F-15E (航空機)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/21 03:43 UTC 版)
世界のF-15E
ベースとなったF-15は、アメリカ空軍さえ安価なF-16とのハイ・ロー・ミックスを強いられる程の高価な機体であり、裕福な親米国への輸出に限られたこと、本機は強力な対地攻撃能力を持つことから、アメリカ政府は当初、輸出に慎重だった。
しかし現在では、本機の性能を上回るF-22が登場したこと(納入先はアメリカのみ)により、F-15Eをベースとした派生型を積極的に売り込む姿勢を見せている。F-15Aの登場から30年以上を経て、多くの新型戦闘機が登場した現在では、むしろF-15Eは他の戦闘機に比べて相対的に低価格とみなされ、採用例も多くなった。
デジタル・フライ・バイ・ワイヤを採用したF-15SA以降のモデルはアドバンスドイーグル(Advanced Eagle)とも呼ばれ、形式に「アドバンスド(Advanced)」を意味するAが入っている。
サウジアラビア
1993年にF-15Eを海外で初めて採用したサウジアラビア空軍へは、F-15Sが輸出されている。F-15Sはレーダーの能力低下(グランドマッピングモード廃止、合成開口モードの精度の低下などのダウングレードを施したAN/APG-70Sを搭載)、AN/AWG-27 PACSからの一部の兵装運用能力の削除、AN/ASW-51自動操縦装置からの地形追従モードの削除、航法装置のダウングレード(GPSを民間グレードに変更)、TEWS(戦術電子戦システム)やECMのダウングレードなどF-15Eの戦闘能力に大きなダウングレードが加えられている。搭載する照準システムもLANTIRNのダウングレード型であるAN/AAQ-19シャープシューター照準用ポッド・AN/AAQ-20パスファインダー航法用ポッドを搭載する。導入機数は72機で、内最初の24機は空対空戦闘に特化されており、残りの48機は対地攻撃能力を持つマルチロール型となっている[57]。搭載するエンジンはF100-PW-229で、塗装はC/D型と同じ制空迷彩である。
国情から海外のエアショーへの展示やマスコミへの公開がないため、運用状況に不明な点が多いが、後にスマート兵器の携行能力付加などの能力向上改修を実施しており、2007年からはF110-GE-129C(後述)へのエンジン換装を行っている[58]。
また、2011年12月には新規製造のF-15SAを84機購入し、70機のF-15SをSA仕様に能力向上させる契約を結んだ[59]。F-15SAはF-15Eの最新型で、AN/APG-63(V)3 AESAレーダーやデジタル式電子戦システム[注 18](DEWS[注 19])、電子光学式偵察システムであるDB-110デジタル式偵察ポッドや赤外線捜索追跡装置など、F-15SGよりさらに一歩進んだ装備を搭載している[60]。操縦系に関しても最新のデジタル・フライ・バイ・ワイヤに換装されており、この恩恵で主翼外側のステーション1およびステーション9のECMポッド用ハードポイントを空対空ミサイル用として開放したことで、従来の最大8発に加えてさらに4発の空対空ミサイルを追加装備できるようになっている[61]。さらに、これに加えて内側のステーション2およびステーション8にあるミサイル用ランチャーを倍化して空対空ミサイルを最大16発搭載した画像も公開されている[62]。搭載する照準システムは、LANTIRNのAN/AAQ-13航法ポッドとAN/AAQ-33スナイパーXR目標指示ポッドの組み合わせとなっている。F-15SAは2013年2月20日に初飛行し[63]、2017年1月25日には配備されて間もない機体が披露された[64][65]。
イスラエル
イスラエル空軍は、ヨム・キプール戦争によるピース・フォックス計画からF-15を導入しているが、1994年のピース・フォックスVでF-15Eに若干の改修を加えたF-15I ラーム(Ra'am[注 20])を25機導入している。機体はイスラエル空軍の従来のF-15A/B/C/Dや米軍のF-15Eとも異なる、砂漠迷彩の塗装が施されている。
エンジンはF100-PW-229を採用。TEWSはイスラエルが独自開発の電子戦システムを搭載することを要求したため、代わりにイスラエル製のエリスラSPS-2110IEWSが搭載されている。そのほかDASHヘルメットマウントサイトの運用能力付加、独自のセントラルコンピューターやGPS/INS航法システム、データリンクシステムの組み込みを実施している。
LANTIRNは当初供与されなかった(これを補う形で独自開発したのがライトニングで、F-15Iが運用することもある)が、後に輸出が承認され、運用している。後にエルビット・システムズが開発したDASHヘルメット内蔵式照準装置の運用能力が追加され、UAVの管制能力も付加されている。更に2016年1月には構造の変更、アクティブフェーズドアレイレーダー(AN/APG-82 (V)1と推定される)を含むアビオニクスの更新、不特定の新しい兵器システムの追加などを実施する改修が承認されている[66]。
