日ハムとは?

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北海道日本ハムファイターズ

(日ハム から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/02 01:38 UTC 版)

北海道日本ハムファイターズ(ほっかいどうにっぽんハムファイターズ、英語: Hokkaido Nippon-Ham Fighters)は、日本プロ野球球団。パシフィック・リーグに所属している。略称は、日本ハム、日ハム。




注釈

  1. ^ これは、読売ジャイアンツの前身の東京巨人軍が巨人の愛称で呼ばれることを受けて、鈴木惣太郎が「他の球団も巨人と同じように愛称で呼ぶことにしよう」と考え、大阪タイガース猛虎、セネタースを青鞜、パシフィック太平と命名した名残である。しかし、巨人以外の他球団が愛称で呼ばれることを拒否したため、定着しなかった。
  2. ^ 東急の参事で強羅ホテル社長・猿丸元が、小林次男(横沢三郎の兄)の仲介で、五島慶太永田雅一を会わせてフィフティの合併、急映フライヤーズを誕生させた[7]
  3. ^ 1985年2月、東映不動産株式会社に吸収され、東映興業不動産株式会社となる(東映興業不動産は、2006年11月に東映へ吸収され消滅)。
  4. ^ 西村昭孝は、現在の日拓グループ社長である西村拓郎の実父で、拓郎の妻・神田うのの義父に当たる。
  5. ^ 同年11月10日付の朝日新聞が「日拓、日本ハムに身売り」とスクープした。
  6. ^ 退任となった土橋は、フジテレビニッポン放送野球解説者に就任し、後にフジテレビと資本関係のあるヤクルトスワローズでコーチ及び監督を務める布石となった。
  7. ^ 江夏はこの年、当時存在した全12球団からのセーブを達成。
  8. ^ 西崎は球団とのFA交渉を控えていた矢先、西崎本人は宣言せず残留するつもりだったのだが球団から突然のトレード通告に報道陣からのインタビューでもショックを隠しきれず会見では涙を流した。この年右投手では最多登板を果たした長冨も戦力外に近い形で金銭トレードに出され、金石が球団に「西崎・金石・長冨の放出は落合の高額年俸を捻出の為だけでは?」と詰め寄る場面があり(落合の年俸が3億円で、金石が1億5000万円・西崎が1億3000万円・長富が4800万円だった)、広瀬も落合の入団で玉突き的にポジションを奪われ、契約更改で「複数年契約するべきだった」と後悔する場面があった。
  9. ^ パ・リーグの他球団主管の札幌ドームの試合は日本ハム移転直後の2004年以後行われていない(西武球団も、その後親会社・西武鉄道の証券取引法違反問題や球団自体がアマ選手に「栄養費」名目で裏金を渡していた問題など不祥事が相次いで発覚したことから札幌開催どころではなくなり、2008年シーズンからはチーム名を「埼玉西武ライオンズ」に改めて埼玉への地域密着を図る姿勢に転換したことで札幌開催を事実上放棄した)。セ・リーグでは巨人が2009年ごろまで夏季の北海道遠征をしていたが、2010年からはセ・リーグ球団の主管試合も組まれなくなった。
  10. ^ 継投による完全試合は参考記録である。
  11. ^ 田中賢介工藤隆人紺田敏正鶴岡慎也
  12. ^ 鶴岡慎也(捕手)、高橋信二(一塁手)、田中賢介(二塁手)、小谷野栄一(三塁手)、金子誠(遊撃手)、稲葉篤紀、糸井嘉男(以上外野手)。
  13. ^ 前年の2012年からの連敗は13。
  14. ^ 作道烝大下剛史大橋穣張本勲大杉勝男の5者。作道の本塁打は代打満塁本塁打。
  15. ^ 2010年シーズンに中日ドラゴンズが記録して以来。
  16. ^ 1942年シーズンに阪神軍が記録して以来。
  17. ^ 3位は1977安打の毒島章一
  18. ^ 2004年までの12球団では唯一(球団最多勝利投手は、162勝の土橋正幸)。
  19. ^ NPBでは継投によるノーヒットノーランは認められていない。
  20. ^ 対戦相手のロッテは、日本ハムがブラックを基調とした特別ユニフォームを着用するのに伴い、普段のブラックのビジター用ユニフォームではなく、ホーム用のストライプユニフォームを着用。
  21. ^ 2003年8月の東京ドームでのホームゲームは盆休みの3日間だけ(同月には札幌ドームでの地元お披露目を兼ねた6連戦をしたこともある)だった。
  22. ^ アメリカ合衆国ではオレゴン州ポートランドで、1975年から1982年まで北米サッカーリーグのポートランド・ティンバーズとAAA級のパシフィック・コーストリーグに所属するポートランド・ビーバーズが、また、2001年から現在までユナイテッドサッカーリーグのティンバーズと同じくビーバーズが、共にPGEパークをホームスタジアムとして使っている。また、アメリカではメジャーリーグベースボールアメリカンフットボールNFLの本拠地を共有する事例がある。
  23. ^ 日本ハムの国内独立リーグ出身選手としては、海老原以前に2009年のドラフト会議で四国・九州アイランドリーグ徳島から支配下枠6位で指名した荒張裕司(2016年引退)がいた。
  24. ^ 土橋の場合、選手・コーチ時代から在籍を継続する形で務めた日拓時代の1度目の監督を辞任した後、野球解説者を務めたフジテレビとの縁でヤクルトでコーチ・監督を務めた経験があるため、指導者・職員を含めての他球団経験がない人物となれば皆無となる。
