「かっこいいか、悪いか」貫いた信念 元嘉風2月5日にやっと断髪式

構成・鈴木健輔
[PR]

 大相撲の元関脇嘉風、中村親方(39)がマゲを落とす。現役引退から2年余。新型コロナウイルスの影響で延期されていた引退相撲と断髪式が、2月5日、東京・国技館で開かれる。

 本来なら引退翌年の2020年夏に行われるはずだった断髪式。時勢を鑑み、2度流れた。力士の魂であるマゲをなかなか切れないことに、複雑な感情があったと中村親方は言う。

 「一般論として、力士の引退は、体力や実力が時代に伴わなくなって訪れますよね。でも自分の場合、土俵以外のけがで相撲を取ることが困難になったので」

 引退は突然だった。幕内にいた2019年6月23日、右ひざを大けがした。その2日後、医師から「相撲を取るのは難しい」と告げられたのだ。

「一生相撲を取っていたかった」

 「許されるなら一生相撲を取っていたかった僕が、相撲を取れない。それなのにマゲを落とせないのは、空しいというか、未練というか。できるなら、マゲを早く落としたいという気持ちはありました」

 もう一度土俵に立ちたい、という思いが消えない。引退相撲で「最後の勝負」を――。その相手をお願いしたのが、同じ一門で何度も稽古をつけてもらった元横綱、稀勢の里(二所ノ関親方)だ。

 「首を縦に振ってくれませんでした。『その体でけがをしたらどうするんだ』と。確かにな、と思いました。二所ノ関親方は、いまでも現役で取れる体をしている。僕は違う」

 20年5月からトレーニングを再開したが、右足首にマヒが残る。足を持ち上げる装具がなければ、足をひきずらないと歩けない。

 「二所ノ関親方が引退相撲に登場すれば、お客さんは喜ぶかもしれない。でも、今の僕と戦うところをみて、心底喜んでくれるでしょうか。二所ノ関親方でなくても、快く相手を引き受けてくれないんじゃないか。そう思い、お願いを取り下げました」

 嘉風は、年齢を重ねるごとに声援が増した稀有(けう)な力士だった。32歳での初金星、新入幕から59場所かけての関脇昇進。記録だけじゃない。177センチ、140キロ台と大きくない体で真っ向からぶつかる激しい相撲はファンを魅了した。

 20代の頃は相撲に本気で向き合えなかったという。

 「下を向いてばかりでした。何番勝ったら(幕内に)残るぞ、とか、下手したら、何番でも残れるかもって」

 転機は2012年。師匠の尾車親方(元大関琴風)が首に大けがを負った。長い入院とリハビリから戻ってきた師匠から「めいっぱい、自分の好きなことをやれ」と言われた。リハビリ施設で、当時の嘉風と同年代の若者が、動かない体を少しでも良くしようと取り組む姿を見たのだという。

 「僕が30歳前後の頃でした。その言葉を聞いて、やっと本気になったかもしれない」

「運転技術ばかり磨くのでなく」

 稽古の量を増やしたわけではない。主に取り組んだのは筋トレだ。

 中村親方は、アスリートをカーレースに例えた。

 「僕は、運転手は脳みそや感覚で、車はボディーだと思っている。相撲を取って運動神経や相撲に対する心技を磨いたら、あとは筋力や瞬発力をつけて車のパーツを良くすれば速くなる。運転技術ばかり磨くのは違うんじゃないかと思ったんです」

 実際、トレーニングで体を鍛えると、自分より大きい相手にぶつかっても痛くなくなった。

 「痛くないから、めいっぱいいける。相撲が面白くなって、これは絶対やめられねーなって思うようになりましたね」

 元嘉風といえば、記者には忘れられない場所がある。

 36歳だった2018年名古屋場所で、初日から13連敗した。取組後はしゃべりたくなさそうなものだが、嘉風は「自分じゃないみたい」「勝ちたいから(立ち合い)変化しようかな」と苦しみや葛藤を、連日包み隠さず打ち明けてくれた。

 なぜだったのか。

 「(師匠の尾車)親方が『負けた時の振る舞いに人間味が出る』とおっしゃっていたし、僕は『かっこいい』『かっこわるい』で言えば、かっこよく生きたい。(報道陣に)背中を向けても良かったけど、自分の話を聞きに来ているのにしゃべらないのは『かっこわるい』と思っただけ。こっちだってプロですから」

「好きこそものの上手なれ」

 信念に従って生きた、16年間の現役生活。「1番」の思い出は? ありきたりな質問だと思ったが、元嘉風は思いの外、悩んだ。

 「うーん、答えられないですね。関取になったとか、金星を取ったとか、そういう『出来事』ではないかもしれないですね。強いて言えば、相撲と出会ったことが1番ですかね」

 大分県佐伯市出身。小学校低学年の頃、母方の実家に行くと、祖父が畳の上で相撲を取ってくれた。美容院で働いていた母が休みの月曜日は、早めの晩ご飯を食べながら見る大相撲中継が楽しみだった。

 「ばあちゃんが武双山関(現・藤島親方)が好きで、僕は断然、貴乃花関(元貴乃花親方)が好きでしたね。小学4年の時、佐伯市に来た巡業のイベントでは若花田さん(後の3代目横綱若乃花)と相撲を取りました。母が応募していたんです」

 少年相撲クラブに入り、大分・中津工業高、日体大と進んだ。アマチュア日本一に輝き、尾車部屋へ。いまは、大好きな相撲を弟子に教える日々だ。

 「心がけているのは、相撲を嫌いにさせないこと。稽古が残り何分か時計を見たり、僕の顔を気にしたりして稽古をしてほしくないんです」

 「僕は相撲が好きだからここまでできた。好きじゃないと続かないですから。好きこそものの上手なれ、です」

 嘉風イズムが息づいた力士が土俵を沸かせる日が、楽しみだ。

 「嘉風引退中村襲名披露大相撲」は2月5日、東京・国技館で。チケットの問い合わせは専用ダイヤル(080・2804・6543)やチケット大相撲(https://sumo.pia.jp/event.do?eventCd=2134314別ウインドウで開きます)。(構成・鈴木健輔)

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません