祝福するキリスト (ラファエロ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/02 02:56 UTC 版)
| イタリア語: Il Cristo benedicente 英語: The blessing Christ |
|
| 作者 | ラファエロ・サンツィオ |
|---|---|
| 製作年 | 1505年-1506年頃 |
| 種類 | 油彩、板 |
| 寸法 | 30 cm × 25 cm (12 in × 9.8 in) |
| 所蔵 | トジオ・マルティネンゴ絵画館、ブレシア |
『祝福するキリスト』[1](しゅくふくするキリスト、伊: Il Cristo benedicente, 英: The blessing Christ)あるいは『サルバトール・ムンディ』(羅: Salvator Mundi[2])は、盛期ルネサンスのイタリアの巨匠ラファエロ・サンツィオが 1500年から1504年頃に制作した絵画である。油彩。ペーザロのモスカ家、ブレシアの美術収集家パオロ・トジオ伯爵のコレクションを経て、現在はブレシアのトジオ・マルティネンゴ絵画館に所蔵されている[1][2][3][4]。
作品
ラファエロは復活したイエス・キリストが鑑賞者に向けて祝福を与える身振りをする姿を描いた。キリストは深紅の外套を右肩にかけ、腰で結んでいる。画面前景に配置されたキリストの身体は、磔刑で受けた痛ましい傷跡が露わとなっている。右手の掌と左手の甲には十字架に釘で打ち付けられた際の傷跡があり、右脇腹にはローマ兵の槍で刺された傷跡が見える。また額には茨の冠が被せられたままになっている。どの傷跡も赤く、そのうちのいくつかは血がにじみ出ている。わずかな背景に描かれた風景はウンブリア地方特有の丘陵地帯であろう。ラファエロは王にふさわしい深紅の外套、茨の冠、脇の傷を示す手、祝福を与える身振りによってキリストの神聖さを際立たせた。身体の重心を片方の脚にかけて立ったコントラポストの姿勢は洗練されており、わずかな身体の捻じれと頭を傾けた姿勢はラファエロの表現力が成熟していることを物語る。キリストの肉体は古代彫刻の研究成果を示しており、澄みわたる希薄な光によって強調されている[6]。
作品からは若いラファエロが受けた芸術家たちの影響が見て取れる。キリストの姿勢はミケランジェロ・ブオナローティの『バッカス像』(Bacchus)を参考にした可能性が考えられる。ラファエロはおそらく修行時代にローマの銀行家ヤーコポ・ガッリ(Jacopo Galli)の邸宅でこの彫刻を見たのであろう[7]。典型的なレオナルド・ダ・ヴィンチの雰囲気を思い起こさせるスフマートの使用のために、キリストの顔は表情豊かでありながら、落ち着きと威厳が与えられている。非常に明瞭な下絵はアントネロ・ダ・メッシーナに典型的な表現力豊かな形態が減退した初期フランドル派の絵画を彷彿とさせる。ヴェネツィア派の影響も同様に見られる[7]。最後にラファエロの師匠であったピエトロ・ペルジーノの影響も明確に見られる。それに加えてピエロ・デッラ・フランチェスカ特有の記念碑的表現と明晰さも見られる[7]。
保存状態は良好である[2]。1986年に行われた修復および科学的調査によって非常に正確な絵具層の積層構造が明らかになった。特にキリストの頭部では細部までこだわった描写が顕著である[6]。
制作年代については、一部の美術史家はフィレンツェ時代以前の重要作品の1つであるオッディ家礼拝堂の祭壇画『聖母戴冠』(L'Incoronazione della Vergine, 1502年-1504年)に近い年代と考えた[7]。イタリアの美術史家ジョヴァンニ・バッティスタ・カヴァルカセッレはラファエロに帰属し、フィレンツェ時代初頭の1504年の作とした。その後、レオナルドの影響が明白であることにより、やや後期の1506年頃とされた。これは同様にコントラポストの姿勢で描かれた1508年の『アレクサンドリアの聖カタリナ』(La Santa Caterina d'Alessandria)よりも前の位置づけである[8]。
来歴
初期の来歴について知られていることはほとんどなく、19世紀にペーザロのモスカ家が絵画を所有するまでの来歴は不明である。近年の研究では1584年にアスカニオ・チェザリーニ(Ascanio Cesarini)司教の所有であったことが示唆されている[2][9]。モスカ家の記録によると、1770年に学者であったカルロ・モスカ・バルツィが絵画を購入したらしい。これをモスカ家から購入したのがブレシアの美術収集家パオロ・トジオ伯爵であった[6]。トジオ伯爵は1819年以降、ブレシアの美術収集家、鑑定家であり、軍人であったテオドーロ・レキ伯爵を仲介として購入交渉を開始した。これにより1821年に17世紀の画家シモーネ・カンタリーニの2点の絵画『カーネーションの聖母』(La Madonna del Garofano)、『ロザリオの聖母』(La Madonna del Rosario)とともに本作品を購入した。また同時にモスカ家が所有していた本作品に関する文章も入手した[6]。トジオ伯爵が収集したコレクションは、所有者の死去から2年後の1844年にブレシア市に遺贈され[10]、1851年に設立されたトジオ美術館(Galleria Tosio)に収蔵された。その後、トジオ美術館とマルティネンゴ市立絵画館(Pinacoteca Comunale Martinengo)が合併して誕生したトジオ・マルティネンゴ絵画館に収蔵された。
