カニウとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > カニウの意味・解説 

カニウ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/09 21:41 UTC 版)

カニウ
Канів
市旗 市章
座標 : 北緯49度44分41秒 東経31度27分21秒 / 北緯49.74472度 東経31.45583度 / 49.74472; 31.45583
歴史
最初の言及 1078年
1796
旧名 ロデニ(Родень)
行政
 ウクライナ
  チェルカースィ州
 市 カニウ
地理
面積  
  市域 17.42 km2
人口
人口 (2012年現在)
  市域 25716[1]
その他
等時帯 東ヨーロッパ時間 (UTC+2)
夏時間 東ヨーロッパ夏時間 (UTC+3)
郵便番号 19000 - 19009
市外局番 +3804736
位置図
カニウ (ウクライナ)
公式ウェブサイト : Офіційний сайт Канівської міської ради

カニウウクライナ語: Канів)はウクライナチェルカースィ州の市(місто)である。行政上はカニウ地区ウクライナ語版の行政中心地であるが、同地区内には含まれていない(地区内の行政単位には含まれず、州の下位区分に位置づけられている)。

地理

カニウはドニプロ川に面し、市内にはカニウ貯水池ウクライナ語版に設置されカニウ水力発電所ウクライナ語版がある。

歴史

街は11世紀キーウ大公ヤロスラウ1世によって建設された。1662年オリシャニツャの戦いウクライナ語版(カニウの戦い)では、ロシア・ツァーリ国(モスコヴィア)のヴォエヴォダ・グリゴリー・ロマノフスキーウクライナ語版と、ザポリージャ・コサックヘーチマンヤキム・ソムコウクライナ語版の軍が、右岸ウクライナユーリー・フメリニツキーウクライナ語版ボフダン・フメリニツキーの子)の連隊を破った。17世紀にこの地のコサックはカニウを放棄し、下ザポリージャへ移った。

1999年12月の市議会で、現行(2025年現在)の市章が採択・承認された。

観光

ウクライナの国民的詩人と評されるタラス・シェウチェンコ(1814年 - 1861年)はサンクトペテルブルクで没し、カニウに埋葬された。市内にはシェフチェンコに関するタラス・シェウチェンコ博物館ウクライナ語版や、タラスの丘ウクライナ語版タラス・シェウチェンコ像などの、彼に関する建築物がある[注 1]

ゆかりの著名人

姉妹都市

以下の都市がカニウと姉妹都市の関係にある[注 2]

脚注

注釈

  1. ^ シェウチェンコ関連以外の博物館・像の一覧はuk:Канів#Культураを参照されたし。
  2. ^ ラテン文字表記は都市の所属する各国語の表記に拠る。

出典

  1. ^ http://www.ck.ukrstat.gov.ua/source/arch/2012/epr_chn_1209.pdf
  2. ^ Võru sõpruslinnad



英和和英テキスト翻訳

英語⇒日本語日本語⇒英語

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「カニウ」の関連用語

カニウのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



カニウのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのカニウ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS