西山事件 西山事件の概要

西山事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/07/17 08:22 UTC 版)

最高裁判所判例
事件名 国家公務員法違反被告事件
事件番号 昭和51(あ)1581
昭和53年5月31日
判例集 第32巻3号457頁
裁判要旨
報道機関が、公務員に対し、秘密を漏示するようにそそのかしたからといって、直ちに当該行為の違法性が推定されるものではなく、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き、正当な業務行為である。当初から、秘密文書を入手するための手段として利用する意図で女性の公務員と肉体関係を持ち、同女が右関係のため被告人の依頼を拒み難い心理状態に陥ったことに乗じて秘密文書を持ち出させたなど、取材対象者の人格を著しく蹂躪した本件取材行為は正当な取材活動の範囲を逸脱するものである。
第一小法廷
裁判長 岸盛一
陪席裁判官 岸上康夫、団藤重光藤崎萬里、本山亨
意見
多数意見 全員一致
意見 なし
反対意見 なし
参照法条
国家公務員法100条1項、国家公務員法109条12号、国家公務員法111条、裁判所法3条1項、憲法21条1項、刑法35条
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概要

第3次佐藤内閣当時、米リチャード・ニクソン政権との沖縄返還協定に際し、公式発表では米国が支払うことになっていた地権者に対する土地原状回復費400万ドルを、実際には日本政府が肩代わりして米国に支払うという密約をしているとの情報をつかみ、毎日新聞社政治部の西山が日本社会党議員に漏洩した。

政府は密約を否定。東京地方検察庁特別捜査部は、西山が情報目当てに既婚の外務省事務官に近づき酒を飲ませ泥酔させた上で性交渉を結んだとして、情報源の事務官を国家公務員法(機密漏洩の罪)、西山を国家公務員法(教唆の罪)で逮捕した。これにより、報道の自由を盾に取材活動の正当性を主張していた毎日新聞は、かえって世論から一斉に倫理的非難を浴びることになった。

裁判においても、起訴理由は「国家機密の漏洩行為」であるため、審理は当然にその手段である機密資料の入手方法に終始し、密約の真相究明は検察側からは行われなかった。西山が逮捕され、社会的に注目される中、密約自体の追及は完全に色褪せてしまった。また、取材で得た情報を自社の報道媒体で明白に報道する前に一国会議員に流して国会における政府追及材料とさせたり、ニュースソースの秘匿が不完全だったために情報提供者の逮捕を招いたことも、ジャーナリズムの上で問題となった。

経緯

第3次佐藤内閣の1971年、日米間で結ばれた沖縄返還協定に際し、「アメリカが地権者に支払う土地現状復旧費用400万ドル(時価で約12億円)を日本政府がアメリカに秘密裏に支払う[2]」密約が存在するとの情報を、検察側の主張に拠れば西山は女性事務官に酒を飲ませて泥酔させた上で半ば強制的に肉体関係を結び、その関係を基に外務省極秘電文のコピーを盗み出させ、これを得た。これは蔵相福田赳夫米財務長官デヴィッド・M・ケネディとの会談内容であった[3]。表向きの返還交渉は外相愛知揆一米国務長官ウィリアム・ピアース・ロジャーズ英語版が行ったが、細かい金のやりとりは福田とケネディが交渉に当たった。人目を避けるため、福田とケネディはバージニア州のフェアフィールドパークにある密談のための施設で交渉した。その結果、日本は米国の施設引き渡し費用、および終戦直後の対日経済援助への謝意として、3000万ドルを支払った。西山が知るところとなった400万ドルはその一部であった。

1972年、日本社会党の横路孝弘楢崎弥之助は西山が提供した外務省極秘電文のコピーを手に国会で追及した。この事実は大きな反響を呼び、世論は日本政府を強く批判した。政府は外務省極秘電文コピーが本物であることを認めた上で密約を否定し、一方で情報源がどこかを内密に突き止めた[4]。首相佐藤は西山と女性事務官の不倫関係を掴むと、「ガーンと一発やってやるか」(3月29日)と一転して強気に出た。西山と女性事務官は外務省の機密文書を漏らしたとして、4月4日に国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで逮捕、起訴された。

