ドゥブラフカ・トムシッチ・スレボトニャクとは? わかりやすく解説

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ドゥブラフカ・トムシッチ・スレボトニャク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/01/07 01:02 UTC 版)

ドゥブラフカ・トムシッチ・スレボトニャク(Dubravka Tomšič Srebotnjak, 1940年2月6日 - )[1]は、スロベニアピアニスト

ドゥブロヴニクの生まれ。 リュブリャーナの音楽院を経てスロベニア音楽院でゾラ・ザルニコヴァに師事。1952年にクラウディオ・アラウに見い出されてジュリアード音楽院に入学し、キャサリン・ベーコンに師事したが、短期間ながらアレクサンダー・ウニンスキーの指導も受けた。1957年に卒業後は、1959年までアルトゥール・ルービンシュタインの薫陶も受けている。

1961年のフェルッチョ・ブゾーニ国際ピアノ・コンクールで第3位入賞を果たした。

1967年からリュブリャーナ音楽院の講師になり、1975年には教授に昇格している。

夫は作曲家のアロイス・スレボトニャクで、息子マルティンはスロヴェニアの映画監督になった。

2005年にはリュブリャーナ市の名誉市民となった。[2]

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