金山総合駅構想とは? わかりやすく解説

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金山総合駅構想

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 09:12 UTC 版)

金山駅 (愛知県)」の記事における「金山総合駅構想」の解説

名古屋市戦災復興計画において金山副都心位置付け国鉄地下鉄新駅および金山橋駅の移転による総合駅構想提示された。1947年昭和22年3月開催された「鉄道復興計画委員会」では以下4点決議されている。 北口23,000m2、南口10,400m2分の用地確保し駅前広場とする。 東海道本線2面4線、中央本線1面2線、名鉄2面2または4線、地下鉄3面4線とする。 乗降用に跨線橋3、地下鉄連絡地下道1を整備近畿日本鉄道近鉄)は乗り入れない。 この決議に従って中央線では付近複線化高架化合わせて金山駅配線計画1958年昭和33年8月決定し1962年昭和37年)に開業した名古屋市交通局1967年昭和42年)に地下鉄2号線(現・名城線)を金山駅まで延伸した。 名鉄金山橋駅は移転計画のため、大規模な改修施されず、旧態依然とした設備営業続けていた。中央線地下鉄金山駅から離れているため、利用客金山橋大津通渡って乗り換えていた。 国鉄1970年昭和45年)頃から東海道線の駅用地確保乗り出したが、当初予定され2面4線分用地確保できなかった。協議結果1972年昭和47年3月には東海道線1面2線(将来的2面3線化される可能性を含む)、名鉄2面4線とすることが最終決定された。しかし、建設費用などが問題となり計画停滞したその後1989年平成元年)に開催決定され世界デザイン博覧会転機となって総合駅構想が再び具体化し名古屋市JR東海国鉄線を継承)、名鉄の3者で協定結ばれた南北連絡通路整備地下鉄との一体整備エスカレーター出口新設)、JR東海道線ホーム新設名鉄金山橋駅の移転といった工事進められデザイン博開催控えた1989年平成元年7月9日に駅の一体化完成し金山総合駅となった。 なお、名鉄はこの改良同時期に神宮前 - 金山間の複々線化工事にも着手しており、総合駅完成後の同年10月12日着工、翌1990年平成2年4月1日複々線化した。内側線路常滑線延長として使用されている。 金山橋金山)―神宮前配線変更移設複線化推移 凡例 出典:図中の赤が本線系統、青が常滑系統を示す。金山駅神宮前方の渡り線は後に変更されている。

※この「金山総合駅構想」の解説は、「金山駅 (愛知県)」の解説の一部です。
「金山総合駅構想」を含む「金山駅 (愛知県)」の記事については、「金山駅 (愛知県)」の概要を参照ください。

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