行政法 行政法の概要

行政法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/07 02:24 UTC 版)

概説

行政法とは「行政に関する法」あるいは「行政に特殊固有な法」をいう[2]。行政法は「民法」や「商法」のように単独の法典が存在しているわけではなく行政に関連する法律の総称をいう[2]

行政の定義については行政#行政法学上の定義参照。

行政と法

行政の観念は元来は法と無関係であった[3]。治山・治水・都市造成など政策の実施は国家の成立とともに行われてきたもので法律の根拠が必要とされていたわけではない[3]。近代以前の行政は法が支配しているわけではなく、人の支配による専断的な政治が行われており、封建領主や専制君主は一方的に行政を執行していた[3]

法治主義(ほうちしゅぎ)とは、「国家のあらゆる社会活動は、法に従わなければならない」という原則をいう。したがって、行政における法治主義(法治行政の原理(ほうちぎょうせいのげんり))は、行政活動は、その担当者の恣意や行政部外者からの圧迫(暴行や脅迫等を含む)によってではなく、客観的な法に従って行わなければならないという一種の規範的要請を意味する[4]

法治行政の原理はドイツを中心とする大陸法系諸国で発達した[5]。法治行政の原理でいう「法」は立法府の制定する法律を意味し、法律によって行政の恣意や専断を防ぐという趣旨に基づく[5]。法律による行政の原理は、次の3つの原則からなる。

  • 法律の法規創造力
    国会で制定する法律だけが、国民の権利義務に関する規律である法規を創造出来る。
  • 法律の優位
    法律が存在する場合には、行政作用が法律に違反してはならない。
  • 法律の留保
    一定の行政作用については、法律の根拠がなければならない。

一方、アングロサクソンの英米法系の諸国では法の支配の原理が発達したが、法の支配でいう「法」では判例法が重視され、判例法により立法権や行政権がコントロールされるとともに適正手続の保障を重視する[5]

行政法の特質

ローマ法以来の伝統的な立場では法は私法と公法に分けられ、行政法は公法に属すると考えられてきた[6]。国などの行政主体が私人に公権力を行使する権力関係は、私人間の利益の調整と配分を目的とする私法とは全く異質のもので公法的な色彩が最も顕著に表れる[6]。また、非権力手段によって行政作用が行われる非権力関係においても、それが公益の目的を持つ限り私法の適用は排除または修正されると考えられている[6]

一方、英米法ではコモン・ロー(common law)のもとで国などの行政主体か私人かを問わずに共通に適用される一般法的地位にある。[6]

行政法学

行政法学ぎょうせいほうがくは、行政法をはじめとする行政活動に対する法的規律のあり方を研究する学問である。歴史的には、行政権の権力行使を法的に制限しようとする発想が基礎にあった。

伝統的な行政法学は、行政法の特質を、「公益保護の見地から私人相互間の利害調整(私法)を超える特殊な規律を定めること、さらに、その目的達成のために公権力の行使を認めること」に求めていたが[7]、現代の行政法の内容は、こうした公益優先性や公権力性に尽きるものではなく、行政活動の手続・説明任(行政手続法、情報公開制度)、行政活動に伴う特別の負担に対する救済(行政救済法)、社会福祉の向上(社会保障行政)、私権相互間の利害調整(筆界特定制度など)といった分野にまで及んでいる[8]

行政法の歴史

フランスの行政裁判所の最高裁判所にあたるコンセイユ・デタ( Conseil d'État)。

近代的行政法の発祥の地は、フランスである。フランスなど大陸諸国の警察国家では、絶対王政のもとで官僚制常備軍を整え、君主は法の拘束力を受けることなく強大な公権力を発動、国家を統合していた。例外として財産取引の主体として経済取引に関与する場合は一般市民と同じ私法に服していた。

やがて、市民階級が経済的に台頭すると、君主が無制限に行政権を発動することに対して反発が強まる。彼らにより行政活動を法により規律する必要性が認識され、フランス革命などの市民革命を経て、市民によって選ばれた議会で制定された法によって行政権を縛ろうとした。

このように全能とみなされていた君主の行政権を制約しようとするところからスタートしているため、大陸の行政法は行政の国民に対する優越を前提としてする独自の法体系=行政法が形成された。

そして、行政の自立と擁護のために、通常の司法裁判所とは別に「行政裁判所」が行政内部に作られた。コンセイユ・デタを頂点とする行政裁判権が蓄積してきた判例と、それを体系化しようとする学説の努力とによって、行政法の諸理論が発達していった。このような行政裁判所は他の大陸諸国にも波及し、後に日本など他の地域の司法制度にも影響を与えることになる。そして、この特別な裁判所の存在が公法と私法を分ける根拠にもなった[9]

ただ、アメリカ合衆国イギリスをはじめとするコモン・ロー法系の諸国では、若干様相が異なる。イギリスでは、行政組織が発達する以前からコモン・ローが権威を獲得しており、行政が行動する際に用いるのは、特例を定める制定法がない限り、コモン・ローの手続であって、行政作用に固有の法制というものは存在しない[10]

明治維新後の日本は自国の法典を作るにあたり、フランスの行政法も参考にしていたが、初期の行政法は未完成な一面があった。 大日本帝国憲法は司法裁判所とは別に行政裁判所を設け(61条)、公権力の発動によって生じる紛争をこの行政裁判所が、私法とは異なる独自の理論(公法原理)に基づいて処理した。ただ、行政が私人と同等の立場で行う取引は通常の司法裁判所が担当した。第二次世界大戦後、日本国憲法は行政裁判所を廃止し、行政と国民の間で生じる紛争も司法裁判所が管轄するようになる[11]


  1. ^ 芝池義一『行政法総論講義第4版』2頁~3頁、8頁(有斐閣、東京、2001年)、ジャン・リヴェロ著、兼子=磯部=小早川編訳『フランス行政法』20頁~21頁(東京大学出版会、東京、1982年)
  2. ^ a b 南博方 『行政法第6版補訂版』有斐閣、2012年、2頁。 
  3. ^ a b c 南博方 『行政法第6版補訂版』有斐閣、2012年、9頁。 
  4. ^ 前掲芝池総論2001年38頁
  5. ^ a b c 南博方 『行政法第6版補訂版』有斐閣、2012年、12頁。 
  6. ^ a b c d 南博方 『行政法第6版補訂版』有斐閣、2012年、3頁。 
  7. ^ 前掲芝池総論6頁、前掲リヴェロ9頁~14頁
  8. ^ 前掲芝池総論2001年7頁、前掲リヴェロ26頁~29頁
  9. ^ 原田尚彦『行政法要論』(学陽書房、1976年10月)第7版補訂二版19~21頁
  10. ^ 前掲リヴェロ日本語版への序文、17頁
  11. ^ 前掲原田2012年 20頁
  12. ^ 前掲原田 28~36頁
  13. ^ 最高裁判所昭和32年12月28日 刑事判例集11巻14号3461頁。
  14. ^ 前掲原田 37~40頁
  15. ^ a b c 室井力 『新現代行政法入門』法律文化社、2005年、13頁。 
  16. ^ a b 室井力 『新現代行政法入門』法律文化社、2005年、17頁。 
  17. ^ ゲルホーン=レヴィン著、大浜=常岡訳『現代アメリカ行政法』(木鐸社、東京、1996年)


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