都営バス 車両

都営バス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/08/22 00:40 UTC 版)

車両

車両全般

都営バスでは、いすゞ自動車日野自動車日産ディーゼル(当時、現「UDトラックス」)三菱ふそうトラック・バスの4社によって製造または販売された車両を導入している。従来は営業所毎に指定車(品川=日野、渋谷=三菱ふそう、小滝橋=いすゞ、江東=日デなど)があったが、ノンステップ車の導入や入札制度、三菱ふそうリコール隠しによる指名停止処分、UDトラックスのバス製造販売からの撤退などにより近年では指定車種の原則が崩れており、現在では一部の営業所・支所を除き全メーカーを保有している。

また、リフト車・RH01専用車以外のホイールベースはすべて短尺(三菱は-K、いすゞは-Lなど)である。

一般路線車両のカラーリングは、戦後に採用されたカラーを初代として、2代目は都電を基調としたキャピタルクリーム。1968年に採用された3代目は、水色とクリーム色を基調としたツートンカラーで、採用当時の都知事である美濃部亮吉にちなみ「美濃部カラー」と呼ばれた。1980年には、冷房車であることを示す色として4代目となる黄色と赤のツートンカラーが採用され、同じく採用当時の都知事である鈴木俊一にちなみ「鈴木カラー」と呼ばれたが、あまりにも派手すぎたため、1982年に5代目となる「ナックルライン」へと変更された。

低床化

車両の低床化には平成の初期から取り組み、1990年度に最初の超低床バスであるスロープ付バス「都市型超低床バス」が8両導入され、新宿営業所(現・新宿支所)を始めとする5営業所に配置された。1991年には前年度のスロープに代えてリフトを搭載した「リフト付超低床バス」が導入され、1995年度まで続いた。2009年2月に全廃。1996年度末に新宿にノンステップバス2台が試験配属される一方、1994年度から試験的に使用し、床面の高さを従来の850mmから650mmにして低床化を図った「らくらくステップバス」にリフトを追加した「リフト付新低床バス」も導入されたが、1997年以降のノンステップバス導入でこの1回限りに終わる。だが、リフトなしの「らくらくステップバス」は1998年まで継続投入された。1997年度以降はノンステップバスが投入され、ツーステップ一般車は1998年度分として1999年6月の投入が最後となった。1999年度からはすべてノンステップバスに統一され、2013年4月1日をもって全車両のノンステップバス化が達成された[12]

2001年度 - 2003年度に関しては日野・三菱・日産ディーゼル製の中型ベースのロング車を投入した。これは当初らくらくステップバスも合わせた形で車両計画を立てていたが、障害者団体の反対を受けたため、急遽全車両をノンステップバスとすることとなった予算的な制約の面も大きかった。

しかし、中型ベースでホイールベースをストレッチして大型車として導入したことにより、積み残し、パワー不足、乗り心地の悪さなどの問題が発生したことや、中型車クラスで乗客を輸送できる路線が少なくなって来た影響もあり、2004年度以降は基本的に大型車の導入へと変更された。例外は2008年度に青梅支所へと導入された中型車のみ。また、コスト削減のため1メーカーから1車種を大量購入するようになった。詳しくは下記に記載する。

低公害化

都営バスは、かなり早い時期から低公害車の導入に積極的で、最初に投入された低公害車は1972年11月から1978年3月まで試験走行した「電気バス」である。いわゆる「自家発電」をしながらバッテリーも併用して走行するディーゼル・エレクトリックとシリーズハイブリッドの中間型だったが、試験終了後に他の低公害車が投入されることはなかった。その後、都営バスにおける低公害化は1991年に杉並へ試験導入された日野自動車製ハイブリッドバス「HIMR」まで待つ事となる。1992年以降は日野以外にも、いすゞ自動車「CHASSE」や三菱ふそう「MBECS」、日産ディーゼル「ERIP」といった蓄圧式ハイブリッドバスなどを数多く導入した[13]。この他、日デといすゞのCNGバスを1994年に南千住と深川に初導入し、1995年に臨海、1996年度に北に増備、後年にはノンステップバスとして深川・北・そして新宿にも投入された。

