なは (列車)
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なはは、かつて西日本旅客鉄道(JR西日本)および九州旅客鉄道(JR九州)が、京都駅 - 熊本駅間を東海道本線・山陽本線・鹿児島本線経由で運行していた寝台特別急行列車である。2008年3月14日発の運転をもって「あかつき」とともに廃止された。
- ^ a b “県民名付け親の寝台特急「なは」 3月廃止に”. 琉球新報. (2008年1月16日). オリジナルの2008年3月21日時点におけるアーカイブ。 2021年4月26日閲覧。
- ^ a b c d e f g h “沖縄の本土復帰願い大阪―西鹿児島を走っていた特急「なは」、今はどうなっている?”. 琉球新報. (2021年5月15日). オリジナルの2021年7月31日時点におけるアーカイブ。 2021年7月31日閲覧。
- ^ a b 宇都宮照信、栗原隆司『九州発 最後のブルートレイン』海鳥社、2009年、142頁。ISBN 978-4-87415-717-6。
- ^ 大幅遅延などがあるとJR貨物門司機関区の同形式車両が代走することもあった。
- ^ 品川駅には補助臨時発着ホームを有し、1990年代まで繁忙期には東京・上野発着列車の補充として臨時列車の受け入れを行っていた。
- ^ 「JR年表」『JR気動車客車編成表 '93年版』ジェー・アール・アール、1993年7月1日、187頁。ISBN 4-88283-114-7。
- ^ 交通新聞社 編『阪神・淡路大震災 鉄道復旧記録誌』西日本旅客鉄道、1996年、825頁。
- ^ 交通新聞社 編『阪神・淡路大震災 鉄道復旧記録誌』西日本旅客鉄道、1996年、1028頁。
- ^ 交通新聞社 編『阪神・淡路大震災 鉄道復旧記録誌』西日本旅客鉄道、1996年、830頁。
- ^ a b 交通新聞社 編『阪神・淡路大震災 鉄道復旧記録誌』西日本旅客鉄道、1996年、833頁。
- ^ 交通新聞社 編『阪神・淡路大震災 鉄道復旧記録誌』西日本旅客鉄道、1996年、1110頁。
- ^ 『JR気動車客車編成表』 '04、ジェー・アール・アール、2004年。ISBN 4-88283-125-2。
- ^ 『JR気動車客車編成表』 '06、ジェー・アール・アール、2006年。ISBN 4-88283-127-9。
- ^ a b “なは号ヘッドマークの移設について”. 沖縄都市モノレール (2021年4月26日). 2021年4月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月26日閲覧。
- ^ “寝台特急「なは」部品が那覇市に寄贈 モノレール社から19点、後日展示へ”. 琉球新報. (2021年7月20日). オリジナルの2021年7月31日時点におけるアーカイブ。 2021年7月31日閲覧。
- ^ “寝台特急「なは」のヘッドマーク 那覇市に贈呈”. 沖縄 NEWS WEB (NHK). (2021年7月9日). オリジナルの2021年7月9日時点におけるアーカイブ。 2021年7月9日閲覧。
- ^ “「なは」号ヘッドマークの展示について”. 沖縄都市モノレール (2021年7月1日). 2021年7月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月1日閲覧。
- 1 なは (列車)とは
- 2 なは (列車)の概要
- 3 発着地が類似する公共交通機関
- 4 脚注
「天草 (列車)」の例文・使い方・用例・文例
- 天草砥という砥石
- 天草版という活字本
- 天草焼きという陶器
- 雲仙天草国立公園という,九州地方にある国立公園
- 天草という植物
- 天草という海草
- 心太という,天草を煮溶かして冷やし固めた食品
- ウミウシの一種であるメリベ・ジャポニカが,熊本県本(ほん)渡(ど)市の天草ドルフィンワールドで最近一般公開された。
- 相模(さがみ)湾と九州の天草の間の海域に生息するが,海流に乗って移動するため,めったに目撃されない。
- 天草ドルフィンワールドで公開されていたヤマトメリベは,6月に天草諸島の沖合で漁民によって捕獲された。
- 特急(列車).
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