【目的】近年,社会に住宅のバリアフリーが浸透しつつあり,高齢者の住宅に対する転倒危機意識が高まってきている.しかし,予期せぬ障害物等に躓き,夜間帯に居間で転倒する場合が増加傾向である.一般的に,段差や水回り等が転倒危険因子と報告されているが,それ以外の詳細な危険因子は明確ではなく,危険回避のための啓蒙活動も不十分な現状である.
そこで,本研究では,地域在住の高齢者を対象に,住宅内転倒の実態を調査し転倒危険因子について分析することを目的とした.さらに,結果に基づき転倒危険喚起の
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を作成したので報告する.
【方法】地域在住の65歳以上の住民100名にアンケートを行い転倒危険因子について検討した.調査項目は,年齢・性別・屋内の移動手段と自立度・過去3年間の転倒の有無(転倒群・非転倒群)・頻度(選択式)・転倒場所・転倒の詳細な原因・転倒の時間帯とした.また,非転倒群に対しても,現在不安に思っている場所・理由・時間を調査した.さらに,転倒の詳細な原因に関しては,選択式として複数回答を可能にした.選択肢は,身体機能の問題・整理整頓不足・室内の段差・コード類での躓き,マット類での躓き,家具のぐらつき・照明の問題等とした.
次に,転倒危険因子の分析結果に基づき,地域在住高齢者に対して危険喚起の
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を作成した.
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作成では,児玉らの住まいの安全チェックリストを参考にした.住まいの安全チェックリストとは,高齢者の住宅(アプローチ・玄関・階段・トイレ・浴室・居間・台所等)や住み方の点検をすることで住宅内事故が大幅に防げると考えられて作成されている.
【説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に沿った調査であり,対象者には本研究の意図を十分に説明し同意を得た上で行った.
【結果】回収率は97%で有効回答数が95であった.転倒群が65名,非転倒群が30名であった.転倒群では,1回/年の頻度が最も多く,全体の46.2%を占めた.転倒場所では居間が41.5%,転倒時間では深夜・早朝が80.0%を占め最も多かった.転倒の詳細な原因としては,整理整頓不足を選択した対象者が最も多く64.6%を占め,その後にマット類での躓きが続いた.身体機能面での問題を選択した対象者は30.8%であった.非転倒群では,現在不安に思っている場所として,階段・上り框が多く,全体の80.0%を占めた.理由としては,身体機能面での問題点を選択する対象者が多く,73.3%を占めた.時間帯は深夜・早朝が最も多く,50.0%を占めた.
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作成では,在宅のサービス担当者のみではなく,高齢者本人が見ても分かり易くなるよう明確な内容と大きな字や図で作成した.従来から転倒危険因子として挙げられている段差や水回りだけではなく,本研究の結果に基づき居間での転倒危険因子についても図等を用いてユニバーサルデザインになるように作成し,病院内に貼付した.
【考察】先行研究では,居間での転倒が全体の6割以上を占めており,居間での転倒の危険性を言及することが多かった.今回の調査においても同様で居間での転倒が最も多く,4割以上の対象者が居間での転倒経験をもっていた.しかし,非転倒群の転倒危機意識は,階段や上り框が8割と高く,居間に対する意識は低かった.また,身体機能面の低下から起こり得る障害を不安に思っている対象者が多かった.児玉は,事故が最も多い居間に関しては,本人も調査員も危険性や改造の必要性を指摘する割合が低いと報告していることから,居間での転倒の危険性を広く言及していかなければならないと考える.また,転倒原因に関しても,身体機能面での問題よりも整理整頓不足による転倒が多いということから,まずは,自宅内の整理整頓を再度徹底するような指導が必要になると考えられる.以上から,住宅内での転倒危険因子を地域住民に喚起していく為に,
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を作成し,病院内で貼付することにした.また,転倒危険喚起の
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は入院患者の退院時リハ指導等にも活用でき,有用性は高いと考えられる.しかし,理学療法士が接することのない地域高齢者も数多くいる為,今後,転倒予防の啓蒙手段については,さらに検討を加えていきたいと考えている.
【理学療法学研究としての意義】現在,地域在住高齢者は,住宅内の転倒危険因子を身体機能面の問題と捉えられることが多く,環境面での問題を危惧することは少ない.しかし,実際の住宅内転倒では,環境面での転倒危険因子が原因となっていることも考えられる.そこで,本研究では,環境面での転倒危険因子を分析し,
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を作成・貼付し転倒危険喚起を行うことにしたことに意義があると考える.さらに今後,検討を加え,家屋評価のチェック項目等を作成していき,理学療法士として身体機能面での問題点も絡めて専門的指導内容を明確化していきたい.
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