配備状況としては、1機が飛行運用試験部隊である第601飛行隊 (テルノフ空軍基地) に配備された他は、全て第69飛行隊"ハンマーズ・スコードロン" (ハツェリム空軍基地) に集中配備されている。
更なる追加購入も検討中である。1999年には最初の追加購入が検討されたが、費用対効果などの観点からF-16I スーファが採用されたため実現しなかった。2018年11月にはF-35の補完用としてF-15IAを購入すると報道されたが[67]、否定され最終決定は下されなかった[68]。その後はF-35と併せF-15Xについても情報要請を行っているものの、予算の関係上どちらか一方となる見込み[69]だったが、2020年になってF-35の追加機と共にF-15IAを購入することが決定された。機数は25機で、既存のF-15Iも25機をIA相当に改修する計画である[70]。
韓国
- 概要
F-4(F-4DとF-4Eの一部)の後継機選定の第1次F-Xにおいて、F-15Eはラファール、Su-35、タイフーンと共に選考対象となり、ラファールとの比較となった最終選考の結果、2002年3月にF-15K スラムイーグルとして採用され[注 21]、機体単価約1億300万ドル(約126億円)での調達が決定された。
2004年10月に初号機が完成しており、2005年3月に初飛行している。同年10月には引渡しが開始され、2008年10月にはF-15K計40機(実際には1機失われたので39機)の配備を完了している。また、第2次調達分として総事業費2兆3,000億ウォンで21機(当初20機の予定だったが、交渉の結果損耗補充用として1機追加)を発注しており、こちらはF-15K41と呼ばれている。F-15K41は2010年4月に初飛行しており、同年9月には引渡しが始められている。
- 機体
基本的にはE型を踏襲しているが、韓国の要求に合わせて大きな改修が加えられている。エンジンは第1次F-X調達分はF110-GE-129を韓国のSTW(サムスン・テックウィン)社がライセンス生産したF110-STW-129、第2次調達分ではF100-PW-229EEP(EEPはEnhanced Engine Packageの略)を搭載している。前部胴体や主翼など機体の一部は韓国国内で製造されている。
兵装面ではAIM-9Xの運用能力を標準で備えているほか、AGM-84ハープーン空対艦ミサイルとAGM-84Eスタンドオフ空対地ミサイルSLAM-ERの運用能力が加えられ、対艦攻撃能力を得たことでより一層の多目的化を果たしている。だが、SLAM-ERを誘導するためのデータリンク周波数帯は既に第3世代携帯電話の通信媒体IMT-2000で使用され、かつ8割を超える携帯電話の普及率から周波数帯が既に枯渇状態となっていたため、韓国空軍はボーイング社と周波数変更などの協議を行った。結局、周波数の変更には約100万ドルの費用(SLAM-ER 2発分)と1年の期間を必要とするため、有事の際は、国民に混乱を来たす懸念を甘受して一部の携帯電話回線を停波させてSLAM-ERに周波数を割り振ることに決定した。2006年には実際にSLAM-ERの発射試験が行われ、目標に直撃している。また、同年、高度20,000ftからのJDAM3発の投下試験において全弾目標の2.1m以内に命中しており、着実に運用の実績を積み重ねている。
アビオニクス面では、E型より進歩した装備を搭載する。レーダーとしては対地攻撃機能が付加され、地上移動目標捜索(GMTS)、地上移動目標追跡(GMTT)などのモードを備えたAN/APG-63(V)1を搭載。電子戦装備としてはTEWSの最新型であるAN/ALQ-135Mを装備し、ALR-56C(V)1レーダー警報受信機、AN/ALE-47チャフ・フレア・ディスペンサーを装備している。セントラルコンピュータはE-227以降の米軍向けF-15Eと同様先進表示コア処理装置(ADCP)となっており、処理速度が向上している。搭載する照準システムとしては、第3世代の航法・目標照準ポッドとして、ロッキード・マーチン社が開発したタイガーアイを装備しており、航法ポッドはAN/AAQ-20、目標指示ポッドはAN/AAQ-14を搭載している。タイガーアイは、LANTIRNシステムをさらに発展させたものであり、航法用ポッドには中波赤外線を使用した前方監視赤外線(FLIR)と地形追随レーダー、目標指示ポッドには電荷結合素子(CCD)TV、40,000ftレーザー、長距離赤外線捜索追跡(IRST)システムの機能を有しており、長距離からの精密誘導空対地兵器の使用を可能としている。また、2011年からはスナイパーATPの輸出型パンテーラを装備している。
