萌え 「萌え」とおたく

萌え

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/10 03:30 UTC 版)

「萌え」とおたく

男性のおたくの間では多数の「萌え」要素の組み合わせで構成された美少女キャラクターが単体で消費の対象となっている。「萌え」はおたく男の代名詞的なキーワードとみなされ、複数の評論家によるおたく論の中で、おたくの定義と結びつけられてきた[24]

ただし、おたくの興味の対象はさまざまであり、興味の対象に「萌え」やエロを感じる者もいれば、感じない者もいる[25]。またフィクション作品においては、ステレオタイプな人物像として「萌えー、萌えー」と叫ぶおたくがしばしば登場するが、これらは誇張されたものであり実情とは異なる[6]。現実においてはおたく同士の会話に用いられることはあっても、日常的な会話や独り言として多用されるほどではない[6]

「萌え」の社会現象化

認知度・利用状況

2002年に萌える法律読本こと『コンピュータユーザのための著作権&法律ガイド』が刊行されており、これ以降出版界において萌え本という形で萌えの露出が拡大していく。

2004年、「電車男」がヒットし「アキバ系」文化が注目を集める。これら2つや「メイドコスプレ」と共に「萌え」が同年のユーキャン流行語大賞にノミネートされ、2005年にはユーキャン流行語大賞の上位10作品に選ばれた。この時期から、先述の「メイド」や「電車男」などに代表されるアキバ系文化の代名詞として広く認識されるようになる。

TBS系『王様のブランチ』「萌え特集」や、 読売新聞夕刊・毎月最終金曜日掲載「OTAKUニッポン」など、テレビ・新聞などでも紹介されている。

社団法人コンピュータエンターテイメント協会(CESA)は2006年4月24日、一般消費者を対象とした「2006年CESA一般生活者調査報告書」を発刊した。「萌え」の認知度・利用状況については、全国の3〜79歳の1103人を対象とし、萌えに関する調査を行った[26]。CESAにおける萌え定義は「マンガ・アニメ・ゲームの登場人物(キャラクター)などに愛情を抱くこと」とされる。この定義で認知度を測ってみたところ男女性別平均の認知度は男性548人中66.4%、女性555人中65.6%であった。「よく知っていて自分でも使っている」と答えたのは男性の場合20〜24歳の8.9%、女性の場合15〜19歳の12.1%が最高であった。

世界共通語としての「萌え」

英語圏・スペイン語圏・フランス語圏・イタリア語圏ほか、あらゆる国や地域で、「萌え(MOE)」は日本語読みのまま用いられており、「勿体無い」などと同様、日本語から派生した世界共通語であると紹介される例が多い。

その一例として、アニメ作品『涼宮ハルヒの憂鬱』の各国語版でも、日本語版で「萌え」と発言した台詞がある部分は全て「MOE」と吹き替えられており、字幕も「MOE」に置き換わっている。

また、日本と同じ漢字を用いる漢語圏の中国大陸香港台湾であっても、日本よりの影響を受けての「萌」の用法が広まっている[27]

ただし諸外国における「MOE」「萌」の扱いは、架空の可愛らしいキャラクター(萌えキャラ)に対し、特別の感情を抱いた際などに限定されている。

ニューズウィーク日本版』2007年3月14日発売号では、メイド服を着用した少女のイラストを表紙に載せ、「萌える世界」と題した特集を組み、日本発の萌え文化が日本国外へと広まっている様子を伝えている。

中国中央電視台(2017年1月10日)では、「超かわいいパンダ」という意味を含んだ、「最萌大熊猫入选全球最美照片」としたタイトルでパンダの写真を伝えている。

経済的価値への注目

ご当地萌えキャラクターの実例。原付萌奈美(愛知県豊明市)と姉妹キャラクター

浜銀総合研究所の調査によると、2003年度のコミック・ゲーム・映像などの「萌え」関連商品の市場規模は888億円に達した[28]。また、地域おこしのPRとしても利用されるようになったケースもある(詳細は萌えおこしの項を参照)。しかし、「萌え市場はあくまでもおたく向け。おたくが増えない限り成長はなく、数年で数倍、という伸び方はしない。10人に1人がおたくになる時代は来ないだろう」という否定的分析もあり[29]、萌え市場がこれ以上は成長しないとされている。

しかし、近年はおたくを名乗る人が増えており、マイナビが2016年卒業予定の大学生・大学院生を対象にした「2016年卒マイナビ大学生のライフスタイル調査」によると、約2.7人に1人は自分のことを「おたく」だと思っているという調査結果が出ている。

インターリンクはこうした萌え文化の経済的価値に着目し、トップレベルドメインとして.moeICANNに申請し2014年から新規登録受付を開始している[30]

