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分子生物学から見た進化

第2回 始祖鳥の神話と分子系統樹

1.始祖鳥:トカゲからトリへ

 図1の化石は始祖鳥である。1.5億年も前の正真正銘のアンティーク標本である。尾や上肢に羽毛がみえる。この鳥の生存していた太古の時代はいざ知らず1.5億年後の今日この頃の常識では、飛べようが飛べまいが羽毛のあるのはトリである。例外はない。ところが困った事に上肢の指には鈎状の爪が飛び出し、鋭い歯、長い尾骨など骨格的には爬虫類のトカゲそのものである。

 始祖鳥の最初の化石は南ドイツ、バイエルン地方のソルンホーフェンという石切り場で1862年に発見された。この時はダーウィンが「種の起源」を発表したわずか2年後である。彼は自然淘汰による進化論をハトやイヌの品種改良、ガラパコス諸島のイグアナやフィンチ(小鳥の一種)の地理的な変異によって巧妙に説明してみせたのだが、まだ多くの人達は進化そのものを認めず彼を非難する人も多かった。丁度その時期にこの化石は発見された。だからこの標本が「進化」の決定的な証拠としてどれだけ彼を勇気づけ、また反対者を意気消沈させたことか。

 ともかく当時の人々の驚きは大変であったという。トカゲからトリが進化した実例であり、進化の中間段階を示す唯一最初の貴重な証拠品であるとされた。そこで本物(の一つ)は大英博物館に厳重に保存されているが、やがて多くのレプリカがつくられて、世界各地の自然史博物館に展示されている。それ以後、この化石に異論をとなえる人もなく、おかげで「鳥類は約1.5億年前に恐竜の系統から直接に出現した」と考えるのが鳥類進化の定説となった。

2.化石系統樹にみる鳥類と哺乳類の位置

 この地球上に最初の生命があらわれてから35億年もの間、生物は新種の出現、繁栄、絶滅を繰り返し、多様な進化をとげてきた。特に脊椎動物のようにその骨格が化石になりやすい生物では、相当詳しい系統樹を描くことができる(図2)。

 最初の脊椎動物は顎も歯もない口のため海底の泥を吸い込んで生活するような魚類で無顎類(ヤツメウナギなど)と呼ばれている。次に軟骨魚類(サメ)や硬骨魚類(コイ)が出現。やがて両生類(カエルやイモリ)が現われて最初の陸上動物となった。カメやヘビなどの爬虫類は3億年前。そのグループの覇者であった恐竜は1.5億年前に出現し、やがて6500万年前の白亜紀には絶滅している。

 さて鳥類は始祖鳥の化石にもとづいて1.5億年前に恐竜から分岐したように図示されている(図2)。一方、哺乳類は鳥類とはまったく別系統である。古世代石炭紀(約3億年前)にその祖先である哺乳類的爬虫類がまず出現し、やがてその系統から最初の哺乳類が2.3億年前に出現したといわれている。

 ここで注意がいる。図2の系統樹は実はその明瞭な線が示すほど確実な話ではないのである。「化石の証拠は大きな本のあちこちのページが切れ切れに残ったようなもの」というダーウィンの言葉は今も変らず、鳥類や哺乳類の出現時間には問題がある。哺乳類の祖先爬虫類は何者でいつ頃に生存したかということになると、実はそれほどはっきりとした証拠があるわけではない。さらに現在、あれほど確実視され神話化されている始祖鳥ですら、その進化的位置が大揺れに搖れているのである。

3.始祖鳥より古い”原始鳥”の化石

 1986年、米国のテキサス州で、始祖鳥より7500万年も古い2.25億年前の”原始の鳥(プロトエイビス)”の化石が発見されたという(図3)。始祖鳥のような羽毛は見えないが、大きい胸骨、烏甲骨と中空の骨が鳥の骨格に大変よく似ているのである。また今日の鳥は歯がないが、プロトエイブスでは歯の数が半分程度にへり、これなどは始祖鳥がトカゲのような立派な歯をもっているのに比べると数段”鳥的”である。  この鳥が始祖鳥よりも古く、しかも現存の鳥の直接の祖先である事が真実ならば、鳥の進化したシナリオも大きく変わる。鳥類の起源はこれで一気に1.5倍も古くなる。少なくとも恐竜の出現よりもっと古くて、例えば爬虫類のいくつかのグループ(たとえばヘビ)が分岐した後の比較的早い時期に分岐したのかもしれない。もしそうなら鳥類の枝から哺乳類が出現した可能性も完全には排除することはできない。

