疥癬はヒゼンダニ(疥癬虫、Sarcoptes scabiei )が皮膚の最外層である角皮層に寄生し、人から人へ感染する疾患である。 非常に多数のダニの寄生が認められるノルウェー疥癬(角化型疥癬)と、少数寄生であるが激しい痒みを伴う普通の疥癬とがある。近年わが国では病院、老人ホーム、養護施設などで集団発生の事例が増加しており、疥癬感染防止対策マニュアルの作成が行われているが、予防、治療法などに混乱があり、医療および介護関係者の間で深刻な問題となっている。感染経路 ヒゼンダニは乾燥に弱く、皮膚から離れると2~3時間程で死ぬ。なお、イヌやタヌキなどの動物疥癬による偶発的症例が 報告されており、感染したヒトは皮膚症状を示すが、皮膚内でダニが繁殖しないために、一時的な寄生で終わる。 疥癬患者は年間8~15万人と予想されている。感染経路は人と人との接触がほとんどであ る。従って、家族、介護者、セックスパートナーの他、ダンスの相手やこたつで行う麻雀の仲間、また、畳での雑魚寝などでも感染する可能性がある。まれに寝具、衣類などから感染することもある。ヒゼンダニはヒトの体温より低い温度では動きが鈍く、16℃ではほとんど運動しなくなる。通常の社会生活で、普通の疥癬患者と数時間並んで座った程度では、感染する可能性はほと んどない。感染直後は全く症状がないが、感染後約4~6週間で多数のダニが増殖し、その虫体、脱皮殻や排泄物(糞)によって感作されることにより、アレルギー反応としての激しい痒みが 始まる。なお、角化型疥癬の患者から感染を受けた場合には 多数のダニが移るので、潜伏期間も4~5日と非常に短くなる。 集団生活が行われている老人福祉施設や養護施設などでは、一人の角化型疥癬患者の入所で集団発生の危険性が生じる。1996年に東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の養護老人 ホームと特別養護老人ホーム506施設に、疥癬の集団発生に関するアンケート調査を実施した報告では、集団発生を経験したことがある施設は養護老人ホームで45%、特別養護老人ホームは79%であった。多くは10人以下の集団発生であったが、41人以上の集団発生も5施設あった。患者の発生が持続する期間は1~6カ月89%、6カ月~1年8.2%、1~2年2.6%で、2年以上も1施設みられた(皮膚病診療19:468、1977)。 臨床症状・診断 激しい痒みは特に夜間に増強し、睡眠を妨げられることがある。ただし、高齢者や角化型 疥癬の患者では掻痒の訴えが少ない場合もある。疥癬に特徴的な皮疹は疥癬トンネル(小隆 起性茶色調、曲がりくねった線状疹)で、手首の屈側、手掌尺側、指、指間、肘、アキレス腱部 などに認められる。その他、丘疹、小水疱、痂皮、小結節なども見られる。陰嚢部には小結節を認めることがある。また、下腹部や背部、腋下などにも丘疹を認めることもあるので、全身くまなく観察することが必要である。 疥癬の確定診断はヒゼンダニを検出することである。しかし、問診・皮膚症状で疥癬が疑わ れる患者からのヒゼンダニ検出率は、皮膚科医が行った場合でも60%前後であり、検出率向上 は主治医の努力にかかっている。したがって、強い掻痒を伴う疑わしい皮疹がある場合には、早期に皮膚科専門医に診察を依頼する。検査で陰性であっても掻痒や皮膚症状が収まるまで、数週間おいて繰り返し検査する必要がある。 ヒゼンダニの検出方法は、疥癬トンネルや皮疹部を先の曲がった眼科用ハサミで先端を切り 取ったり、あるいは、メスで皮疹の表面をこすって採取した組織片をスライドグラスに載せ、20% 水酸化カリウム液を皮膚小片に滴下し、透過させて鏡検する。虫体や虫卵のほか、虫体の一部、卵の抜け殻などを検出する。血液像、血液生化学検査などは正常である。免疫学的検査 法は開発されていない。 角化型疥癬(ノルウェー疥癬、痂皮型疥癬) 患者から剥がれ落ちた鱗屑や痂皮には多数のヒゼンダニがいるので、集団発生の感染源になる。角化型疥癬患者には、高齢者に多くみられる運動機能低下・障害、あるいは免疫学的異常など種々の基礎疾患があり、ステロイド剤の内服・注射などの全身投与や外用なども重症化の一因となる。角化型で は爪なども侵され、掻痒は不定で治療に抵抗性である。角化型ではヒゼンダニの検出が容易であるので、特徴的な皮疹を診て疥癬を疑うことが診断上重要である。 治療・予防 現在使用されている抗ダニ薬剤を表に示す。疥癬への保険適用薬剤はイオウ剤のみであるが、外用剤は使用感が悪く、効力も弱い。イオウ入浴剤はやや有効であるが、入浴しすぎたり、 浴槽に多く入れすぎると肌が荒れるので注意する。診療現場ではクロタミトン軟膏が多く使用されている。外用剤は首から下の全身に塗布するのが肝要で、特に手や指、陰部などに塗り残しのないようにする。しかし、効果も弱く処置が煩雑なため、著効する内服剤への期待が高く、 保険適用が望まれている。掻痒に対しては、抗ヒスタミン剤の内服が用いられている。角化型 疥癬は厚い痂皮を取ることが必要である。疥癬を湿疹と誤診してステロイド塗布治療を行うと、一時的に皮疹と痒みは軽減するが、すぐに悪化してくる。ステロイド外用剤は使用してはならない。 感染拡大予防のためには患者の早期発見が重要で、疥癬が疑われる場合早期に皮膚科に検査を依頼すること、さらに一人の患者が見つかった場合、患者の家族や同じところで寝泊りした人など、無症状者にも検査を行うことが必要となる。また、集団発生時は角化型疥癬患者 など当該施設の感染源を特定すること、感染の機会があった入所者・スタッフの検査を行うことが必要となる。普通の疥癬患者とは皮膚の直接接触を避ければ感染の心配はないので、隔離は必要ないが、角化型疥癬患者は短期間個室管理とし、処置をする場合は感染予防に努める。 |