評価
トジオ伯爵が本作品を購入した当時、ラファエロの「初期の様式」はイタリア絵画の中でも最高峰に位置すると見なされていた。そのため必然的に『祝福するキリスト』は大きな注目を集めることになった。後にラファエロの研究者として知られることになるドイツ出身の画家ルートヴィヒ・グルーナーは、ラファエロの初期作品がブレシアにあることを知り、本作品の版画を制作した。グルーナーはこの版画を1829年に出版した自身の著書『ラファエロ・サンツィオ・ダ・ウルビーノの生涯と作品史』(storia della vita e delle opere di Raffaello Sanzio)に掲載し[6][11]、またトジオ伯爵を美術収集家、後援者として称賛した。またトジオ伯爵の邸宅はブレシアでも人気のサロンであったため、カール・フリードリヒ・フォン・ルモールや、ヨハン・ダーフィト・パサヴァン、オットー・ミュンドラー(Otto Mündler)といった著名な美術史家や美術評論家が頻繁に訪問した[6]。こうしたトジオ伯爵邸の訪問者の中には版画を制作したグルーナーと親しかったドイツ人画家ヨハン・ベーゼもいた。その後、ベーゼは雑誌『エコー:イタリアの文学、芸術、生活に関する雑誌』(Echo. Zeitschrift für Literatur, Kunst und Leben in Italien)に本作品に関する記事を寄稿した。彼は作品を解説する中で次のように述べている。
ギャラリー
- 関連作品
脚注
- ^ a b 『西洋絵画作品名辞典』 1994, p. 863。
- ^ a b c d “Raphael”. Cavallini to Veronese. 2025年10月30日閲覧。
- ^ “Collezione”. トジオ・マルティネンゴ絵画館公式サイト. 2025年10月30日閲覧。
- ^ “Christ Blessing”. Google Arts & Culture. 2025年10月30日閲覧。
- ^ “Raffaello Sanzio, Crowning of the Virgin”. ヴァチカン美術館公式サイト. 2025年10月30日閲覧。
- ^ a b c d e f g Pinacoteca Tosio Martinengo. “Cristo redentore benedicente”. ウェブアーカイブ. 2025年10月30日閲覧。
- ^ a b c d Corriere della Sera 2020, p. 26.
- ^ De Vecchi, Stradiotti 2004.
- ^ Sickel 2008, pp. 5–12.
- ^ 『Raffaello ラファエロ』 2013, p. 58「天使」。
- ^ “Ludwig Grüner (1801-82). The salutation of the resurrected Christ ('Pax Vobis') published 1829”. ロイヤル・コレクション・トラスト公式サイト. 2025年10月30日閲覧。
- ^ “Leda and the Swan c.1507”. ロイヤル・コレクション・トラスト公式サイト. 2025年10月30日閲覧。
- ^ “Saint Catherine of Alexandria”. ナショナル・ギャラリー公式サイト. 2025年10月30日閲覧。
参考文献
- 黒江光彦 監修『西洋絵画作品名辞典』三省堂、1994年、863頁。ISBN 978-4385154275。
- 渡辺晋輔 責任編集、渡辺晋輔、金山弘昌、飯塚隆 他 編『Raffaello ラファエロ』読売新聞東京本社、2013年、58頁。 ISBN 978-4-906536-66-5。
- De Vecchi, Pierluigi; Stradiotti, Renata (2004). Grafiche Antiga. ed. Da Raffaello a Ceruti Capolavori della pittura nellapinacoteca Tosio Martinengo. Milano: Mondadori Arte.
- Corriere della Sera, ed (2020). Philippe Daverio racconta Raffaello. RCS MediaGroup. p. 26.
- Sickel, Lothar (2008). 'Cristo benedicente' di Raffaello nel testamento del vescovo Ascanio Cesarini. Atti e Studi. Urbino: Accademia Raffaello, N.S.. pp. 5-12.
外部リンク
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