バックグラウンドミュージックとは?

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バックグラウンド ミュージック [9] 【background music】

テレビ・ラジオ・映画などで背景として流す音楽。また,喫茶店職場病院などで,気分和らげるなどの効果をねらって流す音楽BGM

BGM

〖background music〗
バックグラウンド-ミュージック

バックグラウンド・ミュージック[background music]

BGMともよばれる特定の空間映像背景小音量で流しておく音楽のこと。これをさらに押し進めて、音楽環境一部として機能させようとしたのがブライアン・イーノらによって提唱された環境音楽である。

バックグラウンドミュージック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/10/06 08:44 UTC 版)

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バックグラウンドミュージック: background music)、また背景音楽(はいけいおんがく)は、なにか別の主体となるものの背景として流れる音楽のこと。BGM(ビージーエム)と略される。また、略称で呼ばれるケースの方が多い。バックグラウンドミュージックはその場の主役にはならないが、その場を演出するために使用される音楽である。

劇中の背景音楽

映画テレビドラマテレビゲーム舞台劇などで流される音楽をバックグラウンドミュージックと呼び、演出意図を効果的に補完できる曲が新たに作曲、または従来の音楽より選曲されて使用される。劇中で伴奏されることから劇伴(げきばん)とも呼ばれるが、この言葉は音楽を見下すとして使わない者もいる反面、通常の音楽と異なる価値を意味するとして積極的に使う者もいる。

かつては完成した映像を流しながら、そのシーンにあわせた作曲・指揮・演奏・録音を行っていたが、ドラマやアニメなどのテレビシリーズが確立されるとこの手法が間に合わなくなり、現在は放映前に作曲家が数十曲作っておくのが一般的な手法である[1]。ただし、特別なシーンには専用の曲を特注する場合もある。どのシーンにどの曲を流すかは音響監督の担当だが、それを専門に行う「選曲」という仕事も存在する。

なお、英語では、劇伴を「background music」と呼ぶことは間違いではないが、「店舗などでの背景音楽」(下記)などと区別するため、劇伴を特に「incidental music」と呼ぶことがある。この場合の「incidental」とは「付随的な」という意味で、「他の芸術作品の付属物として作られた音楽」というニュアンスである。「付随音楽」も参照。

また、ニュース番組やバラエティ番組では、ドラマやアニメのBGMが使用されるケースが多い。

店舗などでの背景音楽

喫茶店レストランで流される音楽もバックグラウンドミュージックと呼ばれる。クラシックイージーリスニングロックジャズラテン民謡J-POPなど、店鋪経営者が演出したい雰囲気づくりのために曲の分野が選ばれる。既存曲をそのまま流すだけでなく、業務用BGMとしてアレンジ・製作されたものを使用することもある。

同じ店鋪内装であっても選ぶ音楽分野によってイメージが変わってしまうため、この選択は重要な要素であるともいえる。同じような用途のものとしてバックグラウンドビデオ(BGV、環境ビデオなどとも呼ばれる)がある。

業務用BGMとして製作された器楽曲は、英語では「elevator music」または「muzak[2]piped music」「weather music」「lift music[3]などと呼ばれる。

業務用BGM提供事業者

脚注

  1. ^ アメリカのテレビドラマには、現在でも毎エピソードの映像に合わせて作曲から録音まで行う手法が取られているものがある。
  2. ^ アメリカで業務用BGMを提供しているムザク・ホールディングス社の名称が一般名詞化したもの。
  3. ^ この場合の「lift」は、「elevator」(アメリカ英語)と同義のイギリス英語。

関連項目


バックグラウンド・ミュージック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/28 14:38 UTC 版)

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バックグラウンド・ミュージック
ジャンル 音楽番組
放送期間 1964年7月19日 - 2009年3月29日
放送時間 下記参照
放送局 TBSラジオ
ネットワーク 過去のネット局参照
パーソナリティ 今井登茂子
藤田恒美
福島弓子
若山弦蔵
提供 キユーピー
大成建設
藤田観光
松本歯科大学
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バックグラウンド・ミュージック』は、TBSラジオで、1964年7月19日から2009年3月29日まで放送された音楽ラジオ番組である。TBSラジオでの放送開始前より東海ラジオで放送していた同名番組についても扱う。