3. 鳥類ー哺乳類パラドックス
   (The bird-mammal paradox)

 我々人間はヘビやワニと、オウムやカラスとどちらが親しみやすいか。鳥は表情も豊かだし、動きもすばやい。また異性や子供に対する愛情も哺乳類同様に大変に細やかである。決定的なのは両者は温血動物同志ということである。皮膚も羽毛や体毛に被われている。鳴いたり吠えたり音でコミュニケーションをする(恐竜がゴジラのように”ギャーオ”と叫んだという証拠はない)。大脳や目、耳などの感覚器官の発達もよい。心臓の形態や血管系も非常によく似ている。正直なところ鳥類が哺乳類により近縁に見えるというのは我々の素朴な印象である。

 旧来の学説では鳥類と哺乳類は全く別系統の爬虫類から由来した(図2)。しかし両者はあまりに似た所が多く、定説が正しいとすれば両者の似た形質は次のように説明するしかない。つまり別々の系統で同じ様な変化が独立に現われたのである。たとえばコウモリの翼とトリの羽根の場合で、これを収斂進化と呼んでいる。このように鳥類と哺乳類の関係はあまりに不可解、逆説的であるために、しばしば鳥類ー哺乳類パラドックス(Bird-Animal Paradox)と呼ばれている。

4. 分子の系統樹

 さてそれでは分子生物学が見た鳥の起源と進化はどうなっているのか。説明のために必要な分子時計の話はすでに前回に紹介した。例えばヘモグロビンのようなタンパク分子のアミノ酸配列を色々な生物同士で比べてやると、その配列に差が見つかる。その配列の相違度(=アミノ酸置換数)がこれまで古生物学に基づいて推定されていた生物の進化距離にほぼ比例する、という話である。つまりヘモグロビン分子は分子時計なのだ。  こうしてヘモグロビンによって構築された脊椎動物の系統樹が図4である。縦軸には便宜的に化石から推定された絶対年代が分岐点に対応するようにとってある。左から無顎類、軟骨魚類、硬骨魚類などが、旧来の分類学的知識を支持する様に描かれている。哺乳類の詳細は省略したがすでに膨大なデータが存在し化石の系統樹では追跡できなかった詳細な系統が判明した。

 ここで図をもう一度、注意してみよう。右側の三者、鳥類ー哺乳類ー爬虫類の関係である。意外にも鳥類は爬虫類よりもより哺乳類に近縁である。この関係はヘモグロビンの親戚タンパクであるミオグロビン(筋肉のグロビン)でも同様であるという。  さて鳥類ー哺乳類パラドックスとして知られる鳥類と哺乳類の形態レベル、行動レベルでの”異常”な近縁関係はしばしば収斂進化で説明されてきた。それでは分子レベルの進化にも”偶然に同じ変化が別系統のヘモグロビンにおきた”(=収斂進化)と説明することができるのだろうか。分子レベルの収斂進化があるとすると、やはりある特定の環境に対する方向性をもった変化ーたとえばこの場合、体温の恒温性に対するヘモグロビン分子の適応ーが分子レベルでも必要になる。実はこれも前回、簡単に述べたのだが分子のレベルで観察されるアミノ酸置換のそのほとんどは進化的に良くも悪くもない中立的な変化なのである。この法則に反して有利な変異が分子内の同じ場所で同じアミノ酸から同じアミノ酸に変異し固定するという可能性はきわめて希である。この場合のヘモグロビン分子がこのような変化をしている様には見えない。

