高浜年尾とは?

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高浜年尾

読み方たかはま としお

俳人東京生。虚子長男13才で「ホトトギス例会投句。旭シルク和歌山製糸などに勤務後、会社を辞し俳句専念、「ホトトギス」の中心作家として活躍。『俳諧主宰。『年尾句集』『句日記』等がある。昭和54年1979)歿、78才。

高浜年尾

高浜年尾の俳句

ここ涼しかしこ涼しと座をかへて
よき家に泊まり重ねて朝桜
会ひたしと思ふ人あり去年今年
全山の枯木となりし静かかな
其のちの噂聞きたしさくら餅
土佐は今二番苗代青田中
女房は下町育ち祭好き
屋根の雪ずりて厚さを見せてゐる
田植女が夕べの水に映り澄み
秋風や竹林一幹より動く
紫は水に映らず花菖蒲
苗代の籾に抱きつく源五郎
車窓仮睡アイスクリーム売よぎる
遠き家の氷柱落ちたる光かな
黒きもの暗に飛び行く焚火かな
 

高浜年尾

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/09/06 08:20 UTC 版)

高浜 年尾(たかはま としお、1900年12月16日 - 1979年10月26日)は、俳人高浜虚子の実子。東京都神田猿楽町に虚子・いと夫妻の長男として生まれる。「年尾」の名は正岡子規の命名。小樽商業高等学校(現・小樽商科大学)卒業後、旭シルクに入社。のち転勤により兵庫県芦屋に転居。句作は父虚子の手ほどきを受けて中学時代からはじめていたがこの時期に一時中断、1938年に「俳諧」を発行し連句をはじめる。「俳諧」は俳句、連句、俳文、俳詩、俳論などのほか俳句の英・仏・独訳を載せるなど意欲的な俳誌であった。1939年、旭シルクを退社し以後俳句に専念、関西の俳壇の中心として活躍。1944年、戦時下の物資不足のため「俳諧」を「ホトトギス」に合併。1951年「ホトトギス」雑詠選者。1959年朝日俳壇および愛媛俳壇選者。同年虚子より「ホトトギス」主宰を継承。1979年10月26日死去、78歳。死後「ホトトギス」主宰は次女の稲畑汀子に引き継がれた。長女は同じく俳人の坊城中子。句集に『年尾句集』ほかに『俳諧手引』などの著書がある。




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