魂
★1a.体外の魂。生命の根源が、身体から離れたところにあるので、身体をいくら攻撃されても無事である。しかし、体外にある魂が損傷すれば、身体は倒れる。
『変身物語』(オヴィディウス)巻8 メレアグロスが生まれた時、運命の女神が丸木を火に投げ入れて、「この丸木と同じだけの寿命を、赤児に与える」と告げた。母アルタイアは丸木に水をかけ、奥の間深くしまいこむ。後、青年となったメレアグロスは、カリュドンの猪狩りで伯父たち(=アルタイアの兄弟たち)と争って、彼らを殺す。これを知ったアルタイアは怒って丸木を焼き、メレアグロスは死ぬ〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第8章に類話〕。
『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」 聖仙ヴァーラディは、生まれてくる息子メーダーヴィに、山々の不滅性を授けた。メーダーヴィは成長すると、自分の不滅性を鼻にかけ、人々を馬鹿にするようになった。ある時、大聖仙ダヌシャークシャがメーダーヴィの態度に怒り、「灰になれ!」と呪った。しかしメーダーヴィは平気だった。そこで大聖仙は水牛に命じて、山々を突き崩させた。山々が崩れると、たちまちメーダーヴィは死んでしまった。
『山姥と糸車』(昔話) 大木の根元に白髪の老婆が1人すわって糸車を廻し、糸を紡いでいる。猟師が鉄砲を向けても、山姥は笑っている。1発撃つと手ごたえはあったが、山姥は平気である。そこで猟師は、縒り糸を入れた箱を撃つ。すると山姥は、ふっと消える。そばへ行って見ると、年を経た狒々が倒れていた(土橋里木『甲斐昔話集』)。
*魔法使いや悪魔が、自分の魂を卵の中に隠す→〔卵〕1の『水晶の珠』(グリム)KHM197・『火の鳥』(ストラヴィンスキー)。
*ならず者が、自分の魂を壜の中に隠す→〔瓶(びん)〕2の『子不語』巻5-125。
*→〔鼠〕1dの『聊斎志異』巻9-341「澂(ちょう)俗」も、体外の魂を攻撃する物語、と解釈することができる。
*体外にあった魂を身体に戻せば、それは、不死身の身体に1ヵ所弱点ができたことになり、→〔弱点〕2の物語と同じになる。
*体外の魂との対話→〔自己との対話〕6の『日本書紀』巻1・第8段一書第6。
★1b.生命の根源である心臓を、肉体から取り出して木の上に置く。
『二人兄弟の物語』(古代エジプト) アヌプとバタは兄弟だったが、弟バタは兄アヌプと別れて、1人で杉(あるいは松)の谷に住む。バタは自分の心臓を身体から取り出して、杉の花の上に置く。ファラオの兵隊たちがやって来て、杉を切り倒すと、バタは死ぬ。兄アヌプは何年もかけてバタの心臓を捜し、見つけ出した心臓を水に入れる。するとバタは生き返る。
*→〔生き肝〕2aの『今昔物語集』巻5-25で、猿が「自分の生き肝は島の木にかけてある」と亀に言うのも、生命の根源を体外に置く物語の一種であろう。
『最後の一葉』(O・ヘンリー) 病気のジョンジーは、窓の外に見える蔦の葉が風に吹かれて落ちていくのを数える。「最後の一葉が落ちる時、自分も死ぬのだ」と、彼女は思う→〔身代わり〕3b。
★2.眠っている間に、動物の形をした魂が、身体から出たり入ったりする。
『だんぶり長者』(昔話) 夫が畑で昼寝していると、向かいの山から1匹のとんぼ(=だんぶり)が2度も3度も飛んで来て、夫の顔の上や口のあたりを飛びまわる。夫は目を覚まして「今、とても良い酒を飲んだ夢を見た」と女房に語る。夫婦は、「どういうわけだろう」と思って山のかげまで行き、酒泉と黄金を発見して、長者になった(秋田県鹿角郡)。
『ドイツ伝説集』(グリム)433「眠る王」 狩猟に出たフランク王グントラムが、疲れて木の下で眠る。その口から、小動物が蛇のように身をくねらせて出て来るのを、従者が見る。小動物は近くの山の穴に入り、再び出て来てグントラムの口中へ戻る。彼は「山の洞穴に財宝を見出す夢を見た」と、語る。
『ドイツ伝説集』(グリム)461「眠る歩兵」 眠る歩兵の口から小さな鼬に似た動物が出て、小川の方へ行く。仲間が剣を橋のように川に渡すと、鼬はその上を渡り、しばらくして戻って来て歩兵の口に入る。目覚めた歩兵は「鉄の橋を2度渡った」と言う。
*→〔鼠〕1aの『諸艶大鑑』(井原西鶴)巻4-2「心玉が出て身の焼印」。
*魂を身体から押し出す→〔耳〕2の『太平広記』巻327所引『述異記』。
