宿
★1a.神が宿を請う。
『常陸国風土記』筑波の里 諸神の処を巡行する祖神が、福慈(フジ)の神に宿を請うが、物忌みのため断られる。恨んだ祖神の呪いによって、福慈の岳は常に雪降り人の登らぬ山となる。宿を貸した筑波には、人が参り集い栄える。
『貧乏人とお金持ち』(グリム)KHM87 神さまが見すぼらしい姿で旅をし、宿を請う。大きな家に住む金持ちは宿を断り、古い小屋に住む貧乏人夫婦は心をこめて神さまをもてなす。神さまは貧乏人夫婦に、「生きている間は健康で食事にことかかず、死後は天国へ行く」という恵みを与え、小屋を立派な邸宅に変えてくれる。
『日本書紀』巻1神代上・第7段一書第3 神々がスサノヲを、「底根の国に去れ」と言って天上から追放する。時に長雨が降っており、スサノヲは青草を結んで笠蓑とし、神々に宿を請う。神々は拒絶し、スサノヲは激しい風雨の中、留まり休むことを得ず、苦しみつつ下って行った。
蘇民将来と茅の輪の伝説 兄の蘇民将来は貧しく、弟の巨旦(こたん)将来は富裕だった。夕暮れに旅人が訪れた時、巨旦将来は門を閉ざして中へ入れず、蘇民将来は粟飯でもてなして一夜の宿を貸した。喜んだ旅人は、「私はハヤスサノヲノ神である」と告げ、「世話になった礼に」と言って、疫病を免れる方法を蘇民将来に教えて立ち去った(広島県芦品郡新市町)→〔輪〕2b。
『備後国風土記』逸文 昔、北の海(=朝鮮半島)にいた武塔(むた)の神が、南の海にいる神の娘を妻問いに行く途中、日が暮れたので宿を求めた。その地には蘇民将来兄弟2人がおり、富裕な弟は宿を断ったが、貧しい兄が粟飯でもてなし、一夜の宿を貸した。それから何年も経た後に、武塔の神は8柱の子(みこ)を連れて戻り、「吾は速須佐雄能神(ハヤスサノヲノカミ)」と告げて、疫気(えやみ)を免れる方法を蘇民将来に教えた→〔輪〕2a。
★2.僧が宿を請う。
『あらくれ』(徳田秋声)2~3 冬の夕暮れ、お島の養家に旅の六部が宿を請うた。翌朝六部は「思いがけぬ幸いがこの一家を見舞うだろう」と告げて、立ち去る。2~3日後、外に積んだ楮の中から多くの小判が発見され、以後養家は富裕になった。しかし真相は、六部はその晩急病で落命し、死んだ彼の懐にあった小判を、養父母が自分のものにしてしまった、ということらしかった。
『大歳の客』(昔話) 大歳の夜、宿を請う乞食僧を家に泊めるが、夜のうちに乞食僧が死ぬ。朝になって見ると、その死骸が黄金に変じている。
*大雪の夜、旅の僧(実は鎌倉幕府の執権北条時頼)が、宿を請う→〔雪〕2の『鉢木』(能)。
★3a.旅人が宿を請うが、そこには鬼や怪物の類が住んでいる。
『牛方と山姥』(昔話) 牛方が山姥に追われて、木に登る。下の沼に牛方の影が映り、山姥は、沼の中に牛方がいると思って捜し回る。その間に牛方は逃げて一軒の家に入りこむ。ところが、やがて帰って来た家の主は、先程の山姥だった(新潟県南蒲原郡)。
『黒塚』(能) 熊野東光坊の祐慶と同行の山伏とが、廻国行脚して奥州安達が原に到る。日が暮れたので彼らは、庵に1人侘び住いする女に宿を請う。女は実は黒塚に棲む鬼女であり、大勢の旅人を殺し死骸を閨の内に隠していた。女は「閨の内を見るな」と禁じ、山へ薪を取りに出かける→〔部屋〕2c。
『注文の多い料理店』(宮沢賢治) 2人の紳士が山奥で猟をした帰り、「山猫軒」という西洋料理店に入る。いくつも扉があって「帽子や靴を取れ」「ネクタイピンや眼鏡を置け」「身体にクリームを塗れ」などの注文が書いてある。2人の紳士は、料理されるのは自分たちであることを悟る。
*→〔森〕2の『ヘンゼルとグレーテル』(グリム)KHM15。
★3b.宿の主である魔女が、訪れた旅人を動物に変える。宿の主が僧であったという物語もある。
『オデュッセイア』第10巻 オデュッセウスの一行が魔女キルケの住むアイアイエの島にたどりつく。部下たちはキルケの館で出された飲み物を口にし、杖で打たれて皆豚になる。ヘルメスから魔よけの薬草を与えられたオデュッセウスが館へ乗り込み、部下たちを救う。
