柿崎明二 日本再生考

日本再生に何が必要か。この国はどうすれば活力を取り戻せるのか。月1回、有識者に語ってもらう。

柿崎明二氏

柿崎明二氏

柿崎明二(かきざき・めいじ)1961年秋田県生まれ。早大文学部卒。88年共同通信社入社。1993年から政治部で首相官邸、外務省、旧厚生省、民主党、自民党、社民党などを取材。2011年から編集委員。著書に「『次の首相』はこうして決まる」(講談社現代新書)、共著に「空白の宰相」(講談社)がある。

第1回劇作家・山崎正和氏

山崎正和氏=東京都内のホテル

▲山崎正和氏=東京都内のホテル

山崎 正和氏(やまざき・まさかず)34年京都市生まれ。京大文学部卒。大阪大名誉教授。文化功労者。著書に「柔らかい個人主義の誕生」など。

こつこつ

—停滞する中、結局、地道にやるしかないと。

 「こつこつと、繕いを続けていくしかない。基本になるのは知識基盤社会だ。自然科学のノーベル賞受賞者が2桁になった。それも戦後だけで。明治以来の教育改革の成果だ。エネルギー問題を考えれば、ブレークスルーする技術を考え出さないといけない。日本には、その能力がある」

 「もう一つは国際支援だ。フィリピン南部ミンダナオ島の独立問題で、紛争を続けていた国軍とイスラム武装勢力の和平枠組み合意に国際協力機構(JICA)が尽力した。背景には相手を立てる日本人の姿勢の低さと気配りがある。平和構築の分野で、活躍が広がれば、日本の国際的権威も高まる」

—科学を中心とする知識と国際支援か?

 「この二つで世界から尊敬される可能性はある。いずれも人材育成が重要だ。できる人にはうんと勉強してもらう。教育制度のあらゆるところに課題があるが、基本原則を変えれば、できるはずだ。それは、『高学歴社会』を『高学力社会』に変えることだ。義務教育は、授業中、寝てても卒業できる。大学もえり好みしなければ全員入学できる。その結果、分数の足し算ができない大学生が生まれている。一方で、『オレは大学を出てるんだ。肉体労働なんてできるか。中小企業で働けるか』という認識を持ってしまっている」

—具体的には。

 「頭の柔らかい義務教育の段階で、基礎的なものを徹底的に教え込む。場合によっては進級、卒業させない。あるいは補習を受けさせる。高校からは勉強に向き不向きがある。できる子には集中して奨学金を出してあげる。貧しい家庭や両親がいない子には生活の足しになるぐらいの。そのために教育費をつぎ込む。そして一流の研究者や技術者になってもらう」

日本再生に何が必要か、劇作家で評論家の山崎正和氏に聞いた。

—現代はどういう時代にあるのか?

 「先の見えにくい停滞した時代だ。冷戦が終わり、国家が国益中心主義に戻った。同時に国家以前の宗教部族集団が、国家の統制をはずれて動きだした。一方、財政に責任を持つ国家の枠組みを超えて市場が金融を動かしている。あらゆるものが流動化し、予測が難しくなり、人々がいらだっている」

—日本も?

 「冷戦後、政治の枠組みをどう組みかえるべきか分からなかったので、55年体制が続き、 鬱憤 (うっぷん) 晴らしに非自民連立政権や小泉純一郎元首相の登場があったが、非自民連立政権は短期間で崩壊し、小泉さんの郵政改革も実は大したことではなかった。そこに民主党が現れ、政権交代のための政権交代が起きた」

高学力社会へ転換を 生き残りへ教育改革  人生設計10年延長も

「予測が難しくなり、社会がいらだっている」と語る山崎正和氏=東京都内のホテル

▲「予測が難しくなり、社会がいらだっている」と語る山崎正和氏=東京都内のホテル

10年延長

—「 大学を出ているんだ… 」 という意識は変えられるか。

 「人生設計を10年 延ばし たらどうか。65歳定年を75歳に延ばす。工夫は必要だが。そうすると就職は30歳前後になる。高校、大学卒業後の10年間は武者修行。民間非営利団体(NPO)もよし、留学するもよし、農業やるもよし、町工場もよし。そうすれば意識も変わっていく」

—平均寿命も延びた。

 「10年延長で、65歳で定年、その先は老人という固定観念も崩れる。今年の芥川賞の受賞者は 75歳 、読売文学賞の俳句部門の受賞者は89歳だった。個人差、職種の違いはあるが、可能性を限定する必要はない」

—かつて著書「柔らかい個人主義の誕生」で消費社会論を展開した。

 「予言したのはモノの消費から時間の消費に移るということ。人々が充実した時間を過ごすことになり、モノが売れなくなりますよという話だった。半ばは、これが現実化したので不況になっている。しかし、時間は消費されている」

—消費社会が別の段階に達したのか。

 「いや、これからが本当の消費社会だ。モノは時間を消費するための手段になる。例えばゲームや携帯。せいぜい数万円だが、一日中遊べる。難しいが、消費される時間や情報を計る物差しがあれば、人々の認識も変わるかもしれない」

柔らかい能力主義 資源制約打破へ

 資源がないという制約を、人材育成によってブレークスルーするという山崎氏の提案は特段目新しいものではない。しかし、山崎氏ほど人材育成の具体論に踏み込んだものも多くはない。

 義務教育での「落第」導入、優秀な高校生・大学生に対する奨学金—。具体論は、一見、競争重視のエリート主義のようにも見えるが、真意は「分数の足し算」もできないのに「オレは大学を出ている」という意識を持ってしまう、ゆがんだ「学歴主義」からの脱却にある。

 山崎氏はその転換を「高学歴社会から高学力社会へ」という言葉で、端的に表現した。

 それは究極、学力でさえなく、能力でのみ評価される社会だ。さらに山崎氏は、同時に人生設計を10年間延長、高校、大学卒業から就職までの「武者修行」期間に、さまざまな体験をさせることで職業に対する意識の多様化も促している。

 確かに基礎学力を持つ個々人が、多様化した意識に基づいて職業を選んで持てる力を発揮していく社会はブレークスルーをもたらすだろう。山崎氏の著書にちなめば、「柔らかい能力主義」の勧めなのかもしれない。(共同通信編集委員 柿崎明二)=2013年03月15日

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