「萌え」を巡る議論

「萌え」の概念については様々な解釈があり[3][4]、評論家によるおたく論の中でも議論が交わされている[24]

精神科医の斎藤環は、おたくが用いる「萌え」という言葉を、「芸風」として戯画的に対象化されたセクシャリティであると位置づけた[20]。斎藤は、おたくの創作物が倒錯した性のイメージで満たされながらも、おたくの間では現実の性倒錯者が少数であると指摘し[20]、おたくのセクシャリティを、虚構のリアリティを支える、虚構それ自体が欲望の対象となり現実を必要としないものであるとしてその背景を論じた[31]

批評家の東浩紀は自著においてこうした斎藤の主張を「あまりに複雑」と一蹴した[32]。東は「萌える」ことを、キャラクターを無数の萌え要素へと分解し、各要素の背後にあるデータベースを消費することであると位置づけ[注 1]、単純な感情移入とは異なると論じている[33]。東はおたくの消費行動を閉じた関係の中で欲求を満足する「動物化」とみなし、斎藤が論じた「萌え」の構造を、関係性から切り離されたデータベースの中で、記号化された萌え要素に対して性的興奮を得るという、動物的に慣らされた行為でしかないとして単純化した[34]

一方、評論家の本田透は「萌え」を「記号に発情する、動物化された行為」とみなす解釈に異を唱え、そうした解釈で「萌え」の本質を見い出すことはできないと主張した[35]。本田は「萌え」を、宗教が否定され恋愛もまた物質主義に支配されていく中で必然的に生じた、記号の背後に理想を見い出す行為であるとし、神話や宗教の文脈に連なる精神活動として解釈した[36]。その上で本田は、むしろ動物化しているのは、バブル期以降に台頭してきて現実の恋愛やセックスを商品のように消費する人々であると主張し[35]、「萌え」は現実の恋愛を狩猟行為や勝ち負けのように解釈する風潮や、男性上位のマッチョイズムに対するアンチテーゼであるとした[37]。なお斎藤は「萌え」と暴力的な性倒錯を区別せず、ヘンリー・ダーガーの作品などにも絡めながら、戦闘美少女の文脈の中で「萌え」を語っているが[38]、本田は「鬼畜系」と呼ばれる狩猟的な性関係を描いた作品群を、「萌え」とは対極に位置するものとして区別して扱っている[39]

アニメ監督鶴巻和哉は、萌えを「特定のキャラクターに関する不十分な情報を個人的に補う行為」と定義している。これを受けて、作家の堀田純司は、キャラクターが人間の本能が生み出したものであるからこそ現実の人物にはあり得ないほどの魅力を感じさせるのだと説明している。[40]

岡田斗司夫は、自分は「萌え」についてかなり納得しているというレベルまでにはなっていないとしながらも、単に美少女に対して感情を掻き立てられるだけではなく、そのような状態に陥っている自分自身のことを観察するメタ的視点を含んだものが「萌え」の定義だとしている[41]