放送時間

番組終了時点(TBSラジオ)
  • 毎週日曜日 12:00〜13:00(2003年10月〜2009年3月)
過去の放送時間
  • 日曜 10:15〜11:00(1964年7月19日〜1965年3月28日)
  • 日曜 10:10〜11:00(1965年4月4日〜1968年3月17日)
  • 日曜 10:00〜11:00(1968年3月24日〜2002年9月)※1990年代前半TBSラジオでは10:55まで
  • 日曜 6:30〜7:30頃(2002年10月〜2003年9月)

語り手

歴史・概要

今井とも子時代

  • 1964年7月19日に、食品メーカー「キユーピー」1社提供の『キユーピー・バックグラウンド・ミュージック』と題してスタート。当初は45分番組だったが、次第に50分、1時間と放送時間は拡大していった。
  • 語り手役の元TBSアナウンサー・今井とも子(今井登茂子)の曲目紹介と演奏中の曲をBGMに、キャッチフレーズなどを読み上げるだけの番組の雰囲気を壊さないCMだけが挟まれ、日曜朝のひと時にメロディーだけのクラシックインストゥルメンタルを中心に構成された。
  • テーマ曲は、アルフレッド・ハウゼ指揮/アルフレッド・ハウゼ楽団による演奏の、モノラル音源の『ミリタリータンゴ』。この音源は、初回録音時の極めて珍しい音源で、ステレオ音源バージョンよりイントロの音が一音多い。
  • 1988年5月までは、曲目一覧が当日のサンケイ新聞(産経新聞)テレビ面広告として掲載された。
  • 北海道では、JRN系列局のHBCラジオではなく、NRN系列局(系列外)のSTVラジオで放送されていた[1]
  • キユーピー3分クッキングCBC版テキストには1979年5・6月号より,当番組の広告が掲載されていた[2]

藤田恒美・福島弓子時代

  • 1990年9月30日の第1368回の放送をもって四半世紀にわたり番組の語り手を務めてきた今井とも子が降板。同時にキユーピーがスポンサーから撤退。翌月から文化放送で『キユーピー・メロディホリデー』がスタートしている。
  • 後任に藤田恒美が2代目の語り手となり、正式名が『ザ・バックグラウンド・ミュージック』に変わりテーマミュージックもタンゴである点は変更ないがト長調であったの曲に変更となった。一部の局では大成建設等の複数のスポンサーがついたが、CM枠が埋まらず番組の合間にフィラーのBGMが流れるという状態に陥った。このため、1991年7月のRKB毎日放送等、九州・沖縄の各局を皮切りに番組ネットを離脱する局が相次ぎ、ネット局が激減した(過去のネット局の項を参照)。
  • その後福島弓子(当時TBSアナウンサー)が3代目の語り手を務めた時代は、提供スポンサーは藤田観光が務め、『FUJITA KANKOバックグラウンド・ミュージック』(フジタ カンコウバックグラウンド・ミュージック)という正式名称だった。放送時間についてはTBSラジオについては5分ほど短かったこともある。この時期に別の番組で後述する『バックグラウンド・ミュージック』が関わる放送事故が起こる。

若山弦蔵時代

  • 1995年4月、それまでTBSラジオで夕方のワイド番組『東京ダイヤル954』のパーソナリティを務めてきた若山弦蔵が4代目の語り手を務めるようになる。番組提供スポンサーは1994年から信越放送放送分のローカルスポンサーであった松本歯科大学に交代し、正式名も松本歯科大学の略称を冠し『MDUバックグラウンド・ミュージック』(エムディーユーバックグラウンド・ミュージック)[3]と改められる。当初TBSラジオでは1996年10月まで当番組の前枠の日曜朝9時からの1時間の生放送番組『ミュージックホリデー〜弦さんと日曜日』を担当しており、若山は実質2時間の生放送番組を担当していた。
  • TBSラジオでは2002年10月から1年ほど1時間のままではあるものの『江口ともみ プレシャスサンデー』内の1コーナーとなり、早朝6時半〜7時半ごろの放送となっていた時期があった。この期間は独立番組ではないため新聞番組表にはタイトルは記載されず、書いてあるとしても「▽若山弦蔵」としか表示されていなかった。
  • 放送時間が日曜正午からの放送になってからは聴取率はおおむね好調で、2009年2月期の最後の調査でも同時間帯1位を獲得したことが、若山から報告された。
  • 歳時記のコーナーがあり、構成作家・かぜ耕士と番組の共同編著により『若山弦蔵のバックグラウンドミュージック〜365日にんげん歳時記』(ISBN 4906380794)としてコスモの本より刊行。
  • 番組テーマミュージックなどを収録した、若山・監修、番組の選曲を担当する大江田信・選曲&解説による2枚組CD『若山弦蔵のバックグラウンドミュージック』(日本レコード販売網発売)を発売。
  • 番組に内包される交通情報のBGMはフォー・シーズンズのヒット曲「Sherry(シェリー)」のインストゥルメンタルであった。この曲は「東京ダイヤル954」時代の後半から引き続き使われていたものである。
  • エンディングはパーシー・フェイスオーケストラ演奏の曲『アリヴェデルチ・ローマ』。その曲をバックに若山が「心地よい音楽の流れは、時の経つのを忘れさせてくれます…」という出だしでエンディング・ナレーションそして曲紹介を行い番組を締めるが、TBSラジオでは番組終了後にサンデー・プレゼントのコーナーが設けられていたため、フリートーク挨拶で番組を締める。

番組終了とその後

  • 2009年2月1日の放送で、同年3月29日をもって番組が終了する事が発表された。2月8日放送で、終了の理由についてリスナーから質問が寄せられ、若山が「スポンサーが番組の提供をやめるんです。民放の宿命みたいなものですね」と語っている。
  • 番組終了発表の後、TBSラジオに終了を惜しむ投書が殺到する中、若山の年齢・体力面や、エフエム東京JFN系『JET STREAM』における城達也のケースなどを考慮して、「むしろスポンサーの降板で番組が終わるほうが、若山さんが体調を崩して番組を降りるよりも良かった」という趣旨の投書が番組内で読まれたこともあった。2009年3月の時点で、若山は76歳であった。
  • 2009年3月29日の最終回の放送は若山の挨拶の後、フランク・シナトラマイ・ウェイ(My Way)をラストナンバーとし、45年に渡る番組の歴史にピリオドを打った。
  • 放送終了後、『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界』の12時台のゲストコーナーに若山が月一(原則最終週)+スペシャルウィークでレギュラー出演、リスナーからリクエストされたスクリーンミュージック等をかけるようになる。同番組は2015年9月に終了するが、後継番組の『六輔七転八倒九十分』→『いち・にの三太郎〜赤坂月曜宵の口』でも類似企画を放送することがあった。
  • 2019年2月10日放送の『ラジオアーカイブ』で最終回(TBSラジオ放送版)が再放送された。

番組終了時点でのネット局

SBC版の補足

  • 生放送のTBSラジオよりも1時間早いが、同じ曲目で事前に収録したものを放送。また、特番差し替えとなる場合もあり。松本歯科大学は1994年からローカルスポンサーについていた。そして2009年3月放送の最終回の挨拶は、「長い間番組をお聴き頂き有り難う御座いました。またいつか、お逢いできる機会に恵まれましたら幸いと存じます。それでは、ごきげんよう。」で番組を終えた(生放送のTBSラジオとは異なる)。

