『涼宮(すずみや)ハルヒの憂鬱』(角川スニーカー文庫)が売れに売れている。シリーズ8冊で累計280万部、アニメ放映された4月以降だけで150万部増と、活字離れと言われる若者層に爆発的人気だ。デビュー3年でライトノベル界の寵児(ちょうじ)となった谷川流(ながる)さん(35)に聞いた。(石田汗太)
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「若い人には『いろんな本を読んだ方が面白いよ』と言いたいですね」と谷川さん(東京・千代田区の角川書店で)
〈ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上〉
高校入学の初日にクラスで宣言した涼宮ハルヒ。唯我独尊を絵に描いたような彼女の元には、本当に怪しげな面々が集まってくるのだが、知らぬは彼女ばかり。世界の「命運」は、実はこのワガママ娘が握っているらしい……。
軽妙な語り口、漫画的キャラクター、まったりした日常、派手な大風呂敷。『涼宮ハルヒ』シリーズを一言で言えば、「由緒正しき学園ドタバタSF」だ。ハッとする新しさはないが、懐かしく心地よい。作家自身、中学生のころから海外SFやミステリー、ジュヴナイル(少年向け)文庫で育ったと聞いて納得した。
「ソノラマ文庫の菊地秀行、夢枕獏さんで目覚めたところはあります。ミステリーはクイーンとヴァン・ダイン、SFではアシモフですね」
が、魅力はそれだけでないことも確かだ。ハルヒを見守る友人たち(宇宙人、未来人、超能力者)は、それぞれの立場からこの世界の“真相”を語るが、まったく話がかみ合わない。ただ、「ハルヒの機嫌を損ねたら、この世界の存立が危うい」という認識のみで一致しているのである。
「人間は、それぞれの現実認識によって、まったく違う世界に住んでいる。テレビの討論番組を見ても、『何でこの人たちは歩み寄れないのか』とあきれることばかり。天動説が地動説に変わるくらいのことがないと、人間性は変わらないんでしょうね」
コミュニケーションが成立しない者同士が、ハルヒをめぐって、次第に「分かり合う」――。こうしたユーモアと希望が、人気の秘密かとも思ったのだが……。「僕の力というより、イラストのいとうのいぢさんと、原作を超えてくれたアニメスタッフのおかげでしょう」。作品の語り手「キョン」のような、非常にクールな自己分析だった。
2003年、角川書店の第8回スニーカー大賞を本作で受賞。その前は婦人服販売チェーンの店長だった。「ふっと辞めたくなり、それから作家になりたかったことを思い出しました」
兵庫県生まれで、阪神大震災で被災した経験を持つ。
「その時痛感したのは、人は他人の痛みに鈍感だということ。でも、僕だってそれまで他地域の災害は人ごとだった」。谷川さんの中でも何かが「変わった」のだろうか。
「小説で悲しいことは書きたくない。それは現実にあふれているから。それよりユーモアの方が好きだし、ずっと難しい。読者を楽しませ、僕も楽しみたいんです」
(2006年7月12日 読売新聞)
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