『カター・サリット・サーガラ』「ムリガーンカダッタ王子の物語」3 ムリガーンカダッタ王子の侍臣ビーマ・パラークラマが、ある女の家に宿を借りる。ビーマは夜中に目覚め、女が大麦を蒔くのを見る。大麦はすぐ穂を出し、女はそこから団子を作って皿に盛る。ビーマはそれを、櫃の中にあった団子とすりかえる。女は、ビーマに食べさせるはずの団子を食べて、雌山羊に変わる。ビーマは雌山羊を肉屋に売る。
『高野聖』(泉鏡花) 飛騨山中の一軒家に白痴の夫と住む美女は、旅の男たちを誘い入れ、飽きれば彼らに息をふきかけて、馬や牛や猿、あるいは蟇蛙や蝙蝠などに変えてしまう。ある夏の日に訪れた薬売りの男は、馬にされて市へ売られて行った→〔宿〕7b。
『今昔物語集』巻31-14 四国の辺地を行く3人の修行者が、1軒の家に道案内を請う。家主の60歳余の僧が3人に食物を与え、その後に、僧の部下である法師が笞で百度ほど修行者を打つ。2人は打たれて馬になってしまい、1人はその場を逃れる。
*宿の女主人が、焼餅を与えて客をろばに変える→〔ろば〕2bの『河東記』(唐・作者不詳)「板橋の三娘子」。
『神霊矢口渡』4段目「頓兵衛住家の場」 落人となった新田義峯が妻の台(うてな)を連れ、矢口の渡(わたし)まで来て、渡し守・頓兵衛の家に一夜の宿を請う。頓兵衛は、足利方からの褒賞を目当てに、寝所の義峯を殺そうとする。しかし、頓兵衛の娘お舟が義峯に一目惚れし、「この世ではならぬが、未来(=来世)で添うてやろう」との言葉を頼みに、義峯を逃がしてその身代わりとなる→〔子殺し〕7。
『本朝二十不孝』(井原西鶴)巻2-2「旅行の暮れの僧にて候」 熊野参詣の旅僧が、岩根村の勘太夫の家に足休めし、饗応を受けて立ち去る。旅僧が大金を所持していたことを、その家の9歳の娘小吟が父に教え「殺して金を取れ」とささやく。父は旅僧を追いかけて殺し、百両を奪う(*同じ西鶴の『新可笑記』巻1-4「生肝は妙薬のよし」では、逆に、宿を借りた僧がその家の娘を殺す→〔五月〕1)。
*旅人がしびれ薬を飲まされ、財布をねらわれる→〔三題噺〕1の『鰍沢』(落語)。
石の枕の伝説 昔、浅草の一つ家に住む姥が旅人を欺いて泊め、石の枕に寝させて、上に吊るした大石の縄を切って落とし、殺しては金品を奪っていた。しかし姥の悪行を悲しんだ娘が、ある夜、自ら旅人の身代わりとなって石の枕に伏した。姥は知らずに自分の娘を殺し、悔いて池に身を投げた。その池を姥ヶ池という(東京都台東区)。
『エプタメロン』(ナヴァール)第4日第4話 2人の修道僧が肉屋の家に一夜の宿を借りる。夜更けに肉屋夫婦が「明朝、肥った坊主を殺して塩づけにしよう」と話し合う。彼らは飼っている豚を「坊主」と呼んでいたのだが、修道僧たちは、自分たちが殺されるものと思って逃げ出す。
『三国志演義』第4回 董卓に追われる曹操は、陳宮とともに故郷へ向かう途中、父の知人の家に一夜の宿を借りる。屋敷の裏手で刀を研ぐ音がし、「縛って殺すのがよかろう」という声が聞こえたので、曹操と陳宮は剣を抜いて飛び出し、居合わせた8人を斬り殺す。後で厨を見ると、1頭の豚が縛られてころがっていた。
『手打ち半殺し』(昔話) 富山の薬売りが、爺婆の住む家に宿を借りる。夜更けに「明朝は手打ちにするか、半殺しにするか」と相談する声が聞こえる。薬売りは震え上がるが、手打ちは「蕎麦」、半殺しは「かい餅(=牡丹餅)」のことであった(富山県氷見市。「半殺しにするか、本殺し(=餅)にするか」という形もある)。
★4a.旅人が人(あるいは動物)を殺した後、一軒の家に宿を借りるが、そこは旅人が殺した人(あるいは動物)の家族の家だった。
『今昔物語集』巻29-9 旅の法師が、山中で道連れになった男を金杖(かなづえ)で打ち殺し、持物と衣を奪う。ところが、その夜法師が宿を借りたのが、偶然にも殺された男の家だったため、その妻が法師の悪事を察知し、隣人たちに訴える。隣人たちは法師を捕え、犯行現場へ連れて行って射殺した。