過去のネット局

▲は1991年6月終了。後番組は『サンデースーパーミュージックイン』(RKB制作)。
■は1993年3月終了。後番組は『NISSEKIサンデーステーション 裕司と雅子のガバッといただき!!60分』(ニッポン放送制作『裕司と雅子のガバッといただき!!ベスト30』の地方局向け再編集版)。

東海ラジオ版『キユーピー・バックグラウンド・ミュージック』

  • 1960年4月の時点で東海ラジオ放送において、上記と同名の『キユーピー・バックグラウンド・ミュージック』が放送されていた(毎週日曜日10:00〜10:30、1963年より10:00〜11:00)[6]。東海ラジオ版は後にSTVラジオなどにもネットされ[7][1]、最大で全国14局[6]にまで広がったが、1972年9月24日をもってTBS版に統合される形で打ち切りとなった[2]。1969年1月には南海放送の番組審議会が、当番組を「優良番組」として表彰している[6]

備考・エピソード等

  • キユーピー提供時代は毎週日曜日のサンケイ新聞にこの番組の広告が載っており、その日オンエアされる曲目リストが掲載されていた。また、カセットで番組を録音して楽しむ人のためにリストの周りに切取線が書いてあり、これをはさみ等で切ってケースに入れる事が出来るようになっていた。このしくみは『メロディーホリデー』に移った後もしばらく続けられたが、現在は新聞広告ではなく公式サイトで行われている。

放送事故

  • 1992年11月21日深夜24時(22日午前0時)、TBSラジオと当時JRNライン同時ネットをしていた一部の系列局で、当時放送されていた『コサキン快傑アドレナリン』が本来放送予定であったが、当番組が誤って数分放送された。このことにより、『コサキン快傑アドレナリン』は20分程度短縮された。次週には深夜0時の時報とともに、関根勤による「バックグラウンド・ミュージックゥ〜」というネタ振りで開始され、翌週には当時『バックグラウンドミュージック』のパーソナリティだった福島弓子が登場するなど、この放送事故を結構楽しんでいる様子であった。コサキンシリーズ(『コサキンDEワァオ!』)も『バックグラウンドミュージック』同様に、2009年3月末(TBSラジオでは28日深夜(29日未明))をもって27年半の歴史に幕を下ろした。

関連項目

脚注

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注釈・出典

  1. ^ a b c 東海ラジオバージョン打ち切り後TBSバージョンをネットしたため。STVラジオは本来HBCラジオのライバル局である。
  2. ^ a b c 東海ラジオバージョン打ち切り後、CBCラジオがTBSバージョンをネット開始したため。
  3. ^ (松本歯科大学の略称がMDCだった開始当初は『MDCバックグラウンド・ミュージック
  4. ^ 1971年6月6日放送開始。1993年3月までは日曜10:00からの放送だった。同時間帯の後番組は『NISSEKIサンデーステーション 裕司と雅子のガバッといただき!!60分』。
  5. ^ 1971年6月6日、1993年3月28日、4月4日 信濃毎日新聞 ラジオ欄
  6. ^ a b c 「東海ラジオ放送十年史」、「東海ラジオ放送二十年史」より
  7. ^ TBSラジオ1964年7月のタイムテーブル→タイムテーブル右に落書きで「7/19よりTBS単 SF、P?(D?)R、STVはSF」と記載有り

外部リンク

TBSラジオ 日曜10:00〜11:00
前番組 番組名 次番組
奥様午前10時です 10:00~10:10
お知らせ 10:10~10:15
NECコンサートホール10:15~11:00
バックグラウンド・ミュージック
(1964年7月19日〜2002年9月)
CUBE
※〜11:59
TBSラジオ 日曜6:30頃〜7:30頃
バックグラウンド・ミュージック
<江口ともみ プレシャスサンデー内>
(2002年10月〜2003年9月)
美輪明宏 薔薇色の日曜日
※7:00〜7:10頃
<江口ともみ プレシャスサンデー内>
TBSラジオ 日曜12:00〜13:00
バックグラウンド・ミュージック
(2003年10月〜2009年3月)





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