VHS ベータマックスとの規格争い

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VHS

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/14 05:15 UTC 版)

ベータマックスとの規格争い

VHSは、1975年(昭和50年)にソニーが開発・発売した家庭用ビデオベータマックスの対抗規格として脚光を浴びた。約10年間も続いた規格争いビデオ戦争)を制してVHSが生き残った。その要因としてはいくつかある。

共同で規格の充実を図る体制にしたこと
VHS陣営はファミリー形成を重視した展開を行った[11]。これが功を奏し、VHSを採用するメーカーを多数獲得して、共同で規格の充実を図る体制を確立した。また、家電メーカーを獲得したことによりその販売網を利用できた。特に松下電器産業が採用したことが大きい。ベータマックス陣営には家電販売網を持つ東芝などの存在もあったが、松下の販売網の規模と緻密さは大きく影響したと言われている。
量産に適した構造だったこと
VHSは量産に適した構造で、普及期に廉価機の投入など戦略的な商品ラインナップを実現できた[11]。ベータはUマチックと同じUローディング方式をそのまま用いたのに対し、VHSは開発が難航したものの部品点数が少なく生産もしやすいMローディングを採用した[注釈 3]。記録時間を最初から実用的な2時間に設定しその後も長時間化に成功したこと、欧州・米国市場でのOEM供給先を獲得することに成功したこと[11]、などが要因として挙げられる。
耐久性&互換性を重視した設計だったこと
VHSは高画質化よりも長期耐久性や再生互換性を最重要視する設計の規格で、レンタルビデオ市場やセルビデオ市場を創造した。また関連会社の資金提供で映画やAV作品などのタイトルを豊富に作らせ、セルビデオソフト店が無かった黎明期は大手電器販売店の近所に作ったアンテナショップで販売した。
ベータ側の広告戦略の失敗
ベータ規格主幹のソニーによる広告戦略の失敗もあった。1984年(昭和59年)1月25日から4日間、ソニーが主要新聞各紙に広告を連続で掲載し、見出しは「ベータマックスはなくなるの?」「ベータマックスを買うと損するの?」「ベータマックスはこれからどうなるの?」となっており、最終日に「ますます面白くなるベータマックス!」と締めくくる展開であった[11]。これは当時の新製品を告知する逆説的アプローチだったのだが、消費者には理解されず『ベータ終了』と短絡的に捕らえ、これを機にベータ離れが加速された[11]

ビデオソフトのシェアは、1980年にVHSがベータを上回った。1989年(平成元年)頃まではメーカーはVHSとベータを併売していた(一部メーカーは8mmビデオソフトも供給)が、ベータファミリーが崩壊し各社がVHSへと移行した。ソニーも1988年(昭和63年)にVHS/Beta/8mmビデオデッキを併売するようになり、ベータは市場シェアを徐々に落としたことから、ビデオソフトメーカーはビデオソフトをVHSのみで発売するようになり、レンタルビデオ店でもVHSが標準となった。家電量販店などでもビデオデッキはVHSやS-VHSが主流となった。より高画質を求めたベータユーザーはベータソフト供給打ち切り前後を境にレーザーディスク(LD)へと流れて行った。

セルビデオやレンタルビデオのソフトの再生互換性を鑑みて、各社独自仕様のVHSビデオデッキの発売は基本的には許されなかったが、1996年にシャープがダブルチューナを搭載し同時二番組録画・再生対応した「VC-BF80」を発売した。同時二番組録画・再生はVHS方式には規格されておらずVHS方式とは互換性が無く、当該機種で録画されたテープはシャープ製を含め他社VHS機種での再生も当然不可能であった。S-VHS搭載機でも、VHSの録画・再生は可能である。

ベータでは、βI・βIs(5.6 MHz Hi-Band)・βIsSHB(6.0 MHz Hi-Band)・βII(X2)・βIII各モード、Hi-BandBeta(5.6 MHz/βII・βIII)、BetaHi-Fi、ED-Betaなどの規格があったが、VHSはSP(標準)・LP(2倍/日本国内仕様では再生のみ対応)・EP(3倍)、VHSHi-Fi、S-VHSの、録画スピード2種類、映像信号2種類、Hifi信号重畳の有無、の簡素な組み合わせとなっていた。末期には S-VHS-ET、S-VHSDigitalAudio、W-VHS、D-VHSが乱立したが、初号機HR-3300以来のVHS標準モードで録画されたテープは、最終生産機でも再生できた。ベータは初期の標準モード・βIモード専用機種等では、後に開発された長時間モードや高画質・高音質規格で録画されたテープが再生できない環境にあった。VHSではテープカートリッジを小型化した VHS-C、S-VHS-C規格があったが、アダプターを介して据え置き型レコーダーで録画再生が可能であった。

ベータのビデオソフトではハイグレードテープを使用して、磁気保磁力が強い総メタルテープのマスターをスレーブのテープに超高速磁気転写プリントする方式をソニーが1980年代に開発したが、商業的には成功しなかった。VHSでは、画質劣化の少ない等速でのソフトウェア生産作業のために、幅広ヘッド搭載のダビング専用機が発売された。ベータ、VHSともにLDやVHD等のビデオディスクよりも高価なビデオソフト価格であった。1990年代に入り、OTARIがTMD高速熱転写方式による「T-710ビデオ・デュプリケーター」を開発し、VHS・SP(標準)モードで300倍速の高速プリントを実現しソフト製造の高速化が図られたが、同装置は単価の高いクロームテープを使用[12]、販売台数はわずかであった。いずれにしてもビデオソフトの低価格化が進んだ。

VHS対ベータ戦争の火ぶたが切られたとき、ビクターはVHSファミリーの中で技術的問題や生産能力でまだVHSデッキを製造できないメーカーにOEM供給していた。ときには自社ブランドよりOEM供給向けの生産を優先していたこともあるという。それは様々なメーカーで販売することにより他社の販売網を活用できる上、VHSが多数派であるという印象を持たせる狙いもあったと言われる。なお、ソニーもベータファミリー各社の生産体制が整わないうちには自社製品をOEM供給していた。

VHS対ベータ戦争では負けたといわれるソニーだが、VHSで使われる技術にもソニーの保有する特許が多数使われているため、少なからぬライセンス収入があった。これは1969年(昭和44年)のU規格策定時にソニー/日本ビクター/松下電器の3社が結んだクロスライセンス契約が関係している。

両方式の基本的な記録方式である、回転2ヘッドヘリカルスキャン記録は日本ビクターの特許であり、ベータ長時間化での信号処理技術は日本ビクターの特許であった。ソニーはUテープローディング技術を始めとする非常に多数のVTR特許技術を保有していたが、VHSはMローディングであり日本ビクターの特許であった[注釈 4]。しかし色差信号漏話除去はソニーの特許のため、ソニーとクロスライセンスを契約を結んでいなかった日立製作所、三菱電機、シャープ、赤井電機などのVHS陣営各社がVHSビデオデッキを発売した際、ソニーと特許利用契約を結ぶ必要があった[13]。また、磁性材料から含め約28,000件にも達するビデオカセットテープに関する特許技術もソニーがほぼ掌握しており、ソニーとクロスライセンス契約を結んだ松下電器、日本ビクターはVHS方式発売当初、自社によるビデオカセットテープ生産設備を保有をしていなかったため、TDK・富士フイルム・住友スリーエムなどからのOEM供給で凌いでいた。ソニーと特許利用契約を結んだ日立製作所は日立マクセルのOEM供給によりVHSビデオカセットテープを発売。1978年(昭和53年)にソニーがクロスライセンス契約を結んでいないテープメーカーに対しても有償で特許を公開する方針としたため、テープメーカーが独自でVHSおよびBetaビデオカセットテープの発売が可能となった[14]

ビデオ戦争の末期には、ソニー製のVHSビデオデッキを望む声が市場から上がっていた。このことがソニーがVHS方式に参入する一つのきっかけとなっており、VHS・ベータ・8ミリのフルラインナップで「VTRの総合メーカー」を目指す方針に転換した。1988年(昭和63年)にソニーがVHS方式へ参入した際、障壁となるものは全くなかった。松下電器・日本ビクターとはクロスライセンス契約を結んでいたため、VHS参入時、松下電器・日本ビクターへVHS発売の了解を得る必要性すらなかった。実際、Uローディング準じた機構を採用したデッキでは「マッハドライブ」の愛称で出画時間の速さを売り物に宣伝するなど、自社の保有する特許を相当活用していた。

また、当時ソニーの子会社だったアイワ(初代法人)は親会社に先行してVHSに参入していた。最終的な販売台数は、VHS約9億台、ベータ約3500万台とされている。


注釈

  1. ^ 他社も、同じ商標を登録されている。
  2. ^ ただし、一部の高価格帯の機種に関しては標準モード・3倍モードにかかわらず、実際の再生可聴周波数帯域が最高で22,000HzDATレコーダーの48kHz/16bitによる標準モードと同等)まで達していたものも存在していた。
  3. ^ その後VHSでも、1980年代末期に入ると、中級以上の機種ではリニアタイムカウンターの搭載や操作性の改善のため、Uローディングに準じた方式が採用され、停止状態から再生開始時の出画時間の高速化を各社が競うようになった。
  4. ^ このため、ベータでも低価格機種ではMローディングが使われた事例がある。
  5. ^ D-VHSではハイビジョン記録に対応したが、こちらも2008年までに全メーカーが生産を終了している。
  6. ^ 正確には30/1.001Hz

出典

  1. ^ 権威ある「IEEEマイルストーン」に認定 日本ビクター 2006年(平成18年)10月11日
  2. ^ 日経新聞 1978, p. 159.
  3. ^ 2000年4月4日放送 『窓際族が世界規格を作った VHS・執念の逆転劇』。さらに、2021年6月1日 プロジェクトX 4Kリストア版として放送された。
  4. ^ さよならベータ!日本の黒物家電を変えたVHSとの「ビデオ戦争」の顛末
  5. ^ 日経Bizアカデミー 第23回 VHS対ベータ 規格統一思惑外れる 録音時間の短さもハンディ”. 2018年5月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月12日閲覧。
  6. ^ 「どん底事業部、世界一を生み出す」日本経済新聞2014年11月13日夕刊14面
  7. ^ 日経新聞 1978, p. 85.
  8. ^ a b c “国内勢のVHSデッキ生産終了 最後の船井電機、時代に幕”. 産経新聞. (2016年7月26日). https://www.sankei.com/article/20160726-IXN63WSZCBKDFFWQW3L3SQA2BM/ 
  9. ^ a b “VHSのビデオデッキ、ついに生産終了…「続けて」とファンの声殺到、大切に撮りためた思い出ビデオはどうする?”. 産経新聞. (2016年8月17日). https://www.sankei.com/article/20160817-ZBTJN2XZEROBDLKE4T36G6A6W4/ 
  10. ^ “今後5年をかけて新“VHSデッキ”を開発…どんな需要を想定しているのか開発企業に聞いた”. FNNプライムオンライン. (2021年8月11日). https://www.fnn.jp/articles/-/222602 2021年8月14日閲覧。 
  11. ^ a b c d e Sony History 第2部 第2章 規格戦争に巻き込まれた秘蔵っ子、ソニー
  12. ^ [1] オタリ株式会社 製品情報
  13. ^ 日経新聞 1978, p. 64.
  14. ^ 日経新聞 1978, pp. 180–184.
  15. ^ 2007年度業績見直しについて (PDF) 日本ビクター 2007年5月30日
  16. ^ S-VHSビデオデッキ販売終了のご案内 日本ビクター 2008年1月15日
  17. ^ 日本ビクター、ビデオデッキの生産終了 NIKKEI NET日経産業新聞 2008年10月27日
    ビクター、単体VHSビデオデッキの生産を終了 -DVD/VHS複合機などを継続展開 AV Watch 2008年10月27日
  18. ^ “VHS録再機の国内向け生産終了 パナソニック”. 日本経済新聞. (2012年2月10日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD100BX_Q2A210C1TJ2000/ 2014年1月14日閲覧。 
  19. ^ “テレビは16型、ビデオは家庭用 友寄塁審「確認できないので判定通り」”. スポーツニッポン. (2012年5月20日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/05/20/kiji/K20120520003289570.html 2012年5月20日閲覧。 
  20. ^ RVP-100の公式発表リリースPDF
  21. ^ VHSビデオ機生産に幕 国内勢最後の船井電機、7月末で 日本経済新聞 2016年7月14日
  22. ^ ビデオテープレコーダー [A-900PCM]』(プレスリリース)公益財団法人日本デザイン振興会https://www.g-mark.org/award/describe/126102019年9月29日閲覧 



V/H/S シンドローム

(VHS から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/14 16:45 UTC 版)

V/H/S シンドローム』(ブイ・エイチ・エス シンドローム、原題:V/H/S)は、2012年制作のアメリカ合衆国ホラー映画




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