★3.魂が体外に出ているうちに身体を動かすと、魂はもとの身体に戻れない。
『ドイツ伝説集』(グリム)248「小鼠」 部屋で眠る下女の口から赤い小鼠が這い出し、窓の外へ出て行く。侍女が、魂の抜けた下女の身体を少し動かす。帰って来た鼠は、先ほど下女の口のあった所へ行き、あたりをぐるぐる廻るが口に戻れず、姿を消す。下女は死ぬ。
*枕を動かしたために、死者の魂がもとの身体に戻れなくなる→〔枕〕3。
*死者の魂が自分の遺体を見つつ、なかなかその中に戻れない→〔自己視〕2b。
*→〔ろくろ首〕3の、身体に戻れない首の物語と関連があろう。
『金枝篇』(初版)第2章第2節 セルビア人は、眠る魔女の魂がしばしば蝶の姿で身体を離れる、と考えている。魂がいない間に、頭と足の向きを逆にすれば、蝶(=魂)は体内への入り口である口を探し出すことができず、魔女は死んでしまう。
*病臥する人の身体を半回転させる→〔生命指標〕4の『死神の名づけ親』(グリム)KHM44。
『金枝篇』(初版)第2章第2節 ボンベイ(ムンバイ)では、眠る男の顔に色で模様を描いたり、眠る女の顔に口髭を描くなど、眠る人の外見を変えるのは、殺すことと同じ、と考えられている。魂が戻って来た時に、自分の身体がどれなのかわからなくなり、その人は死んでしまうからである。
★6.瀕死の人の肉体から魂が抜け出、平生と変わらぬ姿で現れる。
『遠野物語』(柳田国男)86 大病に伏しているはずの男が、夕方に川向こうの普請現場に現れて堂突きの仕事を手伝い、暗くなって皆とともに帰る。後で聞くと、ちょうどその頃、病人は息を引き取ったのだった。
『遠野物語』(柳田国男)87 某豪家の主人が、大病で命も危うい頃、ある日菩提寺を訪れ和尚と世間話をし、茶のもてなしを受けて帰る。主人はその晩に死去し、当然その日外出できる状態ではなかったので、寺では、主人が茶を飲んだ場所を確かめると、茶は畳の敷合わせに皆こぼしてあった〔*同88も同様の物語〕。
★7.死んだ人が、その時刻に遠方で、平生と同じ姿で目撃される。
『塩狩峠』(三浦綾子)「あとがき」 長野政雄(=『塩狩峠』の主人公永野信夫のモデル)が自らの命を捨てて大勢の人を救い(*→〔犠牲〕1)、その知らせが旭川の教会にもたらされた。集会中の人々は平静だった。先ほど長野政雄が遅れて来て、前方の席で祈っていたからである。しかし改めてその席を見ると、彼の姿はなかった。
『ファウスト』(ゲーテ)第2部第5幕 ファウストが「時よ止まれ」と言って死に、その身体から抜け出る魂を、メフィストフェレスと手下の悪魔たちが捕らえようとする。しかし天使たちが降りて来て、薔薇の花をまいて悪魔たちを追い払う〔*グレートヒェンの霊が、ファウストの救済を聖母マリアに願い、彼の魂を天国へ導く〕。
*→〔靴(履・沓・鞋)〕1bの『土(ど)まんじゅう』(グリム)KHM195。
★8b.天使などが、死者の魂を天国に運ぼうとしてもできない。
『ウィンチェスター銃’73』(マン) 奪われた銃を捜して旅をするリン・マカダムは、騎兵隊とともに、インディアンたちに包囲される。騎兵隊の隊長は、インディアンの夜襲を心配する。リンは「夜襲はないだろう」と言い、「暗闇の中で殺された者たちは、魂が見つからないので、天国へ運ぶことができないのだ」と説明する。
『雨月物語』巻之1「菊花の約(ちぎり)」 出雲の人・赤穴(あかな)宗右衛門は旅の途次、播磨の丈部(はせべ)左門と意気投合して義兄弟となり、彼の家に同居する。後、赤穴は一時帰郷するが、出雲の富田城内に監禁され、丈部と約束した9月9日に播磨へ帰ることができない。「魂は1日に千里行く」というので、赤穴は自刃して肉体を捨て、魂だけの存在となって、夜更けに丈部の家へたどり着く。
『星の王子さま』(サン=テグジュペリ) 星の王子さまは、地球に降りてちょうど1年たった日、「今日、うちに帰る」と「ぼく」に告げる。夜、王子は「遠すぎるから重い身体は持って行けない」と言って毒蛇に足首を噛ませ、砂漠の砂の上に倒れる〔*しかし夜があけると、王子の身体は消えていた〕。
『ユングリンガ・サガ』第7章 オーディンは変身を行なった。彼の肉体は、眠っているか死んでいるかのように横たわっている。しかしこの時、彼は鳥・獣・魚・蛇などになっており、一瞬のうちに遥か遠い国々へ行っていた〔*肉体から遊離した魂が、動物の形に見えた。もしくは、魂が動物に乗り移ったのである〕。
