黒木香
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/02/23 01:16 UTC 版)
| プロフィール | |
|---|---|
| 生年月日: | 1965年1月21日 |
| 現年齢: | 48歳 |
| 出身地: | |
| 血液型: | A型 |
| 公称サイズ(出典不明) | |
| 身長 / 体重: | 161 cm / ― kg |
| スリーサイズ: | 83 - 53 - 86 cm |
| 活動 | |
| ジャンル: | アダルトビデオ |
| AV出演: | 1986年 |
| 他の活動: | タレント |
目次 |
経歴
鹿児島県鹿屋市出身。女子学院高等学校卒業後、横浜国立大学に入学[2]、イタリア美術を専攻。同校在籍中の1986年、イタリア留学の費用を自ら工面するためアダルトビデオ(AV)デビュー。デビュー作『SMぽいの好き』(クリスタル映像)が異例の大ヒット。AVファンだけでなく、一般にもその名を知られるようになる。
当時女子大生がAV進出することは珍しい時代ではなくなっていたが、大学名を公開した現役の国立大学の学生の出演は異例であった。ゴールデンタイムのテレビ番組にも出演。「良家の令嬢」でありながら卑猥な言葉を連呼し、16歳以降剃ったことのないというわき毛を大胆に露出して、絶頂時にはホラ貝を吹き鳴らすという意外性は、当時一世を風靡した。
なお、学業については、一躍有名になってしまい多忙が続いたことや多々の理由で通学が困難になり、長期欠席状態が続いたため横浜国立大学教育学部美術学科を除籍されたという[3]。
一人称は「わたくし」で、「私思いますに…でございます」という上品な言葉遣い[2]、話し方ではあったが、その内容は言葉の端々に性交に関することを織り交ぜていた。
村西とおるとは愛人関係にあった[1][2]。村西が実質的な経営者だったダイヤモンド映像の系列会社・ビックマンの取締役にもなり、村西が東京・渋谷に出店した高級焼肉店「香貴苑」のママにもなったが[4]、村西と“村西のギャラの不払い”により別れたあと引退。1994年、東京都中野区のホテルの2階から転落したが、一命を取りとめる[2]。この後、病院に入院してリハビリに励んだ。
その後も消息を報じるマスメディアが絶えなかったが、1999年に流出したビデオの内容を掲載した『週刊現代』や『アサヒ芸能』の発行元をプライバシー侵害で訴えたのをはじめ、2002年に近況を報じた『女性セブン』、2004年に近況と写真を掲載した『週刊ポスト』の各発行元を同様にプライバシー侵害で訴え、いずれも2006年に勝訴した[5]。
作品
アダルトビデオ
- SMぽいの好き (クリスタル映像、1986年10月2日)
- 愛虐の宴 (クリスタル映像、1986年11月13日)
- SM隷奴 (スタジオ418、1986年12月15日)…「黒木薫」として出演
主演作品は上記3作のみ。他助演、部分出演作品多数
出演
テレビドラマ
バラエティ
- ^ a b 『CREA』1994年6月号のインタビュー記事(井田真木子著「旬の自画像」「フォーカスな人たち」に再録)には、実際は1961年6月2日生まれであることを読み取れる記述がある。
- ^ a b c d BUBKAダイヤモンド 消えたアイドルは今500連発. コアマガジン. (2010-08-28). p. 145. ISBN 978-4-86252-898-8.
- ^ 「週刊新潮」1990年8月16・23日号で本人が明かしている。
- ^ 本橋信宏「村西とおるを奪い合ったAV女優たち」『新潮45』2006年6月号
- ^ 夕刊フジ「黒木香さんの記事「プライバシー侵害」220万賠償命令」2006/05/24
固有名詞の分類
黒木香に関連した本
- 自堕落にもほどがある 黒木 香 ネスコ
- 分子から材料まで どんどんつながる高分子 断片的な知識を整理する 渡邊 順次 丸善
- 怪談実話 FKB 饗宴2 (恐怖文庫) 朱野 帰子 竹書房
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