徹底調査
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 20:31 UTC 版)
「デ・ハビランド DH.106 コメット」の記事における「徹底調査」の解説
時のイギリス首相のウィンストン・チャーチルから「資金と人員を惜しまず徹底調査せよ」との指示を受けたロイヤル・エアクラフト・エスタブリッシュメント (RAE) によって、イタリア沖に1月に墜落した機体の大規模なサルベージと復元作業が行われ、イギリス国内のみならず、アメリカからダグラスも参加して徹底的な調査が実施された。 いくつかの事故原因が取りざたされる中、最も有力な説として与圧された胴体が高高度を飛行する中で金属疲労で破壊された可能性が指摘された。そこで実際に英国海外航空で使用されていたコメットMk.I1機を試験用に廃用、巨大な水槽を建造して中に胴体を沈め、水圧を掛けて地上で人工的に与圧状態を作り出し、これを解除するサイクルを繰り返す、極めて大がかりな再現実験が計画された。 人力制御で1954年6月初旬から開始された試験では、致命的な破損が発生まで数ヶ月かかると予想されたところ、実際には3週間足らずで発生した。その後実験データを解析した結果、数万フライト分と計算されていた構造寿命が、実際には一桁低かったことが判明した。1955年2月には、離着陸サイクルで加減圧と熱収縮の反復に晒されたことで発生した金属疲労が原因だとする、最終報告が纏められた。窓枠の角、或いは航法装置取付部に亀裂が発生し、これが成長して機体が破裂的な空中分解に至ったのである。 このシークエンスが明らかになったことで、その後のジェット旅客機は、応力の集中する窓などの開口部の角を丸くし、また万一亀裂が生じてもその成長を食い止めるフェイルセーフ構造が採り入れられた。 なお、連続墜落事故発生当時、製造ライン上にあったMk.IIは量産型13機が完成した。日本航空やパンアメリカン航空など世界各国の航空会社から受けていた発注をすべてキャンセルされたが、胴体構造を変更、強化し、飛行回数を制限した上で、イギリス空軍の輸送機として継続運用され、安全性を実証する傍ら飛行データの収集が続けられた。
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