神功皇后
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神功皇后(じんぐうこうごう、 旧字体:神󠄀功皇后、成務天皇40年 - 神功皇后69年4月17日)は、日本の第14代天皇・仲哀天皇の皇后。『日本書紀』での名は気長足姫尊で仲哀天皇崩御から応神天皇即位まで初めての摂政として約70年間君臨したとされる(在位:神功皇后元年10月2日 - 神功皇后69年4月17日)。なお、実在したとすれば後述の広開土王碑文、三国史記や七支刀に加えて纒向遺跡の廃絶年代、陵墓の年代などから総合して4世紀後半頃の可能性があるが、実在の可能性が高く『日本書紀』編者が比定したとされる「魏志倭人伝」にあらわれる卑弥呼の生涯とは約120年の差がある。
- ^ 肥前国風土記の神名帳頭注より
- ^ 古くは『常陸国風土記』に息長帯比売天皇とある。他に『扶桑略記』『神皇正統記』などでは天皇とされている。
- ^ 皇統譜の編纂以前に臨時御歴代史実考査委員会の審議があった。皇統譜令は皇統譜の書式の規定であって個々の天皇については触れていない。
- ^ 古事記にはこの表現はなく建内宿禰が妊娠中の御子について尋ねた際、神託を語る前の神功皇后が神憑っていたため呼びかけに「神」という表現を用いている。
- ^ 公式サイトより
- ^ a b 『日本書紀(二)』岩波書店 ISBN 9784003000427
- ^ 宮内省諸陵寮編『陵墓要覧』(1934年、国立国会図書館デジタルコレクション)8コマ。
- ^ 宮内庁書陵部陵墓課編『陵墓地形図集成 縮小版』(学生社、2014年)pp. 402-403
- ^ 歴史系総合誌『歴博』173号
- ^ 「鮎」は、もともと、中国においてナマズを指す漢字である。日本において「あゆ」を意味するのは、本故事による。
- ^ 天皇の歴史1 神話から歴史へ 講談社学術文庫 2017/12/13 P120
- ^ 天皇の歴史1 神話から歴史へ 講談社学術文庫 2017/12/13 P121
- ^ 大津 2017, p. 121.
- ^ (中国語) 『新唐書』卷二百二十 列傳第一百四十五 東夷, ウィキソースより閲覧。
- ^ 脱脱 (中国語), 『宋史』 卷四百九十一 列傳第二百五十 外國七, ウィキソースより閲覧。
- ^ 井上光貞『日本の歴史1 神話から歴史へ』(中公文庫、2007年)278-279頁、「百済記」については特に382-384頁
- ^ 井上光貞『日本の歴史1 神話から歴史へ』(中公文庫、2007年)278-279頁、「百済記」については特に382-384頁
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