注釈

  1. ^ この東の理論の詳細とそれに対する斎藤の応答についてはデータベース消費を参照。

出典

  1. ^ a b c d e f g “もえ【萌え】”, デジタル大辞泉goo辞書, 小学館, (2010-7), http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/218667/m0u/ 2011年9月6日閲覧。 
  2. ^ a b c d 榎本 2009, p. 61
  3. ^ a b c d 榎本 2009, pp. 30–31
  4. ^ a b c d ササキバラ・ゴウ『〈美少女〉の現代史――「萌え」とキャラクター』講談社講談社現代新書〉、2004年5月20日、20頁。ISBN 4-06-149718-9 
  5. ^ a b c d e “ことば:萌えキャラ”. 毎日新聞山梨版 (毎日新聞社). (2011年8月29日). http://mainichi.jp/area/yamanashi/news/20110829ddlk19040025000c.html 2011年9月6日閲覧。 [リンク切れ]
  6. ^ a b c 榎本 2009, p. 16
  7. ^ a b c 別冊宝島vol421、246頁。
  8. ^ 榎本 2009, p. 30
  9. ^ 小国綾子 (2018年1月4日). “「広辞苑」10年ぶり改訂 担当者が明かす知られざる魅力”. 毎日新聞 (毎日新聞社). https://mainichi.jp/articles/20180104/mog/00m/040/007000c 2018年1月12日閲覧。 
  10. ^ 森川嘉一郎 『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』 幻冬舎、2003年、28-29頁。ISBN 978-4344002876
  11. ^ a b c “萌え(もえ)”, ジャパンナレッジYahoo!辞書, ネットアドバンス, (2003-06-28), http://dic.yahoo.co.jp/newword?ref=1&index=2003000358 2011年9月6日閲覧。 [リンク切れ]
  12. ^ 成松哲 (2011年12月2日). “女子高生のリアル“けいおん部”がアツい!「アニメもアニソンも普通」【後編】”. 日刊サイゾー (サイゾー). https://nikkan-spa.jp/102243 2012年1月13日閲覧。 
  13. ^ a b c d 藤山哲人; 古田雄介 (2008年7月31日). “萌えは「薄めたカ○ピス」だ”. ASCII×ITmedia対談 2社合同、夏の特別企画(後編). アスキー・メディアワークス. p. 2頁. 2011年9月6日閲覧。
  14. ^ 谷川流絶望系 閉じられた世界メディアワークス電撃文庫〉、2005年4月25日、60頁。ISBN 4-8402-3021-8 
  15. ^ 本田 2005, pp. 81–82
  16. ^ a b c d e f 窪田光純「萌え」『同人用語辞典秀和システム、2004年8月17日(原著1999年12月26日)、275-279頁。ISBN 4-7980-0859-1http://www.paradisearmy.com/doujin/pasok7k.htm2014年4月11日閲覧 
  17. ^ 岡田斗司夫. “◆『オタクの迷い道』#41 「へきへき!」「萌え萌え!」な話”. pp. 5. 2009年9月29日閲覧。
  18. ^ a b 斎藤環「第一章 おたくの精神病理」『戦闘美少女の精神分析』筑摩書房〈ちくま文庫〉、2006年5月(原著2000年)、60頁。ISBN 4-480-42216-1 
  19. ^ 金子隆一『知られざる日本の恐竜文化』詳伝社、2007年、124-125頁。 
  20. ^ a b c 斎藤 2000, pp. 49–55
  21. ^ 別冊宝島vol421、142頁。
  22. ^ 武井 2013, pp. 86, 202
  23. ^ 武井 2013, p. 202
  24. ^ a b 榎本 2009, pp. 18–19
  25. ^ 榎本 2009, p. 20
  26. ^ 甲斐祐樹 (2006年4月24日). “「萌え」の利用度は女性が上? CESAの「萌え」に関する調査結果”. BB Watch. インプレス. 2011年9月6日閲覧。
  27. ^ “中国にも広がった日本の「萌え」、日本経済振興の力に―華字紙”. Record China. (2011年9月3日). https://www.recordchina.co.jp/b54043-s0-c70-d0000.html 2011年9月6日閲覧。 
  28. ^ 岡田有花 (2005年5月20日). “「子どもがダメなら大人に売れ」──888億円「萌え」市場”. ITmedia News (ITmedia). https://www.itmedia.co.jp/news/articles/0505/20/news059.html 2011年8月8日閲覧。 
  29. ^ 「子どもがダメなら大人に売れ」──888億円「萌え」市場”. ITmedia NEWS (2005年5月20日). 2012年8月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月26日閲覧。
  30. ^ 「.moe」の取得から活用まで:“萌えドメイン”の一般登録がついにスタート! 急げー!!”. ITmedia PCUSER SPECIAL (2014年7月23日). 2020年3月3日閲覧。
  31. ^ 斎藤 2000, pp. 248, 256
  32. ^ 東 2001, pp. 129–131
  33. ^ 東 2001, pp. 75–78
  34. ^ 東 2001, pp. 125–141
  35. ^ a b 本田 2005, pp. 85–88
  36. ^ 本田 2005, pp. 85–88, 190–192, 213–215
  37. ^ 本田 2005, pp. 144, 155
  38. ^ 斎藤 2000, pp. 51–52, 186–187, 274
  39. ^ 本田 2005, p. 158
  40. ^ 堀田純司 『萌え萌えジャパン 2兆円市場の萌える構造』 講談社、2005年、24-25頁。ISBN 978-4063646351
  41. ^ 岡田斗司夫 『オタクはすでに死んでいる』 新潮社、2008年、27-28頁・100-101頁。ISBN 978-4106102585
  42. ^ 窪田光純「萎え」『同人用語辞典秀和システム、2004年8月17日(原著1999年12月26日)、204頁。ISBN 4-7980-0859-1http://www.paradisearmy.com/doujin/pasok_nae.htm2014年4月11日閲覧 
  43. ^ 「萌え」じゃなくて「ブヒる」!? ネット界隈に広がる新しい視点 エキサイトレビュー2011年5月30日
  44. ^ 日刊テラフォー 2011年6月2日 【気になるネットの基礎知識】次世代萌えスラング「ブヒる」
  45. ^ a b 「萌え」じゃなくて「ブヒる」!? ネット界隈に広がる新しい視点 2頁目 エキサイトレビュー2011年5月30日
  46. ^ a b オトナアニメ』 vol.20、洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2011年5月9日、154-155頁頁。ISBN 978-4-86248-711-7 





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「萌え」の関連用語

萌えのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



萌えのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの萌え (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS