遺伝子工学 遺伝子工学の概要

遺伝子工学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/05/15 05:10 UTC 版)

概要

DNAを分離し、操作し、細胞もしくは生物に再導入して、そのDNAが増殖できるようにする過程からなる。有用なタンパク質を発現させることや、生物に新たな形質を導入することなどを目的とする。細胞融合クローン技術などとともに、バイオテクノロジーと総称される。

なお、生物で自然に起こる過程としてのDNAの組換えについては、遺伝的組換えを参照のこと。

一部の例を挙げれば、細菌培養細胞によるホルモンインスリンエリスロポエチンなど)の生産、除草剤耐性などの性質を与えた遺伝子組換え作物、遺伝子操作を施した研究用マウストランスジェニックマウス)、また人間を対象とした遺伝子治療の試みなどがある。このような遺伝子操作産物を目的とする応用のほかに、生物学医学研究の一環(実験技術)としての遺伝子操作も盛んに行われている。

タンパク質はDNA上の特別な配列である遺伝子によって決定されるから、遺伝子DNAの操作によってタンパク質に変更を加えることができる。その一つの方法として、遺伝子を含むDNA断片を分離し、遺伝子を切り出して、他のDNAの部分に導入するものがある。

1970年代初頭までに、DNAを特定の位置で切断する制限酵素、DNA断片をつなぎ合わせるDNAリガーゼ、DNAを細胞に導入する形質転換の技術が開発され、これらが組換えDNA技術の基礎となった。さらに1980年代にはポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって目的とする遺伝子の複製が容易に行えるようになり、遺伝子工学はますます利用範囲を広げた。

2015年にはCRISPRを用いた世界初のヒト受精卵の遺伝子操作が中華人民共和国で行われ、国際的な波紋を起こした[1][2]

遺伝子工学の危険性と規制

1970年代の遺伝子工学の発展により、生物学・医学に対する無限の可能性が生まれたと多くの研究者が考えたのに対し、バイオハザードの現実的危険を訴える声も挙がり、倫理的問題も指摘された。ポール・バーグによる最初の本格的な遺伝子組換え実験を契機として、1975年アシロマ会議で遺伝子組換え実験の規制に関する議論が行われ[3]、その後の自主的規制の基礎的枠組みが構築された[4]

2003年には生物多様性保護の観点からカルタヘナ議定書が締結され、現在締約国はこれに基づく法的規制(日本ではカルタヘナ法)を行っている。

CRISPR/Cas9をはじめとした、ゲノム編集技術に対しては、ヒトの受精卵等の生殖細胞についての倫理的な懸念がもたれていたが、着床させる操作が国際的な学会の合意により自主規制されることになった[5]。但し、定期的に規制を見直すべきとも述べられている[6]。なお、日本国内に限れば、厚生労働省によるガイドラインで、生殖細胞と受精卵の遺伝子改変を着床の是非に関わらず全面的に禁止している[7]

遺伝子組換え体の菌種の培養容量は20リットル以内に制限されている[8]。一方、突然変異体であればこのような培養容量の制限は無い[8]

応用

最初の遺伝子組換え医薬はヒトのインスリンで、アメリカで1982年に承認された[9]。もう一つの初期の応用例にはヒト成長ホルモンがある[10]が、これは以前には遺体から抽出されていたものである。1986年には最初のヒト用組換えワクチンであるB型肝炎ワクチンが承認された。これ以後、多くの遺伝子組換えによる医薬・ワクチンが導入されている。

このほかに遺伝子工学の応用としてよく知られるのは、すでに実用化されている遺伝子組換え作物などを含む遺伝子組換え生物(GMO)である。まだ実用化はされていないが有望視され研究されているものに、経口用ワクチンやアレルギー治療用ペプチドを、作物で安価に生産する試みがある。

ヒトを遺伝的に「改良」することは倫理上の重大問題だとする意見がある一方、体の一部の細胞に必要な遺伝子を導入して(生物種としてのヒトを変えることにはならない)不足・欠失している機能を補う遺伝子治療は有望視され、すでに治験段階に入ったものもある。




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  1. ^ ヒト受精卵に世界初の遺伝子操作-中国チーム、国際的な物議”. ウォール・ストリート・ジャーナル (2015年4月24日). 2015年11月30日閲覧。
  2. ^ Don’t edit the human germ line”. ネイチャー (2015年3月12日). 2015年11月30日閲覧。
  3. ^ Paul Berg and Maxine F. Singer (1995). “The recombinant DNA controversy: Twenty years later” (PDF). Proc. Natl. Acad. Sci. 92: 9011-9013. http://www.pnas.org/content/92/20/9011.short 2015年12月15日閲覧。. 
  4. ^ Paul Berg, David Baltimore, Sydney Brenner, Richard O. Roblin III, and Maxine F. Singer (1975). “Summary Statement of the Asilomar Conference on Recombinant DNA Molecules” (PDF). Proc. Nat. Acad. Sci. 72 (6): 1981-1984. http://www.pnas.org/content/72/6/1981.short 2015年12月15日閲覧。. 
  5. ^ 小林哲,竹石涼子 (2015年12月5日). “ゲノム編集、受精卵も容認 米英中の科学者団体が声明”. 朝日新聞社. 2015年12月13日閲覧。
  6. ^ 川合智之 (2015年12月4日). “生殖目的のゲノム編集「使用禁止を」 米英中の科学者団体”. 日経. 2015年12月13日閲覧。
  7. ^ 「第七 生殖細胞等の遺伝的改変の禁止」遺伝子治療等臨床研究に関する指針 (PDF)”. 厚生労働省 (2015年8月12日). 2015年12月18日閲覧。
  8. ^ a b 第二種使用等に関する措置 大量培養実験(第3号) (PDF)” (2016年3月2日). 2016年3月2日閲覧。
  9. ^ 松本邦夫 (2013年). “シンポジウムの序: 生理活性タンパク質・医薬・ベンチャー アカデミア創薬の心・技・体 [(富山大学和漢医薬学総合研究所金沢大学がん進展制御研究所ジョイントセミナー, 第 3 回)] (PDF)”. 2015年12月15日閲覧。
  10. ^ 石川 雅敏「ジェネンテック社におけるイノベーションのダイナミクス (PDF) 」 、『研究技術計画』第22巻3/4、研究・技術計画学会、2007年、 212-219頁、2015年12月15日閲覧。


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