『詩語法』(スノリ)第47章 オーディンとロキとヘーニルが、旅に出る。滝のそばで鮭を食うかわうそに、ロキが石を投げつけて殺す。彼らは鮭とかわうそを背負って一軒の家に宿を請うが、その家の主フレイズマルは、殺されたかわうそオッタルの父親だった。オーディンらは縛られ、賠償を要求される。
『処女の泉』(ベルイマン) 豪農テーレの1人娘が遠方の教会へ出かける。森の中で娘は、3人兄弟に襲われる。娘は暴行され殺されて、衣服も剥ぎ取られる。その夜3人兄弟は、娘の家とは知らずにテーレの屋敷に宿を請う。3人兄弟が娘の血ぞめの衣服を持っていたため、テーレは彼らの悪事を察知し、刀をふるって3人を殺す。
★4b.旅人が人を傷つけた後、一軒の家に宿を借りるが、そこは旅人が傷つけた人の家族の家だった。
『手負山賊(ておひやまだち)』(狂言) 山賊が旅僧を襲い、逆に旅僧の持つ剃刀で斬られて、谷底へ突き落とされる。夜になり、旅僧は一軒の家に宿を借りるが、そこの女主人は山賊の妻であった。山賊は手傷を負いながらも家へ帰り、奥の間にいる旅僧を見る。旅僧は逃げ出し、山賊と妻が後を追う。
★4c.旅の娘が不良青年に暴行されかかったが、その晩、娘が旅館へ行くと、旅館の若旦那は昼間の不良青年だった。
『男はつらいよ』(山田洋次)第23作「翔んでる寅次郎」 夏の北海道。不良青年(演ずるのは湯原昌幸)が旅の娘(演ずるのは桃井かおり)を口説いて、暴行に及ぼうとする。娘の悲鳴を聞いて寅次郎が駆けつけ、青年を追い払う。その夜、寅次郎と娘は一軒の旅館に宿を求めるが、思いがけないことに、旅館の若旦那は昼間の不良青年だった。娘が「警察へ行く」と言うので、若旦那は寅次郎と娘を懸命にもてなす。
『伊賀越道中双六』6段目「沼津」 呉服屋十兵衛は、街道で旅人の荷物かつぎをする老人平作と出会い、彼の家に1泊する。ところが平作は、十兵衛が2歳の時に別れた実の父親であり、その家の娘お米は妹だった。しかもお米は和田静馬の恋人、十兵衛は静馬の父の仇沢井股五郎の縁者であり、兄妹ながら敵どうしになるのであった。
『歌行燈』(泉鏡花) 能役者恩地源三郎と鼓の名人雪叟が、桑名の旅籠湊屋に泊まる。呼ばれた芸妓お三重は、実は、かつて源三郎の甥喜多八が芸競べをして憤死させた宗山(*→〔わざくらべ〕1a)の娘お袖であった。源三郎がうたい、雪叟が鼓を打ち、お三重が舞う。折しも、外には、勘当され流浪の門付けとなった喜多八がたたずみ、叔父の謡に合わせてうたう。
『源氏物語』「玉鬘」 筑紫からほぼ20年ぶりに上京した玉鬘一行は、母夕顔の消息を尋ねるすべもないまま、長谷寺へ参詣する。椿市の宿で、はからずも一行は夕顔の侍女だった右近に巡り合い、玉鬘は光源氏の邸へ引き取られる。
『曽我物語』(真名本)巻10 大磯の虎は、曽我十郎の死後、廻国修行の旅に出る。彼女は、天王寺に参籠して往藤内(敵討ちの場に居合わせ曽我兄弟に殺された)の妻と巡り合い、また、松井田に宿って、その宿の女房が亡き京の小次郎(曽我兄弟の異父兄)の妻と知り、奇縁に驚く。
『二人比丘尼色懺悔』(尾崎紅葉) 年若い行脚の尼が、同じく年若い尼の住む庵に一夜の宿を請い、お互いの発心の由来を語り合う。主の尼は俗名若葉、夫小四郎の討死を機に出家したのであり、客の尼は小四郎の伯父の娘芳野、小四郎とは幼ななじみの許嫁で、2人の尼は奇遇に驚く。
『望月』(能) 信濃の住人安田友春は望月秋長に討たれ、安田の妻と子は放浪の旅に出る。2人が守山で兜屋という宿に泊まると、偶然にも宿の主は安田の旧臣小沢友房であり、小沢と安田母子は思わぬ巡り合いに涙を落とす。折しもそこへ、敵望月が宿を借りにやって来たので、小沢と安田母子は力を合わせ仇討ちをする。
