時論公論 「"大学設置不認可"は何だったのか?」2012年11月08日 (木)

早川 信夫  解説委員

 大学の設置認可をめぐって、田中文部科学大臣は、一たん不認可とした3つの大学の来年春の新設を一転して認めました。不認可の決定から認可へと目まぐるしく変化しました。いったいこの間の騒動はなんだったのか。今夜は、この問題について考えます。

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 結論から言いますと、多くの関係者が手順を踏んで積み上げてきた議論を覆したのは大臣としての裁量権を踏み越えた権限の行使で大いに反省すべきです。くるくると方針が変わり、大臣としての覚悟も見えませんでした。設置認可とその背景にある課題とを切り分けずに議論しようとした点に無理がありました。
 
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外務大臣時代に「誰かがスカートのすそを踏んづけていて前に進めなかった」と述べた田中大臣。今度は、自らスカートのすそを踏み、つまずきそうになったところを周りに支えてもらった格好です。一方で、提起した課題は、今後議論すべき価値はある。このように総括できそうです。
 田中大臣が3大学の不認可を言い出したのは、今月2日のことでした。前日に大学設置・学校法人審議会からの答申を受けて、設置を認めるとした大学の新増設のうち大学の学部の増設は認めたものの、新しく大学をつくる3大学の設置は認めないとしました。
 理由は、要約すると3点です。一つは、大学が多過ぎて質の低下を招いている。二つめは、競争の激化で大学運営に支障が出ている。三つめは、大学の設置を認めた審議会の委員が大学関係者ばかりで、厳正さに欠ける。これら三つの問題意識から、これ以上大学の数を増やすのは疑問だとして認可を見送るとしたのです。
 
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 発端は先月、多額の負債を抱えて経営不振に陥った群馬県の創造学園大学に対して、今年度末までに解散命令を出すことを認めると審議会が答申したことでした。
 
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同じタイミングで今回の新増設の報告がまとめられました。一方で大学に解散を命じる判断をしながら、一方で新増設を認めるのはおかしいと大臣は受け止めたようです。
 
 大学の設置認可の手続きはどうなっているのでしょうか?
 
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 申請から認可まで7か月かかります。大学の新増設をしようという場合、開校する前の年の3月までに文部科学省に書類をそろえて申請しなければなりません。大学としてふさわしい教育内容になっているか、必要な教員はそろっているか、財政基盤や施設は整っているか、審議会で審査され、何度かのキャッチボールの末に認可が決まります。ですので、申請した段階では審査に耐えられるだけの準備をしておくことが必要で、事実上、開校の1年前には大学としての実態がほぼ出来上がります。認可を受ける側は2~3年前から本格的な準備を進め、文部科学省の担当者と下交渉をすませておくのが通例です。今の仕組みになる前は、もっと準備が大変で、4~5年かけてトラック1台分の資料を用意するほどだったと言われます。それだけに不認可となった学校側の反発は強かったと言えます。
 
 設置認可の考え方はどう変わってきたのでしょうか?
 大学は、2~30年前までは、難関の入試を潜り抜けてきたいわば選ばれし人のものとされてきました。そのため第2次ベビーブーム世代が受験期に差しかかった80年代後半も、その後にやってくる少子化を見すえて、新増設に頼るよりも、一時的な定員増でしのぎました。
そして、少子化。原則抑制方針がとられてきました。ところが、90年代後半の規制緩和の流れの中で事前規制への批判が起き、小泉政権のもと、2003年に抑制方針が撤廃されました。
 
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大学の設置認可が事前規制から事後チェックの制度へと変わり、今に至っています。大学の設置は要件が整っていれば規制しないけれど、その後に第三者評価機関による事後チェックを受けることになりました。
これにより、大学の大衆化が進み、「大学全入の時代」大学を選ばなければだれでも大学に入れる時代がやってきました。大学大衆化の影響について十分な議論がなされてきたとは言えませんので、大臣の問題意識自体は一理あったと言えます。
 とは言え、問題提起と実際の認可、不認可は別問題です。認可にあたっては、様々な角度からおよそ400人の目が判定します。申請したからすべて通るものではなく、今回、同じ時期に申請があった中でも、9校が申請を取り下げ、16校が改善点を指摘され認可が保留されています。規制が緩和されても厳しいチェックは続いています。
 
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 大学関係者が審査にかかわっているのは、ピア・レビュー、つまり関係者による相互評価、大学のことは大学のことをよく知る人たちに評価してもらうという仕組みです。同じ業界への新規参入を審議するのですから案外厳しく、審査の段階で難癖をつけられたとぼやく声を聞いたことがあります。制度に課題があったとしても、手続きを経て認可の答申が出た。その内容は尊重されるべきです。
 7か月間かけて議論してきたものを一晩でひっくり返すのは、大臣という責任のある立場で判断したにしては軽率のそしりは免れません。しかし、大学をめぐる課題が残ったのは、事前規制から事後チェックへと舵を切った時に予想されたことであり、これまで向き合ってこなかった当時の政権政党にも責任はあります。批判だけしているわけにはいきません。
 規制緩和が進んだことで大学を取り巻く事情も変わりました。
その一つが、若者の高学歴志向です。だれでも大学に入れるようになり、学力や学習意欲の低下が指摘されています。長引く不況の中で、就職に有利な4年制大学卒の肩書がものを言うようになりました。そのため、短大の4年制大学への衣替えも多く、10年あまりで短大は200校あまり減り、多くが4年制大学になっています。もう一つは、時代のニーズに合った多様な学部の創設です。規制緩和のひとつの理由でもあります。大学をつくるのに時間がかかると社会情勢が変わり、時代のニーズに合わなくなるとされました。最近は、高齢社会を迎え、保健、医療、健康系の学部が新増設ブームです。さらには、地域おこしへの期待。経済的に低迷している地方ほど、若者の都会への流出防止策として大学設置願望が強いと言われます。少子化にもかかわらず、大学新増設の動きは止まりそうにありません。
 
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この10年で流れが大きく変わりました。今の制度をつくるのに当時の政府は規制をはずすことには熱心でしたが、事後チェックの仕組みを機能するように作り上げたとは言えません。今後も創造学園大学と同じような問題が起きかねません。経営に疑問のある大学がまだあるとされます。私立大学の46%が定員割れを起こし、すべての大学が生き残れる時代ではない。立ちいかなくなる前にスムーズに大学を閉鎖できるようにするためにどのような手段がありうるのか、議論が必要です。文部科学省は、新たな検討会議を設け、来月中に設置認可の新基準を設けるとしています。しかし、拙速に事を運ぶのではなく、背景にある問題も含めて、じっくりと議論する必要があります。開かれた場で議論を重ね、今後の大学のあり方について、合意づくりが必要です。
 
(早川 信夫 解説委員)