当初は他紙も、西山を逮捕した日本政府を言論弾圧として非難し、西山を擁護していたが、佐藤は「そういうこと(言論の自由)でくるならオレは戦うよ」「料理屋で女性と会っているというが、都合悪くないかね」(4月6日)と不倫関係を匂わせてはねつけ、さらに4月8日には、参議院予算委員会で「国家の秘密はあるのであり、機密保護法制定はぜひ必要だ。この事件の関連でいうのではないが、かねての持論である」と主張した。『週刊新潮』によって不倫関係がスクープされ、当時の東京地検特捜部の検事佐藤道夫が書いた起訴状に2人の男女関係を暴露する「ひそかに情を通じ、これを利用して」という言葉が記載されて、状況が一変したといわれる。起訴状が提出された日、毎日新聞は夕刊に「本社見解とおわび」を掲載、その中で「両者の関係をもって、知る権利の基本であるニュース取材に制限を加えたり新聞の自由を束縛するような意図があるとすればこれは問題のすりかえと考えざるを得ません。われわれは西山記者の私行についておわびするとともに、同時に、問題の本質を見失うことなく主張すべきは主張する態度にかわりのないことを重ねて申述べます」としたが、実際は以後この問題の追及を一切やめた[5]

その後は『週刊新潮』が「“機密漏洩事件…美しい日本の美しくない日本人”」という新聞批判の大キャンペーンを張った他、女性誌、テレビのワイドショーなどが、西山と女性事務官が双方とも既婚者でありながら、西山は肉体関係を武器に情報を得ていたとして連日批判を展開し、世論は一転して西山と女性事務官を非難する論調一色になった。裁判においても、審理は男女関係の問題、機密資料の入手方法の問題に終始した。