『八島』(幸若舞) 山伏姿で奥州へ下る義経・弁慶らの一行が、佐藤信夫の里に到り、ある家に宿を請う。意外にもそこは、義経の身代わりとなって命を捨てた佐藤継信・忠信兄弟の家だったので、兄弟の母尼・妻子を前に、弁慶は佐藤兄弟の最期の有様を物語り、義経も自らの名を明かす〔*『接待』(能)に類話〕。
*→〔兄妹婚〕3の『ニーベルングの指環』(ワーグナー)「ワルキューレ」。
『奥州安達ケ原』4段目 生駒の助・恋絹夫婦が、安達ケ原の一つ家に宿を請う。宿の主老女岩手は、懐妊している恋絹の腹を切り裂き、胎児を取り出す。しかし恋絹は岩手の実の娘だった。
『霊を鎮める』(イギリスの民話) 貧しい農家の息子が家を出てオーストラリアへ移住し、金脈を掘り当てた。彼は大金を得て帰国し、夜、我が家へたどりつくが、顔つきがすっかり変わっていたので、年老いた両親は、それが自分たちの子供だとは気づかなかった。息子は「明日の朝、お金を見せてびっくりさせてやろう」と考え、旅人のふりをして一夜の宿を請う。両親は金欲しさに、眠る旅人(=息子)を殺し、死体を家の裏手に埋めた→〔成仏〕1。
*フランスにも同様の物語がある→〔ホテル〕4bの『誤解』(カミュ)。
★7a.宿の女と関係を持つ。
『さまよえるオランダ人』(ワーグナー) さまよえるオランダ人は7年ぶりに陸地に上がり、ノルウェーの船長ダーラントに出会って、彼に宿を請う。オランダ人はダーラントに宝石を与え、「お宅に娘さんがあるなら、私の妻にしたい」と言う(*→〔さすらい〕2)。ダーラントはオランダ人が大金持ちだと知って喜び、家へ招く。ダーラントの娘ゼンタは、父が連れて来た男を一目見て、さまよえるオランダ人であると知る。ゼンタは彼を悪魔の呪いから救うべく、結婚しようと決意する。
『砂の女』(安部公房) 昭和30年(1955)8月、男(学校教師仁木順平)が海辺の村に昆虫採集に出かけて、砂穴の底の民家に泊まり、そのまま、そこに住む寡婦と同棲する。男は何度か脱出しようとするが成功せず、砂穴の生活にしだいに順応する。翌年には寡婦が妊娠し、男は5月頃には「逃げ出す必要はないのだ」と考えるようになる。
『高野聖』(泉鏡花) ある夏の日、青年僧が飛騨から信州へ山越えをして道に迷い、一軒家に宿を請う。その家には美しい女が白痴の夫と一緒に住んでおり、女は青年僧を水浴に誘うなどして誘惑する。しかし青年僧は女に触れることなく、翌朝出発する→〔宿〕3b。
『沼』(つげ義春) 鳥を撃ちに来た青年が、沼の近くで出会った少女の住む離れ家に泊まる。少女は鳥籠に蛇を飼っており、「蛇がたびたび籠を抜け出て首をしめに来るのが、死ぬほど心地良い」と言う。青年はその夜眠る少女の首をしめ、悶えるさまを見るが、翌朝には少女と別れ、また猟をする。
★8.消え失せる宿。
『ギュルヴィたぶらかし(ギュルヴィの惑わし)』(スノリ) スウェーデン王ギュルヴィが「ガングレリ(旅に疲れた男)」と名乗ってアースガルズまで旅をし、壮麗な館に宿を請う。彼はそこで3人の神と問答をし、アース神族や巨人族に関するさまざまな神話を聞く。しかし問答が終わった時、大音響とともに館は消え失せ、ギュルヴィはただ1人、平原に立っていた〔*館は、アース神たちがギュルヴィに見せた幻にすぎなかった〕。
*→〔部屋〕1cの『鶯の浄土(鶯の里)』(昔話)でも、男が宿を請うた立派な屋敷が消え失せ、男は谷底あるいは野原などに1人立っていた、という終わり方をする。
『沓掛時次郎』(長谷川伸) 旅人(たびにん)沓掛の時次郎は、ある親分の所で一宿一飯の恩を受けたため、親分に敵対する六ツ田の三蔵を斬り殺した。三蔵は「身重の妻おきぬと、幼い太郎吉のことを頼む」と言い遺して、息絶える。時次郎は、おきぬと太郎吉の面倒を見ながら旅をするが、おきぬは難産で死んでしまった。時次郎は「太郎吉を博徒にはしたくない」と考え、「鋤鍬持って五穀をつくろう」と思い定める。
- >> 「宿」を含む用語の索引
- 宿のページへのリンク