街路樹
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/16 22:00 UTC 版)
概説
街路樹は主に高木のことを指すが、低木・地被植物も含む[2]。
日本語には、並(なら)んで立っている木々を指す「並木(なみき)」という表現があり[3][注 1]、街路樹の多くは市街地の道路に沿って複数並んで立っていることが多いので、そうした街路樹群を市街並木(しがいなみき)と呼ぶこともある[注 2]。
都市の美観の向上や道路環境の保全、歩行者等に日陰を提供することなどが目的である。一般に、歩道の車道寄りや中央分離帯に植えられる。街路には多くの制約があり、必ずしも等間隔で木が並んでいるわけではない。道の左右において非対称であることも多く、道の片側にしかない場合もある。
古くは今から3000年ほど前に、インドのカルカッタ(コルカタ)からアフガニスタンまでを結ぶ、大幹道に街路樹が設けられたという。(→歴史)
街路樹の法的な位置付けは国ごとに異なる。
歴史
世界で最も古い街路樹は、約3000年前にヒマラヤ山麓に造られた街路、グランド・トランク・ロード(Grand Trunk Road)に列植された樹木とされる。グランド・トランク・ロードは、インドのカルカッタ(コルカタ)からアフガニスタン国境につながる幹線街路で、一部に石が敷かれ、道の左右と中央に樹木が列植された。また、中国でも約2500年前の周代には、既に壮大な街路樹や並木が造られていた。
日本では、神功皇后が豊浦宮へ行幸、駅路を定めた際にクスノキを植えて作られた並木が初の街路樹とされるが、正確な時期や場所は特定されていない[4]。6世紀後半の敏達天皇の治世に、難波の市にクワの並木を作ったとされ、8世紀半ばの聖武天皇の治世には、平城京にタチバナとヤナギの並木が作られた。また、光明皇后は貧しい人が飢えないよう、都大路にモモとナシの木を植えて並木道にしたと言われる。
さらに、754年(天平勝宝6年)に帰朝した遣唐使の僧・普照は、唐の諸制度とともに、並木・街路樹の状況も奏上した。普照の奏状には、「道路は百姓(当時の用語では、一般大衆の意味)が絶えず行き来しているから、樹があればその傍らで休息することができ、夏は暑さを避け、飢えれば果樹の実を採って食べることができる」と記された[5]。これを受けて、759年(天平宝字3年)、太政官符で畿内七道諸国駅路の両辺に果樹となる並木・街路樹の植栽を決めた[6]。これが日本における行政主導の街路樹のはじめである[6]。
8世紀後半の桓武天皇の治世には、平安京にヤナギとエンジュが約17メートル間隔に植えられ、地方にも果樹の並木が植栽された。鎌倉時代にはサクラ、ウメ、スギ、ヤナギの並木が植えられた。戦国時代には、織田信長が旅人の安全、快適な交通を確保するために並木道を作ったと言われる。
江戸時代には、五街道など道路網が整備され、マツ、スギ、ケヤキなどが植えられた。街道には並木が作られるとともに、1里(約4キロメートル)ごとに一里塚が造られ、距離の目印、休憩場所として利用されるようになった。また市街地の川沿いの道などにはヤナギやマツが植えられた。約1万2500本が現存する日光杉並木(現在の栃木県)はギネス世界記録に認定されている[7]。
欧米では、1615年にアムステルダムが環状運河計画の中に建物・交通機関・樹木を定め、欧米初の公的に街路樹を計画した都市となった。パリでは1670年に城壁を壊して大通りを建設した際に、モミジバスズカケノキの街路樹が植えられた。アメリカ合衆国では、1700年からフィラデルフィアが街路樹の植樹を率先して行った[8]。
幕末の開国後には、1867年(慶応3年)、横浜市の馬車道にヤナギとマツが植えられた(1979年、横浜市は馬車道に石碑「近代街路樹発祥之地」を建てた。これに対し、近代の定義が曖昧な事に疑問を呈する人々もいる)。
東京の都市緑化事業での街路樹は、1874年(明治7年)、銀座通りにサクラとクロマツが植えられたのが始まりである。しかし、木の成長が悪く、1884年(明治17年)にシダレヤナギに植え替えられた。1906年(明治39年)に長岡安平が林学博士・白沢保美と子爵・福羽逸人(ふくばいつせん)に計画依頼し、街路樹の改良計画が急速に進展した。1907年(明治40年)、両者により街路樹の改良計画が立てられる。10樹種が街路樹として選定・植栽され、現在の街路樹の元となり、今まで継承される樹種の基本となった。
