吉田経房とは?

吉田経房

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/08/19 22:54 UTC 版)

吉田 経房(よしだ つねふさ)は、平安時代後期から鎌倉時代初期にかけての公卿藤原北家勧修寺流権右中弁藤原光房の子。官位正二位権大納言


  1. ^ 公卿補任』による没年齢59歳から逆算。『尊卑分脈』による没年齢は58歳であり、この場合の生年は永治3年(1143年)となる。
  2. ^ 統子内親王の立后・院号宣下の際、経房は皇后宮権大進・上西門院判官代、頼朝は皇后宮権少進・上西門院蔵人となっている。『山槐記』平治元年2月19日条によると、上西門院の殿上始において徳大寺実定・平清盛といった殿上人に酒が振舞われたが、最初の酌を頼朝が、二回目の酌を経房が担当している。
  3. ^ 中村文「文治二年十月経房家歌合をめぐって」(初出:有吉保 編『和歌文学の伝統』角川書店、1997年/所収:中村『後白河院時代歌人伝の研究』笠間書院、2005年)


「吉田経房」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「吉田経房」の関連用語

吉田経房のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



吉田経房のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの吉田経房 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2019 Weblio RSS