そのほか、ナイトビジョン対応コックピット、統合型質問/トランスポンダー、統合ヘルメット装着キューイング・システム(JHMCS)、6インチカラー液晶ディスプレイ、2重の結合型全地球測位システム/慣性航法装置(GPS/INS)、新戦術航法装置(TACAN)、飛行データ記録装置、デジタル式ビデオ録画装置、AN/ARC-232VHF/UHF通信機の装備と更新が行われている[71]。一方で誤差範囲を10mから1mに縮めることが可能なDPPDB[注 22]というソフトウェアはインストールされていない。韓国はこの問題に関してアメリカに支援を要請し、アメリカは難色を示したが解決の方向に向けて交渉を行ったという。また、TDL-K計画に基づき、韓国空軍の新しい標準戦術データ・リンクとなる予定のリンク 16に対応するため、統合戦術情報伝達システム(JTIDS)を搭載しているが、現時点ではまだ地上側設備も整っておらず、F-15K同士以外では、烏山市の中央防空統制所(MCRC)やボーイング737 AEW&C機、韓国海軍のイージス艦である世宗大王級駆逐艦とリンクできるのみの状態となっている。
2011年10月にはタイガー・アイを韓国が無断で分解し、リバースエンジニアリングした疑いがあるとして、アメリカ国防省が調査に乗り出す事態になっていた事が判明している[72]。しかしながら調査の結果、アメリカは韓国空軍が機材の取り扱いで違法な事をしていなかったと結論付けて、決着している[73]。
- 事故
2006年6月、韓国大邱基地から単独で離陸し、日本海上空で夜間飛行訓練を実施していた5号機がレーダー監視からの消失後、浦項沖北西48km地点に墜落した[注 23]。墜落原因はパイロットが対G訓練不足によるG-LOC[注 24]により気絶したためとされている[注 25]。
2007年2月に大邱基地で牽引走行中、通過したマンホールが地盤の不良により抜けて右主脚を落下させ、破損した右主翼の修理が行われる事故が発生した[74][75][76]。
2010年7月21日には、後席に試乗した韓国空軍大学総長(少将)の誤操作によりタキシング中に非常射出を行い、機体修復に10億ウォンを要する損害を被るという稀な事故も起きている[77]。
2018年4月5日13時半頃に大邱基地から離陸し任務を終え帰還中のF-15Kが、14時38分に慶尚北道漆谷郡にある遊鶴山に墜落し、搭乗者2名が死亡した。F-15Kの墜落は2006年に続いて12年ぶりであった[78][79]。
-
着陸するF-15K
-
離陸直後のF-15K
シンガポール
シンガポール空軍では、2005年9月にA-4SUの後継機としてF-15SG[注 26]を12機(後に追加され24機)導入することが決定され、2008年11月には初号機がロールアウトしており、2010年4月にシンガポールのバヤレバ基地に最初の5機が到着して配備が始まっている。2014年8月24日には16機を追加調達したことが報じられた[80]。
F-15SGは基本的に韓国向けのF-15Kと同じだが、レーダーはAN/APG-63(V)3 AESAレーダーを搭載しており(ただし、走査能力など一部の機能がダウングレードされている)、照準ポッドとしてスナイパーATPの輸出型パンテーラを搭載、エンジンは信頼性向上型のF110-GE-129Cを採用している。また、コックピット側面にミサイル警報装置が追加されており、以降のモデルにも踏襲されている。機体の一部はF-15Kと同じく韓国で製造されている。
カタール
2016年11月にはカタール空軍がF-15QA72機を211億ドルの予算で導入することが発表された[81]が、2017年には米国防総省が36機を60億ドルで売却すると発表した[82]。F-15QAは2020年4月14日に90分の試験飛行に成功した[83]。愛称はアバビル[84]。
F-15SAをベースに両方のコックピットに新しい10 x 19インチの大面積ディスプレイを追加しこれに対応する形で先進ディスプレイコアプロセッサ(ADCP)IIを装備、HUDもロープロファイルのものを最初に搭載する。レーダーとしてはF-15Eの近代化改修で搭載が開始されているAN/APG-82(v)1を装備する[85]。
注釈
- ^ 参考:B-29爆撃機:9,000kg。F-22やF-35は胴体内爆弾槽のみを使用するステルス機であるため、搭載量は若干減少している
- ^ ストライクイーグルは製造者が名付けた愛称で、実際のイーグルドライバーらは「爆弾を搭載できるイーグル(ボム・イーグル)」ということで「ビーグル(Beagle)」(ビーグル犬とも掛けている)と呼んでいたらしい。ただしアメリカ空軍の正式愛称はイーグルを用いる
- ^ 戦後の調査ではスカッドと誤認してダミーやタンクローリーを破壊していた場合も多々あり、高速の戦闘機の夜間視認能力の限界を示す結果となっている