スズカケノキ、イチョウ、ユリノキ、アオギリ、トチノキ、トウカエデ、エンジュ、ミズキ、トネリコ、アカメガシワ(以上10種)
東京・明治神宮外苑で大正時代に植えられたイチョウ並木のように、建物(聖徳記念絵画館)と組み合わせた景観を計算されて街路樹を整備する取り組みも行われた。
1919年(大正8年)に定められた街路構造令では、歩車道分離に加えて街路樹の整備も盛り込まれた。 1926年(大正15年)11月28日に完成式典が行われた第一京浜(現国道15号)改修工事の東京都区間では、街路樹にプラタナスやアカシアが用いられた[9]。
樹種の選択
街路は木にとって楽な環境ではない。自動車の排気ガスを浴びることが障害の筆頭で、植えられる土が狭く固い場合(そうならない方が例外である)には、それも問題になる。これらには耐性が強い樹種と弱い樹種がある。20世紀後半から各地で街路樹に夜間の電飾をかけるようになったが、これも木にとっては負担要素である。成長すると、交通信号機や道路標識の視認を確保するため、枝を払う必要が出てくるが、これにも耐性の違いがある。さらに気候の適性があり、木の寿命の長さも考慮の要素である。以上のように様々な要素が組み合わさるが、結果として現代では落葉樹、広葉樹が好まれている。
街路樹の寿命は7年から13年ともいわれている。公園や自生林よりも寿命が短い原因として、化学物質の多さ、栄養分・微生物・酸素・水分の不足などがあげられる。水分や養分を吸収するひげ根の多くが地下30センチ以内にあるため、それが痛むと枯れ始める。このため、街路樹に適している樹種は水や酸素の少ない環境に適応しているものが多い。欧米で古くから街路樹となっているモミジバスズカケノキ、モミジバフウ、ヌマスギ、アメリカハナノキなどは、本来は氾濫原に生息しており酸素不足の状態に適応している。河川域で生息していたイチョウが街路樹に向いているのも、同様の理由が考えられる[10]。
ただ、樹種選択のせいで直ちに失敗する例は少なく、たいていの木はある程度の負荷に耐えうる。また、いずれにせよ樹木とて不老不死ではない。そこで、不利な種を厳しく排除することなく、様々な街路樹を認める考えがある。21世紀初めには、その土地に昔から自生してきた樹種を優先しようという考えも登場している。
また、後述のように街路樹には効果と弊害が存在する。効果自体が、裏返せば、弊害そのものであることもある(例:風を防ぐ→風通しが悪くなる→汚れた空気・においがこもる、熱がこもり暑くなる)。効果の大きい木ほど弊害(被害)が大きくなることもある。従って、効果を大義名分に樹種を選択し植栽すると、後に大きな弊害をもたらし、各種公共事業で批判されているように、効果以上の多大な弊害、税金の無駄遣い、維持費不足などの問題が発生する恐れがある。そのため、将来を見据え弊害を回避した選択・植栽を心がけることは、その木が効果を本当に発揮することにもつながる。
注釈
- ^ 並んで立っている樹木を「並木」と呼ぶ。市街地になくても、例えば田舎の野原に並んで立っている樹木も「並木」である。
- ^ ただし並んで立っていない樹木は一般に「市街並木」とは呼ばれない。
- ^ 一例として、東京都調布市による調布駅前再開発の変更がある。「地下駐輪場建設を断念 調布駅前 市民反発で市長表明」『毎日新聞』朝刊2018年11月27日(東京面)2018年12月5日閲覧。
- ^ 札幌市では、街路樹の予算は2000年には剪定・管理に約7億9000万円が計上されたが、2008年は約6億6000万円になった。これに反比例して、本数は5万本以上増えている。剪定を年1回に減らして経費を節約するしかなく、一度の剪定で効果があるよう短く切らざるを得ない(札幌市環境局)。
『毎日新聞』2008年10月5日 北海道朝刊
出典
- ^ 『大辞泉』「街路樹」
- ^ “街路樹の種類”. かがわの街路樹. 国土交通省 四国地方整備局 香川河川国道事務所. 2016年1月24日閲覧。
- ^ 『広辞苑』第六版
- ^ 森脇竜雄、今泉英一「がいろじゅ」『新版 林業百科事典』第2版第5刷 p76 日本林業技術協会 1984年(昭和59年)発行
- ^ 武部健一 2015, p. 33.