その他、低年式車(旧型車)の低公害化対策として、燃料をLPG併用に改造した車両も存在した。2000年には、港南でS-50相当の低硫黄軽油が導入され、あわせて連続再生式DPFの実証実験が行われた。2003年には、深川に燃料電池バス(FCHV-BUS)を配属させ、海01・東16で試験運行したことが話題となった。

2005年度前期投入車[14]は、音声合成の種類で車種を決めている。クラリオン製を使用している営業所・支所は日野・ブルーリボンIIレシップ製を採用している営業所・支所はいすゞ・エルガをそれぞれ配属させた。いずれの車種も平成16年排出ガス規制(PJ-代、新短期規制)に適合している。
後期には日デ車を指定とする営業所・支所に限り、尿素SCRシステムを搭載した日デ車が導入された。これ以降導入される車両は、平成17年排出ガス規制(新長期規制)に適合している。

2006年度は日デ・スペースランナーRAが品川・渋谷・大塚・南千住・巣鴨・江戸川・青梅などの日デ車非指定所まで配属された。CNGノンステップ車も導入されるが、これは2003年度以来の三菱ふそう・エアロスターで、北・臨海・深川に配属されたが、北投入分は2011年に臨海に転属した。

2007年度は日野・ブルーリボンIIを導入。平成27年燃費基準に適合したモデルで、ヘッドランプの形状が2005年度前期投入車と異なる。長らく日デ車指定だった江東・北・小滝橋に配属され、特に小滝橋は4年ぶりに新車が配属されるとともに、同所初のLED式行先表示器を装備した車両となり、初の日野車配置になった青戸・練馬にも投入された。同年度にはさらに、日野・ブルーリボンシティハイブリッドを5両導入、渋谷営業所の2両では世界初となる第2世代バイオディーゼル燃料(BHD)を配合した軽油の実証実験も行われた。

2008年度は2006年度と同一車種の導入。同車は小滝橋・千住・早稲田(2009年に深川から転入)にも配属されたが、一部の営業所には日野・ブルーリボンシティハイブリッドを配属させ、青梅には中型車の代替で都営バス初となるいすゞ・エルガミオが配属された。

2009年度は販売会社の入札の関係上いすゞ・エルガが導入され、長らく新車・転属車を含めて日野車しか配属されなかった杉並をはじめ、28年ぶりのいすゞ製新車として北にも配属された。同年度には非接触給電装置を搭載したIPTハイブリッド車の実証運行が深川営業所で行われ、2011年にも実施された。

2010年度は三菱ふそう製のニューエアロスター(LKG-MP37FK)が導入され、三菱車は2006年以来4年ぶり、CNGを除くとL代以来7年ぶり。三菱車の配置がこれまでなかった品川・江東・杉並・小滝橋などにも配置された。また小滝橋営業所でGTLの実証実験が行われた。

2011年度も三菱ふそう製のニューエアロスターが導入。これも、品川・江東など、三菱と縁のない営業所に導入された。また、この年度は、青梅支所に所属していたエルガミオを築地市場循環(市01)に防水・前乗り改造を施したうえ転用し、その穴埋めで各地の中型ロング車を青梅に代替転入するという大規模な車両の動きもあった。

2012年度は3年ぶりにいすゞ・エルガ(QPG-LV234L3) が導入され、その後にエルガハイブリッド(QQG-LV234L3)が導入された。

2013年度は2年ぶりに三菱ふそう製のニューエアロスター(QKG-MP37FK)が導入された。

廃車車両の譲渡

茨城交通への譲渡車
大田原市営バスへの譲渡車  (元G-B737)
東日本大震災に伴う被災地支援としてミヤコーバスに譲渡された車両(元A-E880)
東日本大震災に伴う被災地支援として岩手県交通に譲渡された車両(元L-E406)

都営バスではこれまで、排出ガス規制などで廃車となった車両を資源の有効活用という観点から地方の事業者に売却・譲渡していた。しかし、石原慎太郎知事(当時)が地方の環境問題についての指摘を受けたことが発端で環境対策を抜本的に改革すべきとの意見が高まり、2005年度より売却を取り止め、原則15条抹消となった(CNGバスは排出ガス規制対象外のため延命して使用)。

