谷川岳宙吊り遺体収容 谷川岳宙吊り遺体収容の概要

谷川岳宙吊り遺体収容

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/07/10 08:06 UTC 版)

当事故の宙吊り遺体
一ノ倉沢(2003年6月撮影)

遭難

1960年昭和35年)9月19日、群馬県警察谷川岳警備隊に一ノ倉沢の通称「衝立岩(ついたていわ)」と呼ばれる部分で救助を求める声が聞こえたとの通報があり、警備隊が現場に急行したところ、衝立岩正面岩壁上部からおよそ200m付近でザイルで宙吊りになっている2名の登山者を発見した。

2名は前日に入山した神奈川県横浜にある蝸牛山岳会の会員で、20歳と23歳の男性だった。発見時、遠方からの双眼鏡による観測で2名が既に死亡していることが確認された。両名死亡のため遭難原因は不明だが、なんらかの理由でスリップしたものとされている。

遺体収容

現場となった衝立岩正面岩壁は、当時登頂に成功したのは前年の1例のみという超級の難所で、そこに接近して遺体を収容するのは二次遭難の危険が高く不可能と思われた。

当初は所属山岳会の会員らから、油に浸したボロ布を巻いた長い鉄棒でザイルを焼き切る案が出されたが、岩壁からロープまでの距離も長く、検討の結果不可能と判断。所属山岳会や2人の両親のたっての願いで、遺体を宙吊りにしているザイルを銃撃により切断し、遺体を収容することになった。

9月24日に陸上自衛隊相馬原駐屯地から第1偵察中隊の狙撃部隊が召致され、軽機関銃ライフル銃など計12丁を持ち込み銃撃を試みた。銃を撃つ場所からザイルまでの距離は数百メートルもあり、射撃特級の資格所持者が揃っていてもザイルの切断は難航を極めた。2時間で1000発以上の小銃軽機関銃弾丸を消費したものの成功しなかった。その後、狙撃銃でザイルと岩の接地部分を銃撃することで切断に成功、遺体を収容した。最終的に消費した弾丸は1300発に上る。この場面は自衛隊関係者、山岳会関係者のほか報道関係者が見守った。

遺体が滑落する様子はフィルムに記録されており、当時のニュース映画では「あまりに痛ましい遺体収容作業」だったと語られている。この映像は日本産モンド映画『日本の夜 女・女・女物語』劇中に使われ、予告編でも見ることが出来る。

参考文献




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