シニョリーア広場とは? わかりやすく解説

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シニョリーア‐ひろば【シニョリーア広場】


シニョリーア広場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/17 09:29 UTC 版)

シニョリーア広場
シニョリーア広場とヴェッキオ宮殿
ヴェッキオ宮殿
ヴェッキオ宮殿前の彫像
ロッジア・ディ・ランツィ
コジモ1世の像が中央に見える。

シニョリーア広場(シニョリーアひろば、Piazza della Signoria)は、イタリアフィレンツェにあるヴェッキオ宮殿前のL字形の広場

フィレンツェ共和国の歴史の焦点であり、原点でもあり、今も市の政治的中心地としてその名誉を維持している[1]。周辺にヴェッキオ橋、ドゥオモ広場、ウフィツィ美術館へ向かう道などがあり、観光客も多く、地元民の待ち合わせ場所にもなっている。

歴史

ローマ都市だったころのフォルムであり、かつては周囲にローマ劇場公衆浴場、市場などがあった。5世紀ごろには教会が建てられた。これらは1980年代に舗装し直す際に行った発掘調査で判明している。さらに、新石器時代の遺物も見つかっている。1268年、勝利したゲルフ側が負けたギベリン側の家を取り壊したため、現在のようなL字形になった。この広場は長い間穴だらけでひどい状態だったが、1385年に初めて舗装された。1497年、ジロラモ・サヴォナローラが「虚栄の焼却」と称して本や贅沢品を燃やしたのもこの広場だった。ネプチューンの噴水の前に、1498年5月23日にジロラモ・サヴォナローラが処刑された場所を示す銘板がある[2]

建築物

銃眼の凹凸のある塔で印象的な14世紀のヴェッキオ宮殿が特に目立っている。広場の周囲には他にロッジア・ディ・ランツィウフィツィ美術館、商業裁判所(1359年、現在は農業局の建物)、ウグッチョーニ宮(16世紀、ファサードの設計はラファエロと言われている)などがある。ヴェッキオ宮殿の正面には Palace of the Assicurazioni Generali(1871年、ルネサンス様式)もある。

ヴェッキオ宮殿

ヴェッキオ宮殿は市役所である。要塞を思わせる凹凸のある大きなロマネスク様式[3]の宮殿で、トスカーナ州でも最も印象的な市役所となっている。シニョリーア広場に面していて、正面脇にはミケランジェロのダビデ像のレプリカがあり、隣のロッジア・ディ・ランツィには複数の彫像が展示されている。

元々はフィレンツェ共和国の支配体制をシニョリーアと呼んだため、シニョリーア宮殿 (Palazzo della Signoria) と呼ばれ、その後の長い歴史の中で、用途の変遷とともにポポロ宮殿 (Palazzo del Popolo)、プリオーリ宮殿 (Palazzo dei Priori)、デュカーレ宮殿 (Palazzo Ducale) などとも呼ばれた。メディチ家アルノ川対岸側にあるピッティ宮殿に居所を移した後、現在の名で呼ばれるようになった。

ロッジア・ディ・ランツィ

ロッジア・ディ・ランツィ(ランツィの回廊)は通りに面して柱間の広いアーチが3つ並んでいる。アーチはコリント式柱頭のある束ね付柱で支えられている。この幅の広いアーチはフィレンツェ人にとって魅力的だったようで、ミケランジェロはシニョリーア広場全体をこのアーチで取り囲むことを提案したほど気に入っていたという[要出典]。回廊の陽気な雰囲気は、重々しいヴェッキオ宮殿と好対照をなしている。屋根はあるが事実上、野外彫像展示場になっている。

Tribunale della Mercanzia

Tribunale della Mercanzia(商業裁判所)はかつて商人同士の訴訟を扱う裁判所だった。かつては、タッデオ・ガッディアントニオ・デル・ポッライオーロサンドロ・ボッティチェッリの絵が玄関を装飾していたが、現在はウフィツィ美術館に収蔵されている。

ウグッチョーニ宮

Palazzo Uguccioni(ウグッチョーニ宮)はジョヴァンニ・ウグッチョーニが1550年に建設した建物で、ラファエロミケランジェロが設計したと言われている。

Palazzo delle Assicurazioni Generali

Palazzo delle Assicurazioni Generali(総合保険宮)は1871年に建設された新ルネサンス様式の建物で、市街中心地の商業ビルである。1階には歴史のあるカフェがある。

その他

広場の周囲には他に palazzo dei Buonaguisipalazzo dell'Arte dei Mercatanti がある。

彫像

シニョリーア広場には次のような彫像がある。

ギャラリー

脚注・出典

  1. ^ Florence: The City Layout. Encyclopædia Britannica. (2007) 
  2. ^ Italy: Savonarola. Encyclopædia Britannica. (2007) 
  3. ^ ゴシック建築ともいわれている。
  4. ^ a b c Vecchio, Palazzo. Encyclopædia Britannica. (2007) 
  5. ^ 宮下規久朗『欲望の美術史』光文社、2013年、137頁。ISBN 978-4-334-03745-1 
  6. ^ Ammannati, Bartolommeo. Encyclopædia Britannica. (2007) 

外部リンク

座標: 北緯43度46分10.51秒 東経11度15分20.76秒 / 北緯43.7695861度 東経11.2557667度 / 43.7695861; 11.2557667



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