なお人道的支援においては例外とされ、実際にスマトラ沖地震による津波の被害でスリランカ国民の足であるバスが被災したため、スリランカ政府の要請もあり、177両の車両が無償譲渡された例がある。また、G代の特定車はまだ運用できる事を見込み、日立自動車交通へ売却された。他にスクールバスは運用が教育・福祉目的であることや特注車両であることから、購入年度の新しい数台は地方の事業者に譲渡されている。また例外として、いわゆる80条バスである大田原市営バスへ、グリーンライナーとして使用されていたB代のキュービックが譲渡されていた。

一般路線車は現在の排ガス規制適応車になったことから2008年度より地方事業者への譲渡を再び開始した。この時に譲渡されたバスは鹿児島交通などが該当する。ただし、純粋なディーゼル車は「排気ガス排出低減装置をつける」という条件を掲示していた。

一方、この件に対して中古バス市場では車両価格が急騰される事態となったこととともに、これまで老朽化された旧型車両を置き換える目的に整備状態の良い都営バスの中古車を購入し続けて来た地方の一般路線バス事業者からはまだ使える車両が購入できなくなるなどの問題が起きていた。

2011年3月11日東日本大震災が発生し、被災地の宮城交通岩手県交通ではバスが津波に流されるなどの被害を受けた。東京都では被災地支援のために2011年度に廃車予定の車両のうち62台を無償で譲渡することとなった[15]。内訳は宮城交通[16]に約30台、岩手県交通に約20台の予定。

その第一弾として、2011年6月22日、2台が宮城交通と岩手県交通へ譲渡のために都庁で出発式を行った[17]

被災地では、車両被災に伴う台数の不足や鉄道不通による代替輸送などでバスが必要となり、改めて譲渡を呼びかけている。

また、2012年8月30日には、北海道夕張市からの支援要請に応え、大型ノンステップバスを1両譲渡する旨の協定を締結、今後(9月18日以降)車両の引き渡しが行われる予定となっている[18]。 さらに、石原知事の辞任後、都議会の平成25年予算特別委員会で、今後廃車する車両がすべて排出ガス規制に適合することから、中古車両として売却し有効活用を図るとしている[19]

局番

都営バスでは、車両の識別のため、「局番」と呼ばれる以下のような車両番号が車体側面に表記されている。

A- S 125 (品川)
営業所の
固有アルファベット
年式 固有番号 営業所
(例2)W-C851(青梅)
(例3)B-P001

最初の英字は前述した営業所の記号であり、上記例1ではBで渋谷営業所、例2ではWで青梅支所となる。ハイフン以降後のアルファベットは導入年度、3桁の数字のうち百の位はその車の区分を示し、1 - 7は一般車(中型ロング車を含む)、0は貸切車とコミュニティバス、8は中型車、9は特殊車(スクールバス)に割り当てられる。十の位と一の位は通し番号となっているが、42・49は忌み番として使われない(ただし、A414(3代)・C101(3代)など欠番もある)。貸切車は番号の後の営業所表記は省略される。

導入年度とアルファベットの関係は以下のようになるが、数字と似ているI・J・O・Q・Uを除く21字が用いられている。
年は年度、色は排ガス規制(S-B615(NE-)、R-A450(KC-)、N-P535(PJ-)、H-D221(記号なし)など例外あり):規制記号付記前、K-P-U-KC-KK-・KL-PJ-ADG-PKG-・BDG-・PDG-・BJG-LJG-・LKG-QQG-・QKG-を示している。
太字は全車廃車、イタリックは一部廃車。

A:195719741994
B:195819741995
C:195919751996
D:196019761997
E:196119771998
F:196219781999
G:19631979(昭和54年6月投入分)/1979(昭和55年2月投入分)、2000
H:196419802001
K:196519812002
L:196619822003
M:19661983(昭和58年7月分)/1983(昭和59年2月投入分)、2004
N:196719842005(いすゞ・日野)/2005(UDトラックス)
P:196719852006
R:196819862007
S:196819872008
T:196919882009
V:196919892010
W:197019902011
X:197119912012
Y:197119922013
Z:197219932014