- ^ a b 武部健一 2015, p. 32.
- ^ 日光杉並木と保護活動(オーナー制度)日光東照宮ホームページ(2018年12月5日閲覧)。
- ^ クレイン 2014, p. 293.
- ^ 「品川から六郷橋まで第一京浜国道改修開通」『時事新報』1926年11月29日(大正ニュース事典編纂委員会 『大正ニュース事典第7巻 大正14年-大正15年』本編p.494 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
- ^ クレイン 2014, pp. 296–297.
- ^ “街路樹:街路樹の管理”. 豊橋市 都市計画部 公園緑地課. 2016年1月24日閲覧。
- ^ “ムーブ!の疑問:「道路特定財源 こんなところに使われていた」”. ムーブ!. 朝日放送 (2006年12月14日放送). 2016年1月24日閲覧。
- ^ “月刊ニュースがわかる:まちの緑・街路樹の今昔/1.どんな木が多い”. 毎日.jp. オリジナルの2013年5月2日時点におけるアーカイブ。 2010年11月17日閲覧。
- ^ “街路樹20年で50万本減 専門家「ビッグモーター肯定しないが…」:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞. 2023年11月3日閲覧。
- ^ 国総研資料 第 1246 号
- ^ a b c d e f g h “街路樹は必要ですか?”. 地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 森林研究本部 林業試験場. 2020年1月10日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s “街路樹などの道路の緑化はどのような目的で行われているのですか?”. 道の相談室. 国土交通省道路局. 2016年1月24日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “街路樹の植栽及び維持管理におけるCO2排出量推計に関する調査” (PDF). 国土交通省 国土技術政策総合研究所 防災・メンテナンス基盤研究センター 緑化生態研究室. 2016年1月24日閲覧。
- ^ a b c d 北国のみどり情報局 街路樹の話 苗木生産者の視点から見た街路樹の功罪、剪定・移植例など
- ^ a b c d 堺市 「市民の声」Q&A 街路樹のあり方について 交通安全・災害対策などを考慮した街路樹の選定・剪定など[リンク切れ]
- ^ a b c d e f g h “緑は欲しいが 落ち葉はイヤだ!”. 難問解決!ご近所の底力. NHK (2004年12月9日). 2004年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年1月24日閲覧。 行政が植えた街路樹が大きく成長したことによる弊害とその解決法の考察
- ^ a b c 街路樹診断協会
- ^ a b c マイエコニュース 『毎日新聞』2008年6月25日 東京朝刊 街路樹の事故にスポットを当てた国際シンポジウムが東京・大阪で開催[リンク切れ]
- ^ 【ハッシュタグ#】街路樹にも高齢化問題/コスト増や倒木…首都圏自治体悩む/点検や植え替え急ぐ『日本経済新聞』朝刊2018年12月1日(東京・首都圏経済面)2018年12月5日閲覧。
- ^ 竜巻に巻き込まれた映像を入手 愛知 豊橋 | NHKニュース (2017年8月17日) 2017年8月7日、台風が接近する中発生した風速65メートルにも達する竜巻で、中央分離帯の樹木が根こそぎ倒れる。
- ^ 大阪市発注の街路樹維持管理業務を巡る不正入札事件で大阪市課長ら逮捕 『産経新聞』2006年1月12日。
- ^ 絶景の並木道で何が?全国から殺到!大人気スポットが無法地帯に|特集|VOICE|MBS公式 (2016年12月5日) 『冬のソナタ』に登場した並木道に似たマキノ高原のメタセコイアの並木道に車道の真ん中まで出て撮影する人が続出。
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