原龍太とは?

原龍太 はら りゅうた

原龍太の肖像 その1

(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の「近代日本人の肖像」の内容を転載しております掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)

原龍太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/01/05 18:22 UTC 版)

原 龍太
Hara Ryuta.jpg
生誕 1854年12月4日
死没 (1912-12-30) 1912年12月30日(58歳没)
出身校 東京大学
職業 土木工学者

原 龍太(はら りゅうた、嘉永7年10月15日1854年12月4日) - 大正元年(1912年12月30日)は、土木工学者、工学博士吾妻橋御茶ノ水橋江戸橋などの橋梁の設計・施工、馬車鉄道の敷設工事、上下水道の付設など、各種の公共工事に携わる。従四位勲三等

経歴

福島藩医の息子原有燐の長男。大政奉還戊辰戦争によって一時、家を空けて三河国に住むこともあった。藩校や英学校で学んだ後、1873年(明治6年)慶應義塾に入り、のち開成所に転じ1877年(明治10年)東京大学理学部に入り理学士となる。

東京府に職を転じ、水道土木の事業に携わる。第一高等学校の講師等を務め1899年(明治32年)工学博士を授けられる。足尾銅山鉱毒予防に関する調査を行う。橋梁の建設に関して日本一と言われた。

栄典

脚注

  1. ^ 『官報』第6450号「叙任及辞令」1904年12月28日。

参考文献


原竜太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/03/28 15:13 UTC 版)

原 竜太 Football pictogram.svg
名前
カタカナ ハラ リュウタ
ラテン文字 HARA Ryuta
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1981-04-19) 1981年4月19日(36歳)
出身地 東京都目黒区
身長 172cm
体重 68kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

原 竜太(はら りゅうた、1981年4月19日 - )は、東京都目黒区出身[1] の元サッカー選手。ポジションはFW

略歴

横浜フリューゲルスのジュニアユースから市立船橋高校に進み、1998年に高校総体、3年次の1999年に高校選手権に優勝した[2][3]。4得点をあげた1999年度高校選手権での活躍を評価されて名古屋グランパスエイトからオファーを受ける[4]

名古屋では初年度からスーパーサブとして起用され[3]、12試合で2ゴールをあげる。2001年はサテライトリーグでは好成績を残したが[1]、トップチームでの出場は2試合のみだった。3年目の2002年、同じポジションにイヴィツァ・ヴァスティッチウェズレイといった選手がおり出番が限られるなか[1]、短い出場時間[1]で18試合で5得点。得点はすべて2ndステージに入ってからのもので[5]、いずれも試合の行方を決定付けるようなゴールだった[4]。その活躍から2003年に入ると山本昌邦が監督を務めるアテネオリンピックに向けたU-22日本代表に選ばれ[2][1]、同年のカタール国際大会、エジプト国際大会などに出場した[2]。2003年は出場機会が減り、とりわけ2ndステージは4試合155分の出場にとどまった[6]。名古屋には4シーズン在籍し、通算成績は51試合出場9得点だった。

2004年はJ2の京都パープルサンガに期限付き移籍[2]。出場機会を求めての移籍であり[6][7][3]、同年のアテネオリンピック出場も目標としていたが[3][6]、12試合出場無得点に終わった。

2005年1月、J2のモンテディオ山形へ期限付き移籍[8]、同年6月に完全移籍[9]。山形では加入1年目の2005年にチーム最多となる12ゴールを記録[10]。2年目はおもにスーパーサブ的な役割で起用されたが[3]、同シーズン限りで戦力外となり退団した[3]

2007年から2009年は湘南ベルマーレでプレー。1年目には自身2度目となる二桁得点をJ2リーグで記録した。2009年12月、クラブより契約満了が発表される[11]。当初は現役続行の意志を持ち、Jリーグ合同トライアウトにも参加したが[3]、2010年1月15日、自身のブログで引退を表明した。[12][13]

引退後は父親が経営する不動産業に携わる[3][14]

所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2000 名古屋 20 J1 12 2 2 0 2 0 16 2
2001 名古屋 20 J1 2 1 2 0 0 0 4 1
2002 名古屋 20 J1 18 5 2 0 3 2 23 7
2003 名古屋 20 J1 19 1 5 0 0 0 24 1
2004 京都 20 J2 12 0 - 1 2 13 2
2005 山形 11 J2 36 12 - 0 0 36 12
2006 山形 11 J2 27 5 - 2 1 29 6
2007 湘南 20 J2 39 11 - 2 1 41 12
2008 湘南 20 J2 31 5 - 1 1 32 6
2009 湘南 20 J2 11 1 - 1 0 12 1
通算 日本 J1 51 9 11 0 5 2 67 11
日本 J2 156 34 - 7 5 163 39
総通算 207 43 11 0 12 7 230 50

代表歴

  • 1999年 U-19日本代表候補
  • 2003年 U-22日本代表

関連項目

出典

  1. ^ a b c d e 本誌連動インタビュー「止める蹴るしゃべる」ノーカット版!”. WEBサッカーマガジン. 2008年5月10日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年11月30日閲覧。
  2. ^ a b c d 名古屋グランパスエイト・FW原竜太選手(22歳)の京都パープルサンガへの期限付き移籍決定(04.01.06)”. J’s GOALアーカイブ. Jリーグ (2004年1月6日). 2016年11月30日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h 「[OB選手たちの現在] 原 竜太(元名古屋)」『Jリーグサッカーキング』2012年8月号、フロムワン、46-47頁。
  4. ^ a b 21世紀の骨のあるヤツ 第165回 原竜太(Jリーグ)”. @ぴあ. 2016年11月30日閲覧。
  5. ^ 選手出場記録 名古屋グランパスエイト 2002Jリーグ ディビジョン1 2ndステージ”. Jリーグ (2002年11月30日). 2016年12月1日閲覧。
  6. ^ a b c 原、期限付き移籍したい!!アテネ五輪代表目指す”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2003年12月24日). 2004年2月18日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年12月1日閲覧。
  7. ^ グラ・原竜太 新天地での成長誓う”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2004年2月19日). 2004年2月19日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年12月1日閲覧。
  8. ^ 原竜太選手 期限付移籍加入のお知らせ”. J’s GOALアーカイブ. Jリーグ (2005年1月18日). 2016年12月1日閲覧。
  9. ^ 原竜太選手、モンテディオ山形に完全移籍のお知らせ”. J’s GOALアーカイブ. Jリーグ (2005年6月1日). 2016年12月1日閲覧。
  10. ^ J2 得点ランキング”. SUPER SOCCER. TBSテレビ. 2016年12月1日閲覧。
  11. ^ 契約満了選手のお知らせ”. 湘南ベルマーレ (2009年12月6日). 2016年12月1日閲覧。
  12. ^ 決断”. 原竜太 Official blog -Sink a Shot- (2010年1月15日). 2016年12月1日閲覧。
  13. ^ 原竜太 選手 現役引退のお知らせ”. J’s GOALアーカイブ. Jリーグ (2010年1月15日). 2016年12月1日閲覧。
  14. ^ 原竜太 不動産業に転身した28歳にエールを:望月重良のコラム「Jファイル」”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2010年3月19日). 2010年3月23日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年12月1日閲覧。

外部リンク







固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「原龍太」の関連用語

原龍太のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



原龍太のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
国立国会図書館国立国会図書館
Copyright (C) 2018 National Diet Library, Japan. All Rights Reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの原龍太 (改訂履歴)、原竜太 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2018 Weblio RSS