[ヘルプ]
  1. ^ 2012年度までは23区全てに路線があったが、同年度末をもって目黒区を走行する路線から撤退。同区は唯一都営バスが走らない区となった。
  2. ^ 青梅地区では一部埼玉県飯能市内も運行。多摩地域では青梅市のほか青梅街道上を西東京市まで運行する。
  3. ^ これまでに委託された営業所・支所は、2003年:杉並支所、2004年:臨海支所、2006年:青戸支所、2008年:港南支所、2009年:新宿支所。
  4. ^ この円太郎とは乗合馬車の時代にスターになった落語家4代目橘家圓太郎のことである。乗合馬車は、御者がラッパを吹きながら乗合馬車を進ませた。4代圓太郎は、寄席で自らが高座に入場する際に、パロディで、馬車の御者のラッパを吹きながら入場した(入場テーマ曲替わりか)。バカウケした。圓太郎は一躍スターとなり、(馬車が「円太郎」と呼ばれただけでなく)自身も「ラッパの圓太郎」の異名をつけられた。
  5. ^ 2011年6月29日の東京新聞28面より。
  6. ^ “「俺が俺が」作家では通じた傲慢さ、為政者だと致命傷”. 産経新聞. (2013年12月21日). http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/131221/crm13122110220000-n3.htm 2013年12月21日閲覧。 
  7. ^ 「都バス、24時間運行に」 一部は年内実施、猪瀬知事、朝日新聞(2013年4月16日)、2013年4月16日閲覧。
  8. ^ 東京駅発の場合、通常は八重洲口にある東16の乗り場だが、場合によっては道路向かい側の住友生命ビル前〈旧・銀ブラバス停留所〉となる。また、ビッグサイトも親路線である東16と別の乗り場が専用に設置されているが、小規模の場合は東16(臨時急行)扱いで運行され(幕は国展01を使用)、通常路線と同じ乗り場を使用する。主催者が運賃を支払う貸切扱いの便では丸の内北口発着で運行されることがある。
  9. ^ 通過の場合は国展02が運行される。ただし、停留所は一つ隣の「豊洲一丁目」を使用する事が多い。
  10. ^ 経路は国展系統の東雲駅前交差点を左折せず、海01と同じ有明テニスの森経由。なお、JR京葉線への乗換停留所である越中島には停車しない。
  11. ^ 臨時便の運行終了について(2012年7月23日 東京都交通局プレスリリース)
  12. ^ 都営バスの車両がすべてノンステップバスになります(2013年3月25日 東京都交通局プレスリリース)
  13. ^ 日野車は1998年のE代車で一時中断、2007年のR代車(ブルーリボンシティハイブリッド)で再開。日野車以外は1993年 - 1997年に導入した。
  14. ^ 早稲田の三井物産の性能虚偽報告によるDPF装着車と入れ替えられた車両。
  15. ^ 東京緊急対策2011(東京都 2011年6月3日)
  16. ^ 子会社のミヤコーバスを含む。
  17. ^ 東日本大震災に対する東京都の支援について(被災地に対する都営バスの譲渡について)(2011年6月20日 東京都交通局プレスリリース)
  18. ^ 夕張市への支援について(都営バスの譲渡)(2012年8月27日 東京都交通局プレスリリース)
  19. ^ 平成二十五年 予算特別委員会速記録第四号速報版〔原田大〕
  20. ^ 商標登録番号第4441142号
  21. ^ バス共通カードは、発売終了まで乗務員より購入が可能であった。
  22. ^ バス共通カードのサービス終了について(2009年12月22日 東京都交通局プレスリリース)
  23. ^ a b 乗継割引カード及び都バス都電専用Tカードの取り扱い終了について(2010年1月13日 東京都交通局プレスリリース)
  24. ^ 和田秀樹2006『「新中流」の誕生---ポスト階層分化社会を探る』(中央公論新社)






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