまでしてもらって、この大切な曲をどう視聴者に届けようかとスタッフで話し合い、結果的にそこで作った「新世界」をリモートではなくスタジオで披露してもらいました(2020年5月8日)。

スタジオにはメンバー3人だけで入ってもらって撮影も無人で行ったんですけど、ちょうどいろいろな生放送がとんでしまっていたタイミングでああいうチャレンジができたことには胸が熱くなりました。技術的な側面からどうやるかをまとめてくれたディレクターの藤沢をはじめ演出チームにはとても感謝しています。

──今お話のあったリモートでのアーティスト出演だったり、RADWIMPS出演時のスタジオオペレーションだったり、コロナ禍を通じて得た経験はポジティブに考えるとこの先のMステに生かせるのではないでしょうか。

利根川 たしかに、あの時いろいろトライしたことによって現状の技術の進化などを確認することができました。ただ……今はあんまり“あの時の経験をポジティブに活用しよう”みたいなモードではなくて、それよりも“いかに「通常のMステ」に戻していくか”という思いのほうが強いです。

──逆に“集まることの良さ”みたいなものを再確認したんですね。

利根川 やっぱりMステのフォーマットって、タモリさんと一緒にアーティストの皆さんがいて、お客さんがいて、ゲスト席ではアーティスト同士が雑談していて、良いパフォーマンスがあったらお客さんだけじゃなくてアーティストも盛り上がっている、そういうものだと思っています。“小さなフェス”というか……今のところこういうお祭り感はテレビじゃないとできないと思いますし、そこを早く復活させたいですね。

──メディアのあり方がいろいろ変わっていっているなかで“テレビの音楽番組だからできることが何か”というのは重要な問いだと思いますが、“お祭り感”というのはひとつのキーワードかもしれないですね。

利根川 数々の長時間番組はそうなっていると思うのですが、“お祭り感”だけを強調するのでなく……Mステにはものすごい歴史が背後にあって、だからこそ音声さんもカメラマンも照明さんも美術さんもみんなたくさんの知見を持っているし、それによって多くのアーティストと深い信頼関係で結ばれています。

シンプルに、“音がいい”“映像がカッコ良い”“演出がカッコ良い”“誰もが観たい出演者が出る”“皆が知りたい情報がわかる”にこだわっていけばMステというテレビ番組にしかできない“毎週金曜のお祭り”が作れると信じているので、そこを目指してこの先も頑張りたいと思います。

TEXT BY レジー(音楽ブロガー/ライター)

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