  1. ^ 沖縄返還密約事件を追って――封印を解く歴史ドキュメンタリー
  2. ^ アメリカが負担する義務があったが、アメリカの議会は反対していた。
  3. ^ 福田赳夫 『回顧九十年』 岩波書店(原著1995年3月)、pp. 182-185。ISBN 9784000028165
  4. ^ 西山が機密文書をコピーする際に取材源を秘匿しなかったため、漏洩元が女性事務官であることはすぐに露呈した。
  5. ^ なお、当時の西山の直属の上司(政治部デスク)は現政治評論家の三宅久之である。
  6. ^ しかし、西山の弁護人の反対尋問で、「(個人的な間柄が切れたのは)九月十四、五日ごろだということですが、それに間違いないでしょうか」と聞かれると、「もっと早い時期ではなかったかと記憶しているんですけれども、わたくしの記憶違いかも知れません」と答えている。
  7. ^ 『週刊新潮』1974年2月7日号、女性事務官「私の告白」。他、『週刊ポスト』2月15日号、『女性セブン』2月20日号、『女性自身』3月22日号でも女性事務官の夫が同様の主張をした。
  8. ^ 例外として、西山側の証人となった渡邉恒雄による「「西山事件」の証人として…渡辺恒雄/××さん「聖女」説にみる論理的矛盾」(『週刊読売』1974年2月16日号)がある。記事原文は実名
  9. ^ 沖縄返還35年目の真実 〜政府が今もひた隠す"密約"の正体〜”. ザ・スクープスペシャル. テレビ朝日 (2006年12月10日). 2010年1月24日閲覧。
  10. ^ a b 最高裁判所第一小法廷判決 1978年5月31日 、昭和51(あ)1581、『国家公務員法違反被告事件』。
  11. ^ 亀井 週刊新潮「50年」と沖縄密約報道
  12. ^ ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊); 共同著作者 (2008年8月23日). “沖縄返還秘密合意を裏付ける文書を9月早々、公開請求!”. 情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊). 2008年8月23日閲覧。
  13. ^ “元毎日記者の敗訴確定=「西山事件」賠償訴訟-最高裁”. 時事通信社. (2008年9月2日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=200809/2008090200761 2008年9月6日閲覧。 
  14. ^ “「密約」文書の公開請求/県内外記者ら63人/沖縄返還3通指定”. 沖縄タイムス. (2008年9月3日). http://www.okinawatimes.co.jp/news/2008-09-03-M_1-027-1_001.html?PSID=73ce6f983400fe9f1ec375245581fdfb 2008年9月3日閲覧。 
  15. ^ “沖縄密約文書「不存在」外務・財務省”. 琉球新報. (2008年10月4日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-136813-storytopic-3.html 2010年1月24日閲覧。 
  16. ^ http://blogos.com/article/90514/
  17. ^ a b シリーズ「言論は大丈夫か」第13弾“国のウソ、回避する司法””. サンデー・プロジェクト. テレビ朝日 (2008年8月24日). 2010年1月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月24日閲覧。
  18. ^ 内閣府 森内閣府特命担当大臣記者会見要旨 平成25年10月22日
  19. ^ 『毎日新聞』内田久光 秘密保護法案:森担当相「処罰対象は西山事件に匹敵」 2013年10月22日 23時20分(最終更新 10月23日 12時21分)
  20. ^ a b c 最高裁・高裁判決理由文による。
  21. ^ “沖縄密約開示訴訟:吉野文六氏出廷へ、12月に証人尋問”. 毎日新聞. (2009年8月26日). オリジナル2009年8月29日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/20090829231500/mainichi.jp/area/okinawa/news/20090826rky00m040005000c.html 
  22. ^ “機密文書、溶かして固めてトイレットペーパーに 外務省”. 朝日新聞: p. 1. (2009年7月11日). http://www.asahi.com/politics/update/0711/TKY200907100424.html 
  23. ^ “機密文書、溶かして固めてトイレットペーパーに 外務省”. 朝日新聞: p. 2. (2009年7月11日). http://www.asahi.com/politics/update/0711/TKY200907100424_01.html 
  24. ^ 2010年12月には、外交文書公開により、原本か写しかは不明だが密約関係の機密扱い訓電3通が焼却処分されていた事が判明した。沖縄返還密約の文書焼却か 痕跡示すメモ発見 朝日新聞2010年12月23日
  25. ^ “岡田外相、「核密約」調査を命令 日米会談でも説明へ”. 朝日新聞. (2009年9月17日). http://www.asahi.com/politics/update/0917/TKY200909160442.html 2010年1月24日閲覧。 
  26. ^ 遠藤誠二; 坂口明 (2009年9月18日). “日米核密約 新局面へ”. しんぶん赤旗 (日本共産党). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik09/2009-09-18/2009091803_01_1.html 2010年1月24日閲覧。 (外務大臣命令「いわゆる『密約』問題に関する調査命令について」の全文あり)
  27. ^ “日米密約:「歴史歪曲は国民の損失」吉野さん声詰まらせ”. 毎日新聞. (2009年12月2日). オリジナル2009年12月4日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/20091204124900/mainichi.jp/select/world/news/20091202k0000m010098000c.html 
  28. ^ “沖縄密約「文書に署名した」 元外務省局長、法廷で証言”. 朝日新聞. (2009年12月1日). http://www.asahi.com/politics/update/1202/TKY200912010530.html 2009年12月1日閲覧。 
  29. ^ 池田龍夫 (2009年12月27日). “大詰めの「沖縄返還密約文書開示訴訟」”. マスコミ9条の会ブログ. 2010年1月24日閲覧。
  30. ^ “核密約文書、佐藤元首相邸に……”. 読売新聞. (2009年12月22日). オリジナル2009年12月25日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/20091225111627/www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091222-OYT1T00775.htm 2009年12月22日閲覧。 
  31. ^ 沖縄密約訴訟:東京地裁で結審…判決は4月9日毎日.jp
  32. ^ 核密約調査:岡田外相「3月に結果」毎日.jp
  33. ^ 沖縄返還、最大密約は施設工事費 講演で西山太吉氏共同通信2010年2月27日
  34. ^ 沖縄返還「密約」文書、東京地裁が開示命じる読売新聞2010年4月9日
  35. ^ 沖縄返還文書 日米密約の存在認め開示命令 東京地裁朝日新聞2010年4月9日
  36. ^ 密約開示判決 「歴史に残る」 西山さん改めて講演で強調(毎日新聞 4月10日21時6分配信)
  37. ^ 読売新聞 (2010年4月22日). “沖縄密約訴訟、判決不服として国が控訴”. 2010年4月23日閲覧。
  38. ^ 沖縄返還・安保改定などの外交文書公開へ 外務省22日 朝日新聞2010年12月7日
  39. ^ 密約暴いた西山元記者「やっと出たか…」 外交文書公開 朝日新聞2010年12月22日
  40. ^ 西山事件「手際よく処理」 米が日本の対応評価 東京新聞2011年2月18日
  41. ^ 貴省に対する公開質問書の提出及び回答要請に関する件―密約情報公開訴訟原告共同代表より玄葉光一郎外務大臣宛 News for the People in Japan
  42. ^ Mitsuyaku: Gaimushô kimitsu rôei jiken (Internet Movie Database)


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