*肉体は部屋の中にいて、魂を外国や霊界へ送る→〔密室〕4a・4bに記事。
*狐も、体を巣穴に置いて、魂だけを飛ばして人間にとりつく→〔狐つき〕2の『仙境異聞』(平田篤胤)上-3。
『金枝篇』(初版)第2章第2節 フィジー諸島の人々は、人間には明るい魂と暗い魂の2つがあり、暗い魂が黄泉の国へ行き、明るい魂が水や鏡に映る、と考えた。
『今昔物語集』巻10-14 費長房が、路傍の白骨死体を埋葬する。後、費長房の夢に死者が現れ、「私の本当の魂は天に生まれ、無上の楽しみを享受している。その一方で、私のもう1つの魂は死体のそばにとどまって、死体が往来の人に踏まれるのを悲しんでいた。あなたが死体を埋葬して下さったので、私はたいへんありがたく思う」と礼を述べた→〔死体〕9c。
『子不語』巻1-3 人間の身体には魂(こん)と魄(はく)が宿り、魂は善で、魄は悪だ。ある男が急死し、魂魄がまだ備わっている状態で友人を訪れて、家族のことなどを頼んだ。思い残したことがなくなると魂は消散し、魄だけが死体に残った。死体は動かなくなり、顔つきが醜悪になった。友人がこわくなって逃げ出すと、死体は走って追いかけて来る。友人は倒れ、気絶してしまった。
★11a.一人の人間の身体には、三魂七魄(さんこんしちはく)がある。
『玄怪録』「呉ゼイの亡霊」 人間には三魂七魄があり、死ねばバラバラになる。李の妻が、呉ゼイという男の亡霊に殺された。しかし本来の寿命が尽きていなかったので、仙人が冥界へ行き、李の妻の三魂七魄を寄せ集める。李の妻に似た7~8人の女を連れて来て、李の妻の身体に押しつけ、続玄膠(ぞくげんこう)を塗ると、彼女は生き返った。蘇生後、李の妻は4男3女を産んだ。
『封神演義』第44回 道士姚天君が落魂陣を用い、敵対する姜子牙(=太公望)の魂を抜き取って、抹殺しようとする。姜子牙の三魂七魄のうち、二魂六魄が落魂陣内の草人(=藁人形)に移し入れられる。残りの一魂一魄も姜子牙の身体から出て、風に漂う。崑崙山の仙人たちがこれを見つけ、一魂一魄を葫蘆(ひょうたん)に入れて保護する。ついで草人をも奪い取って、三魂七魄すべてを姜子牙の身体に戻す。
★11b.一人の人間の身体にいくつの魂が宿るかについては、民族・部族によっていろいろな見方がある。
『金枝篇』(初版)第4章第4節 カリブ人は、頭に1つ、心臓に1つ、その他、脈打っていることが感じ取れるすべての場所に、魂があると考えた。インディアンのヒダーツァ族は、胴体に先立って四肢に最初に死が現れるような場合、4つの魂が1つずつ身体から離れて行き、4つがすべて離れて完全な死となる、と解釈した。ラオス人は、人体は30の霊が住まう場所で、それらは両手・両足・口・両目その他に宿る、と信じている。
*神様は人間の身体に、「眠たい」「食べたい」など12の欲の玉を入れ込んだ→〔土〕1の『コタンカラカムイの人創り』(アイヌの昔話)。
*逆に、単一の魂が複数の身体に宿っている、という考え方もある→〔人数〕6bの『生命とは何か』(シュレーディンガー)「エピローグ」。
『フォースタス博士』(マーロー)第19場 悪魔に魂を与える契約をしたフォースタス博士は(*→〔悪魔〕1a)、目前に現れた地獄を見て恐怖にふるえる。「ピタゴラスの説く輪廻転生が(*→〔記憶〕7bの『ギリシア哲学者列伝』)、もし真実ならば、おれは動物に生まれ変わることもあるだろう。動物はしあわせだ。死ねば、その魂は、たちまち地水火風の4元素に溶け込むのだから。だが、おれの魂は不滅で、いつまでも生きて地獄で苦しむのだ」。
*動物は魂を持つか否か→〔前世〕4cの『ジャン・クリストフ』(ロラン)第9巻「燃ゆる荊」。
『水妖記(ウンディーネ)』(フーケー) 水の精は魂を持たず、死ねば何も残らない。地中海の水界の王の1人娘ウンディーネは、人間の騎士フルトブラントに愛され、その妻となることによって、魂を得る。しかし後にフルトブラントは漁師の娘ベルタルダに心を移したので、ウンディーネは水界に去った。
*魂を持たぬ人魚が、魂を得る→〔泡〕5の『人魚姫』(アンデルセン)。
*魂を持たぬ人魚と結婚するために、人間が自分の魂を捨てようとする→〔人魚〕1cの『漁師とその魂』(ワイルド)。
*魂を持たぬ人形に、魂が宿る→〔人形〕5bの『ペトリューシカ』(ストラヴィンスキー)。
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