  25. ^ セ・リーグでは巨人が監督を選手としての生え抜きOBに事実上限定している他、広島も松田元がオーナーとなって以降は監督のみならずコーチも生え抜きを優先する人事となっている。一方DeNAは、日本ハムほど徹底していないが前身の大洋時代から生え抜きにこだわらない姿勢が強い。一方パ・リーグでは球団の売却や合併が多かったこともあり、長期にわたってOBの監督にこだわっていたのは大阪本拠時代の南海だけだった(福岡移転後は、南海時代からの杉浦忠〈コーチでは近鉄にも在籍〉を除いて生え抜き選手OBの監督が誕生していない)。
  26. ^ アイヌ語で戦士
  27. ^ 2014年からラッキー7では上杉周大(THE TON-UP MOTORS)、「We love HOKKAIDOシリーズ」ではFIGHTERS×YUKIMIKUとして地元出身(設定)の雪ミクのカバーバージョンが、それぞれ流されている。
  28. ^ 現在、札幌ドームでの主催試合の勝利時の試合後に流されている。
  29. ^ 現在、宮城球場限定の小谷野栄一の応援コールで同じスタイルが使われる。ただし、宮城球場では笛が使えないため、笛の代わりに太鼓を用いて「ドンドドンドドンドドン栄一」としている。
  30. ^ ダルビッシュ有は専用の応援歌が用意されていた。
  31. ^ 逆転・勝ち越しの時は、「ファイターズ讃歌」。
  32. ^ 東京ドームの主催試合のみ、基本的に移転前のスタイルが継続されている。ただし、2007年以降には太鼓を使うようになった。
  33. ^ 途中で男性パートと女性パートに別れる。また、クライマックスシリーズ限定で関東以外の球場でも披露された。
  34. ^ 2008年と2009年のクライマックスシリーズと2009年の日本シリーズでは、両方とも使われた。
  35. ^ 2006年までは銀色だった。また、「WE LOVE HOKKAIDOシリーズ」では銀と青の2色で、2009年5月の「ファミリーシリーズ・さくらまつり」ではピンクメタリック、10月の「炎の最終シリーズ」ではレッドメタリックのテープが発射された。
  36. ^ 2012年の解禁時から2014年の途中までは金色の風船を飛ばしていた。
  37. ^ 前期に使ったユニフォームは基本的に東映時代のデザインを踏襲したものだが、袖や襟のラインに使われた赤と青が入れ替わるなど、若干のマイナーチェンジが施されていた。
  38. ^ 当時の中日ドラゴンズのホーム用ユニフォームのデザインに近い。
  39. ^ 投手:高橋直樹、捕手:加藤俊夫、一塁手:柏原純一、二塁手:富田勝、三塁手:古屋英夫、遊撃手:菅野光夫外野手ミッチェル千藤三樹男で、外野手の残り1枠は阪急の福本豊
  40. ^ この2人は怪我以外の理由で出場辞退した初のファン投票選出選手となった。
  41. ^ 札幌移転前のラッキー7のBGMであり、移転後も2008年までは5回裏に応援団のトランペット演奏で流していた。
  42. ^ 2011年は従来通り8試合を行う予定をしていたが、東日本大震災による計画停電の影響を受け、3月29日 - 3月31日の日本ハム主催の3試合が中止となり、その振替試合は全て札幌ドームで行われ、東京ドームでの主催試合は5試合となった。
  43. ^ 2016年も当初は従来通り8試合を行う予定であったが、2016年4月1日の対ソフトバンク戦については、当日に東京ドームでμ'sのファイナルライブが開催される予定であること、また静岡県と静岡市から公式戦開催の要請を受けたことにより、急遽日程を変更し、東京ドームから静岡県草薙総合運動場硬式野球場での開催に振り替えることになった。
  44. ^ 厳密に言えば、現在も東京都を保護地域とする巨人、ヤクルトの許可が必要となる。
  45. ^ 2020年も1試合予定されていたが中止となった。
  46. ^ 前身の後楽園を含め、オープン戦や1981年の日本シリーズなどで三塁側のベンチを使ったケースは多数ある。
  47. ^ 2005年のオープン戦で、このカードの東京ドームでの試合が組まれたケースはある。
  48. ^ 公式戦で実数に近い数値の発表を開始した2005年以前にも実数発表をおこなっていた日本シリーズでは、1985年の第4戦で51,554人という数字が残されている。球場改修を経た現在の最大収容人数は47,808人で5万人超にはならない。
  49. ^ 広島ホームテレビと同内容の中継はJ SPORTSで視聴可能。
  50. ^ これは、TXN系列自体のゴールデンタイムにおける全国ネット番組の縛りが緩く、まとまったローカル差し替えが容易なためといえる。同じ系列のTVQ九州放送も同様の傾向で福岡ソフトバンクホークスの中継に積極的である。
  51. ^ HBCは、パレードの時間帯はTBSの『王様のブランチ』を放送。

出典

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  8. ^ この年の深見は西鉄で2本塁打、東急で23本塁打を放っており、2018年終了時点で日本プロ野球史上唯一の「同一年度に複数球団の在籍経験がある本塁打王」である。
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