- ^ プロトタイプはコンフォーマル・フューエル・タンクの標準装備と爆装を施しただけであり、大幅改修は受けていない
- ^ 当時は炭素繊維材料の加工技術が未成熟であったためF-16XLの生産コストを押し上げていた
- ^ 夜間爆撃の際に敵からの視認を避けるため。諸外国ではこの限りではないことが多い
- ^ これは、F-22やF-35以上に長い飛行寿命である。例を挙げれば、F-15Cで半分の8,000時間、F-16で4分の1の4,000時間であり、単純計算で年205時間(米空軍の平均年間飛行時間[1])飛行したとして約78年、戦時投入で酷使すると想定し年400時間使用したとしても、約40年の使用に耐えられる計算である
- ^ 作動モードは、ストア、ジャイロコンパス(GC)、航法(NAV)の3つがあり、ストアは最後にINSを使用した時の航法データなどをそのまま呼び出して使用する。
- ^ 湾岸戦争時点で、地形追従レーダーを搭載して山間部など複雑な地形での夜間飛行が可能であった戦闘爆撃機はF-111と就役直後に投入されたF-15Eのみである
- ^ 88-1689号機、88-1692号機の2機。両機のパイロット・WSO共に生還している
- ^ シーモアジョンソン空軍基地の第336戦闘飛行隊に所属するF-15Eには愛称が付いているものがあり、湾岸戦争当時イラクの大統領であったサダム・フセインの名前を捩った「サダムハンターズ(Saddam Hunters)」なる愛称の機体(88-1706号機)や、「イラク・フリーダム(Iraq Freedom)」と言った愛称の機体(89-0485号機、88-1700号機など複数)が存在する。
- ^ 同機はアメリカ空軍のF-15全シリーズ中最初に10,000飛行時間に到達した機体となった。
- ^ Very High Speed Integrated Circuitry Central Computer Plus:超高速統合回路セントラルコンピュータプラス
- ^ Advanced Display Core Processor II:先進ディスプレイコアプロセッサII
- ^ Eagle Passive Active Warning and Survivability System:イーグルパッシブアクティブ警告および生存システム
- ^ Joint Mission Planning System:統合ミッション計画システム
- ^ Operational Flight Program
- ^ デジタル無線周波数メモリ(DRFM)技術を使用した全デジタルの電子戦システムで敵レーダーの周波数を解析して同周波数の電波を発信、自機位置を欺瞞するディセプション・ジャミングが可能である
- ^ Digitel Electronic Warfare Suite:デジタル電子戦スイート
- ^ ラームとは稲妻の意
- ^ しばしば軍事系などのサイトで誤解して記載されがちであるが、このスラムとは貧民窟を意味するスラム(Slum)ではなく、打撃を加えることを意味するSlamである
- ^ Digital Point Positioning Data Base:精密映像位置提供地形情報
- ^ 翌日に搭乗者2名の遺体が海上で発見された
- ^ (Gravity-Loss of Consciousness 急上昇することで体に重力(G)が掛かり、パイロットの脳に流れる血液が著しく減少し視界が暗くなるブラックアウト現象となること
- ^ 事前の訓練を実施している上、操縦士は総飛行時間1,900時間以上のベテランパイロットであったためG-LOCを起こす可能性は低いなどの疑問は残されたまま、空間識失調を起こした可能性も指摘されている
- ^ 当初予定されていた形式番号はF-15Tであったが、これはF-15Sがサウジアラビア向けの機体に割り当てられたためである
- ^ 日本は他のF-15運用国と異なりF-15E型ベースの機体を運用していないものの、唯一、機体全体のライセンス生産(F-15J/DJ:三菱重工業)を実施している
- ^ 外見は同様と言えども改設計により内部の互換性がほとんどない点や、使用機材が韓国(DPPDBなど)やイスラエル(LANTIRN)の例のように輸出規制に抵触した結果、F-15J/DJ同様に国産アビオニクスによる代替を余儀なくされる可能性が残るため、利点とは言い難いする意見もあった
出典
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- ^ a b 月刊「エアワールド」1990年5月号p69~p70
- ^ PICTURES: Boeing unveils upgraded F-15 Silent Eagle with fifth-generation features
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