三刀屋久祐とは? わかりやすく解説

三刀屋久祐(みとや ひさすけ) ????~1591

○新四郎 久扶 弾正忠
◇父:三刀屋対馬守頼扶 子:三刀屋孝扶
 出雲三刀屋城治め国人出雲尼子氏周防・大内氏勢力間を転々とする。1562年安芸毛利氏出雲侵攻受けた際には、毛利氏内通し出雲月山富田城攻めには毛利方についている以後毛利氏に従うが、1588年当主元に従って上洛した際、徳川家康取り入ろうとした為、罷免された。

三刀屋久扶

(三刀屋久祐 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/18 01:44 UTC 版)

三刀屋 久扶(みとや ひさすけ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将尼子氏毛利氏の家臣。出雲国三刀屋城主。三刀屋頼扶の子。名前の別表記は三刀屋久祐。子には三刀屋孝扶。三刀屋弾正釜の所有者としても知られる。




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