 それよりは、これは旧来の学説である哺乳類と鳥類は別々の爬虫類から分岐した(図5a)という仮定が間違っているためと考えた方がよほど理解しやすいのである。むしろ本当に問題なのは「鳥類が哺乳類とは別に爬虫類から出現したとする根拠」、つまりあの有名な始祖鳥(図1)が本当に今日の鳥の直接の祖先なのだろうか、という我々の素朴な疑問なのである。もしプロトエイブスの話が本当で、さらに分子レベルでみた系統の話も真実であるなら、「実は哺乳類は直接、鳥類の祖先から由来したのだ」という結論となる。すると鳥類ー哺乳類パラドックスの疑問も容易に解けるであろう。

 さて将来、この話に決着をつけるのは誰だろうか。あるいは貴方がスコップを肩に、テキサスの大草原に出かけ土の中から古い鳥の化石を苦労して見つけるか。あるいは誰かがさまざまな鳥、哺乳類や爬虫類から分離した各種の遺伝子の配列をさらに決定し比較して、ヘモグロビン分子と同じことが他の分子でも一般的に観察し、しかもこれが収斂進化でないと証明してみせることだ。道は二つ、貴方ならどちらの道を進むか。

図1。始祖鳥の化石

いま地球上にはおよそ8600種類の鳥がいる。この化石の鳥がその祖先である。クチバシには歯がはえている。前肢には羽毛がみえるが、ツメも飛び出している(現存のサケビドリの仲間もここにツメをもっている)。

図2。化石にもとずく脊椎動物の系統樹

旧来の化石の資料をもとに構築された脊椎動物の系統樹。魚類は水色、両生類は黄緑、爬虫類はオレンジ色で表わしてある。実線の始まるところに最初の化石が発見されている。年代の単位は百万年。化石の年代は放射年代決定法*による。

図3。始祖鳥よりも古い鳥、プロトエイビスの化石

テキサス州北西部の小さな町ポストで発見されたプロトエイビス(原始の鳥)。三畳紀初期のドッカム層(2.25億年前)から成鳥2体、幼鳥1体が見つかった。骨格は大きい胸骨、烏甲突起から鳥的である。始祖鳥のような羽毛はないが、一般の鳥の化石でも幸運な場合を除いてまず羽の跡を残しているものはないからそれで鳥ではないとは言えない(科学朝日:武居克明氏の解説と撮影)

図4。ヘモグロビンによる脊椎動物の系統樹

最大節約法*によって作られた系統樹。枝の長さは補正したアミノ酸置換度から求められているが、ほぼその長さを表わしているものの正確ではない(原図には各枝に長さの値があるが省略)。むしろ分岐順を中心に描いたした樹で、ここでは鳥類は爬虫類よりも哺乳類により近い。縦軸は大まかに該挿した化石年代。哺乳類(43種)はさらに細かく枝別れしているが、詳細は省略(Dickerson & Geiss, 1980)。

図5。鳥類ー哺乳類ー爬虫類の進化的関係をしめす系統樹:定説と異説

旧来、鳥類は現存の爬虫類に大変近縁であり、哺乳類とは別系統の爬虫類から由来したとされている(図5a)。羊膜類とは爬虫類、鳥類、哺乳類の総称で発生途中に羊膜腔ができる。図5bは哺乳類が鳥類と近縁で、しかも爬虫類の中の枝になっている。恐竜やワニとの系統は不明で、点線になっている。

用語解説

* 放射年代決定法
化石(あるいはその地層に含まれる岩石)が含む特定の放射性同位元素の量を測り年代を決定する。たとえばウラン238(親元素)は45億1000万年の半減期で鉛206(娘元素)になる。岩石中の両者の比をとると年代がでる。

* 最大節約法
アミノ酸や核酸配列を比較して系統樹を構築するときの方法の一つ。利用する配列すべてについて比較しアミノ酸(核酸)置換数が最小になるように枝別れを構築する。それを最適の系統樹とする。
* 収斂進化
全く別々の二系統で同じ様な変化が独立に現われ、両者の差がなくなったたものをいう。たとえばコウモリの翼とトリの羽根の場合や、魚と鯨の流線型の体型などである。