雄略とは?

ゆう‐りゃく【雄略】

雄大計略


ゆう‐りゃく【雄略】

〔名〕 雄大計画すぐれた計略。〔文明本節用集室町中)〕

*箚録(1706)「頼朝ほど雄略の名将は少して、残忍忌刻又類なき愚将なり」〔後漢書‐荀彧伝〕


雄略天皇

(雄略 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/05 16:52 UTC 版)

雄略天皇(ゆうりゃくてんのう、允恭天皇7年12月 - 雄略天皇23年8月7日)は、日本の第21代天皇(在位:安康天皇3年11月13日 - 雄略天皇23年8月7日)。


封國偏遠,作藩于外,自昔祖禰,躬擐甲冑,跋渉山川,不遑寧處。東征毛人五十五國,西服眾夷六十六國,渡平海北九十五國,王道融泰,廓土遐畿,累葉朝宗,不愆于歲。臣雖下愚,忝胤先緒,驅率所統,歸崇天極,道逕[注釈 2]假授百濟,裝治船舫,而句驪無道,圖欲見呑,掠抄邊隸,虔劉不已,每致稽滯,以失良風。雖曰進路,或通或不。臣亡考濟實忿寇讎,壅塞天路,控弦百萬,義聲感激,方欲大舉,奄喪父兄,使垂成之功,不獲一簣。居在諒闇,不動兵甲,是以偃息未捷。至今欲練甲治兵,申父兄之志,義士虎賁,文武效功,白刃交前,亦所不顧。若以帝德覆載,摧此強敵,克靖方難,無替前功。竊自假開府儀同三司,其餘咸各[注釈 3]假授,以勸忠節。
  1. ^ 延暦23年(804)に度会宮(外宮)禰宜・内人が神祇官に提出した外宮の伝承・祭祀などについて記した書。
  2. ^ 「逕」各本並作「遙」,據南史、通典邊防典改。
  3. ^ 各本並脫「各」字,據南史、通典邊防典補。
— 『宋書』倭国伝所引 倭王武上表文[21]

注釈

  1. ^ 従前葛城氏はこの時滅んだという説が通説であったが、近年ではこの時滅んだのは葛城地方南部に勢力を持つ玉田宿禰系統の葛城氏であり、葛城地方北部の葦田宿禰系の葛城氏は衰弱しながらもそれなりの勢力を保って存続したと考える説が現在では有力となっている[4]
  2. ^ 即位8年を機械的に西暦に換算すると464年となるが、『三国史記』新羅本紀によれば倭人が462年(慈悲麻立干5年)5月に新羅の活開城を攻め落とし、463年(慈悲麻立干6年)2月にも侵入したが、最終的に新羅が打ち破ったと記載されている。
  3. ^ 雄略天皇20年を西暦に換算すると476年となるが、『日本書紀』が引用する『百済記』では乙卯年(475年)とする。『三国史記』高句麗本紀・百済本紀によれば、475年(高句麗長壽王63年・百済蓋鹵王21年)9月に高句麗に都を攻め落とされて蓋鹵王は殺され、子の文周王は同年熊津に遷都している。『日本書紀』が引用する『日本旧記』では文周王でなく末多王(東城王)に久麻那利を与えたという。
  4. ^ 即位23年を西暦に換算すると479年であり、『三国史記』にも同年東城王が即位したとある。
  5. ^ ただし、『古事記』では一言主の威を畏れた雄略天皇が、弓と矢を捨て衣服まで脱いで伏し拝んだと記されている。

出典

  1. ^ (佐伯 1988)P6-8
  2. ^ (直木 2009)P15-23
  3. ^ (瀧音 2018)P160
  4. ^ (佐伯 1988)P16-18
  5. ^ (瀧音 2018)P164
  6. ^ 『日本書紀(三)』岩波書店 ISBN 9784003000434
  7. ^ 外池昇『事典陵墓参考地 もうひとつの天皇陵』(吉川弘文館、2005年)P 49-52。
  8. ^ Manyoshu [Book 1]” (日本語/英語). バージニア大学 (1999年). 2010年1月8日閲覧。
  9. ^ Manyoshu [Book 9]” (日本語/英語). バージニア大学 (1999年). 2010年1月8日閲覧。
  10. ^ 『"空白の五世紀" 大きな発見 稲荷山出土の鉄剣から、雄略天皇の名解読』毎日新聞 1978年9月19日夕刊1面
  11. ^ (佐伯 1988)P104-105 鈴木靖民による論考。
  12. ^ (直木 2009)P81-82
  13. ^ (佐伯 1988)P111-112 鈴木靖民による論考。
  14. ^ (直木 2009)P82
  15. ^ (直木 2009)P82-85
  16. ^ (佐伯 1988)P113-114 鈴木靖民による論考。
  17. ^ (安本 1992)P69
  18. ^ (河内 2018)P163-206
  19. ^ a b 『東アジア民族史 1 正史東夷伝(東洋文庫264)』 平凡社、1974年、pp. 309-313。
  20. ^ a b 『倭国伝 中国正史に描かれた日本(講談社学術文庫2010)』 講談社、2010年、pp. 117-123。
  21. ^ 漢籍電子文献資料庫(台湾中央研究院)。
  22. ^ (直木 2009)P81-82
  23. ^ (佐伯 1988)P26-27 鈴木靖民による論考。
  24. ^ (森 2010)P7-11
  25. ^ (河内 2018)P207-228
  26. ^ (佐伯 1988)P75-76 鈴木靖民による論考。
  27. ^ (森 2010)P64-67
  28. ^ (瀧音 2018)P154-157





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