保科 正之とは? わかりやすく解説

ほしな‐まさゆき【保科正之】

読み方:ほしなまさゆき

[1611〜1673]江戸前期大名徳川秀忠庶子信濃高遠(たかとお)藩主保科正光養子。のち、会津23万石領主となり、幼少将軍家綱を補佐して幕政に参与民生安定社会政策実施尽力


保科 正之 (ほしな まさゆき)

1611〜1672 (慶長16年寛文12年)
会津藩主】 会津名君腹違いの兄家光遺言で、家綱の名補佐役に。
会津23万石藩主徳川家光異母弟。父秀忠の命で保科氏養子となる。1643年会津藩大名として入部すると、幕府先駆けて殉死禁じるなど、藩政改革した家光遺言4代家綱補佐し武断政治から文治政治転換する幕政主導した殉死の禁は正之の献策玉川上水開墾建議行った

 年(和暦)
1612年 (慶長17年) 幕府直轄領禁教令 1才
1612年 (慶長17年) 駿府銀座江戸に移す 1才
1614年 (慶長19年) 大阪冬の陣 3才
1615年 (元和元年) 大阪夏の陣 4才
1617年 (元和3年) 日光東照宮社殿竣工 6才
1617年 (元和3年) 吉原遊郭開設許可 6才
1624年 (寛永元年) スペイン船の来航禁止 13
1629年 (寛永6年) 女舞女歌舞伎禁止 18
1637年 (寛永14年) 島原の乱 26
1639年 (寛永16年) ポルトガル船の来航禁止 28
1641年 (寛永18年) 平戸商館長崎出島に移す 30
1643年 (寛永20年) 田畑永代売買禁止令 32
1651年 (慶安4年) 慶安の御触書公布 40
1659年 (万治2年) 江戸城本丸造営竣工 48
1663年 (寛文3年) 武家諸法度改定 52


由井 正雪 1605年1651年 (慶長10年慶安4年) +6
徳川 和子 1607年1678年 (慶長12年延宝6年) +4

保科正之

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/05 21:33 UTC 版)

保科 正之(ほしな まさゆき)は、江戸時代前期の大名会津松平家初代。信濃国高遠藩主、出羽国山形藩主を経て、陸奥国会津藩初代藩主。江戸幕府初代将軍徳川家康の孫、二代将軍秀忠の子にあたる。3代将軍・徳川家光の異母弟で、家光と4代将軍・家綱を輔佐し、幕閣に重きをなした。将軍の「ご落胤」でもある。


注釈

  1. ^ 正光は前述の左源太とは別に、実弟の正貞を養子にしていたが、正貞を廃嫡・義絶して正之を嫡子とした。
  2. ^ この際、正之の嘆願で保科正貞も大名(上総国飯野藩)に取り立てられ、後にはそちらが保科家正統となった。
  3. ^ 後述される、幕府の財政破綻を早々に察知し、金の浪費を抑えた結果、ともされる。
  4. ^ 松姫は前田家へ嫁いだ後、初代利家の妻・お松の方に遠慮して摩須と名を改めた。

出典

  1. ^ 福田千鶴『江の生涯』中公新書、2010年。
  2. ^ 保科正之は江戸時代初期の会津藩主。…”. 西日本新聞ニュース (2016年4月16日). 2020年10月6日閲覧。
  3. ^ a b c 長谷川 2005, p. 19.
  4. ^ 長谷川 2005, p. 18.
  5. ^ 長谷川 2005, p. 22.
  6. ^ 長谷川 2005, p. 20.
  7. ^ 義民のあしあと『白岩義民(間沢村三霊供養碑(東泉寺))』
  8. ^ 『会津事始』「七木八草四壁竹本御定法事」
  9. ^ 氏家幹人『江戸時代の罪と罰』草思社、2015年、73-74頁。
  10. ^ 氏家幹人『江戸時代の罪と罰』草思社、2015年、76-78頁。
  11. ^ 『図説 福島県史』


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保科正之

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/26 10:06 UTC 版)

山形藩」の記事における「保科正之」の解説

鳥居家改易後、保科正之が寛永13年1636年7月信濃高遠藩3万石から山形20万石加増移封された。正之は徳川秀忠息子で、家光異母弟である。しかし3万石身代がいきなり20万石となったことから急ぎ家臣団増強を図ることを余儀なくされた。そこで家光より命じられ改易された鳥居家旧臣召抱えを行なったが、正之は鳥居家旧臣人柄見て召抱えたという。 正之は奉行制度整備して民政整え家臣の掟として「家中仕置18条と「道中法度13条を制定し武芸忠孝質素倹約から喧嘩口論大酒好色禁止などを定めた。また正之は寛永15年1638年)から翌年にかけて内検地行なった寛永20年1643年7月、3万石加増23万石陸奥会津藩加増移封された。

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「保科正之」を含む「山形藩」の記事については、「山形藩」の概要を参照ください。

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