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函館に転勤して来られた方がびっくりするもののひとつが、七夕の風習。

浴衣姿の子どもたちが徒党を組んで家々を訪れ、

突然歌いだすという事態に非常に戸惑ったという話はたびたび耳にします。

 

竹に短冊 七夕まつり 大いに祝おう ろうそく一本ちょうだいな

と子どもたちが歌ったら、家人は子どもたちひとりひとりにお菓子をあげる決まりになっています。

 

七夕の夜に子どもたちが民家やお店を巡ってお菓子をもらい歩くという風習は

函館に限らず北海道各地で見られるもの。

なお北海道では8月7日に七夕を行う地域がほとんどですが、

函館では7月7日に行うこととなっています。

 

 

さて、こうした函館の七夕の風習にはどんな起源やいわれがあるのでしょうか。

 

幕末に書かれた『箱館風俗書』という書物には、

当時の七夕の様子が次のように説明されています。

『寺子屋の子どもたちが前日から師匠のところに集まって

小さな灯篭と短冊をつけた竹を掲げ、太鼓や笛を鳴らしながら町を歩く。

7日の昼頃には灯篭を海に流す』(意訳)。

 

『函館・道南大事典』(国書刊行会)によると、これはねぶたの風習だとのこと。

江戸後期の箱館では、ねぶた祭りと七夕が一緒に祝われており、

各家でも大小のねぶたを竹と紙で作っていたそう。

このねぶたに灯すろうそくを集めるのが子どもたちの仕事であったとのこと。

今も「ろうそく一本ちょうだいな」の歌がその名残をとどめています。

 

ちなみに、大きなねぶたを引くときの掛け声は

「オオイヤ、イヤヨ」であったと幕末の記録『松前紀行』にあります。

これが昭和に入って変化し、現在の七夕の歌の歌詞「大いに祝おう」

として残ったというのが定説です。

 

江戸時代から伝わるこの由緒ある風習は現代でも「ろうそくもらい」と呼ばれ、

函館市では「七夕飾りのある家だけを訪問すること」などの小学校の指導のもとに

伝統行事として守り伝えられています。

 

そんな函館の七夕まつりの様子を、お子さんを持つハコダテ150のスタッフが

レポートします。

 執筆:kitora

 

■七夕レポート2008 ひかり編 

今年の七夕は朝から雨、、、七夕に振り替えなんてありませんから

子どもたちは学校や幼稚園で窓の外を見ながら落ち着かない時間を過ごしたことでしょう。

子供達の願いが叶ったのか、夕方には雨があがり早めの夕食を食べて出発です!

 

小さな子供たちは親が付き添います。

 

小学校高学年になると友達同士で家々をまわることができます。夜にお出かけ。ちょっと大人になった気分

 

付き添いのお母さんたちも普段は車移動であまり歩くことがないのですが、子供達のパワーにひっぱられ1時間、2時間と歩きます(ヘトヘトです。。。)

 

 

 最近は留守にしているお宅も玄関先にお菓子を置いてくれてたり、くじのような感じでお菓子をくばったりして子供たちを楽しませている方が多いようです。

 

  

 

 商店の方も営業しながら七夕もやっているので大忙しですが、快く七夕お菓子を用意しておいてくれています。子供たちは商店が好きで(ちょっといいものがもらえたり!)勢い良くお店に入っていきますよ

 

  

 

ちいさな子供の足でも町内をぐるりと回ると・・・

 

   

 

こんなにたくさんのお菓子!!

   

 お菓子以外にもおりがみやストラップ(まちづくりセンターで!)

などもありました

 

 函館のハロウィン!七夕祭り。楽しいですよ。。。

 

    執筆:hikari

 

 

 

 

■七夕レポート2008 洋梨編

洋梨が子どもの頃(ウン十年前の話ですが)、もらえるものは、ろうそく1本が当たり前、

ろうそくに、飴がついていればラッキー!!でした。

我が家でも、母が七夕前に、だるまローソクを購入してましたが、いつからか、

昨年の七夕でもらったローソクを、そのまま回して使ってましたね。

 

効率よく回るために、子供たちに大人気だったのが、「団地」です。

学校区内に、7階建ての道営住宅が2棟ありましたので、必ず寄ってました。

エレベーターで7階まであがって、そこから一気に攻めていきます(笑)。

雨の日もぬれずに済むし、、、子供ながらよく考えたものです。

 

北海道新聞販売所さんには、たいへんお世話になりました。

たくさんお菓子がもらえるのです!!

内緒にしていたのに、だんだんうわさが広まって、早く行かないと、

お菓子が当たらなくなるように。

高学年のときは、常に「北海道新聞で待ち合わせね?!!」でした。

 

洋梨が20歳前後の頃、まだ、ローソクがスーパーで並んでいましたので、

お菓子とローソクが半々だったのだと思います。

一人暮らししていた友人は、七夕になると、仲間を誘って、

レストランで外食したりして、留守にしてましたね(苦笑)。 

あのころは、まだ、飾りのあるなしに関係なく、どのお宅でも回っていたのでしょうね。

 

現在は、小学1年生の長女と、七夕まつりを楽しんでます。

低学年のうちは、保護者つきそいのため、我が家は留守になりますから、

お菓子を玄関前に出して、出発します。

我が家のお菓子ですが、2008年は、「うまい棒」をメインにしてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執筆:洋梨(younashi)

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