都岐沙羅柵とは? わかりやすく解説

都岐沙羅柵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/10 15:44 UTC 版)

都岐沙羅柵(つきさらのき/つきさらさく/ときさらのき/ときさらさく)は、古代日本城柵の一つ。西暦658年前後に、現在の福井県敦賀市から山形県庄内地方の一部までの範囲に相当する「越国」に置かれていたことが知られるのみで、正確な所在地と設置年・廃止年は不明である。


注釈

  1. ^ 初出は1969年刊行の『アイヌ民族誌』[5]
  2. ^ 現在の北海道博物館

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